パラ水泳国内最高峰の大会、WPS国際パラ水泳公認2022ジャパンパラ水泳競技大会が9月17日から19日まで横浜国際プール(横浜市都筑区)で開催され、約250名のパラスイマーがそれぞれの目標に挑んだ。3年ぶりに有観客で開かれ、3日間で3000人を越える観客が選手を後押し。東京パラリンピックのメダリストたちが安定したパフォーマンスを見せたほか、若手選手の台頭も見られ、アジア新2つをはじめ多数の好記録(日本新19、大会新32)が生まれた。
今大会には運動機能障がい、視覚障がい、聴覚障がいなど多様な障がいの選手が参加したが、約7割を占めたのが知的障がいのあるスイマーだ。スポーツに取り組むことで他者との関わり合いやコミュニケーション能力を身に付けたり、目標に向かって努力する経験をしたり、さまざまな成長につなげている選手も多い。
予選から気の抜けない戦いがつづいた今大会の知的障がいクラス(S14)のなかで、大きな存在感を示したのは高校1年生、16歳の木下あいらだ。6種目にエントリーし、3日間で予選と決勝の全12レースを戦い抜き、5種目で優勝し、うち4種目(100m自由形=1分1秒75、200m自由形=2分13秒27、100mバタフライ=1分7秒34、200m個人メドレー=2分29秒24)で日本新記録をマークする活躍ぶりだった。100m背泳ぎも自身のもつ日本記録(1分10秒03)に迫る1分10秒82で大会記録を更新した。苦手とする100m平泳ぎでも1分21秒37で2位に入った。
水泳は幼い頃から取り組み、「がんばったらタイムが出るところが楽しい。憧れは池江璃花子選手」と話す。世界で輝く未来のトップアスリートを発掘する日本スポーツ振興センターの「J-Starプロジェクト」で昨年、見いだされた新星で、現在は水泳推薦で入学した強豪高校の水泳部で健常のチームメートたちと練習に励む。
日本知的障害者水泳連盟の谷口裕美子専務理事は「ストリームラインの取り方や水のキャッチがうまい」と評価し、今後パワー系のトレーニングで上半身を強化すれば、「世界のメダルに手が届くかなという選手。大事に育てたい」と期待を寄せる。
木下も「パラリンピックでメダルが取れるようになりたい」と目標を口にし、11月にブリスベン(オーストラリア)で開催されるVirtus(ヴァータス/国際知的障がい者スポーツ連盟)公認の「ブリスベン2022オセアニア・アジアゲームズ(OAゲームズ)」の日本代表に選ばれており、自身初の国際大会に挑む。「初めての世界なので、全部楽しみ」と笑顔を見せる木下の活躍に注目だ。
なお、Virtusは4年に1度、知的障がいのあるアスリートの国際総合大会「グローバルゲームズ」を開催しているが、OAゲームズは今年初開催の地域大会だ。
OAゲームズ日本選手団団長を務める、全日本知的障がい者スポーツ協会(ANiSA)の斎藤利之会長によれば「OAゲームズにはオセアニア・アジア地域の16の国と地域から600~800人の選手・スタッフが参加する見込み」といい、選手たちには貴重な国際経験のできる大会となる。
日本からは実施12競技中7競技に39選手が出場予定で、そのうち水泳競技には木下に加え、女子は井上舞美、芹澤美希香、福井香澄が、男子は上村温、籠瀬嶺、齋藤正樹、津川拓也、松田天空、宮崎哲、山口尚秀の計11選手が代表に選ばれており、今大会でもそれぞれ弾みとなる活躍を見せた。
例えば、東京パラ100m平泳ぎ金メダルの山口は3種目に出場し、世界記録(1分3秒77)をもつ100m平泳ぎを1分4秒99で、100m背泳ぎを1分3秒20で制した。8月中旬に右ひざを故障し万全ではなかったが、第一人者としての意地を見せた。「それなりに力は出せたが、世界のレベルもあがっているので、自分ももっと上達しなければと考えている。パリに向けて最善を尽くしたい」と前を見据える。
松田は男子100mバタフライを東京パラ7位相当の好タイムとなる58秒16で優勝した。50mの折り返しでは3位だったが、焦ることなく前を追い、強みである後半の伸びを発揮して逆転勝ちを収めた。「自己ベストはでなかったが、(大きな泳ぎで)ストローク数を減らし、いい感じで泳げた」と振り返った。バタフライは得意種目で、6月の世界選手権でも初出場で8位入賞を果たした。世界の強豪たちから刺激を得たといい、OAゲームズでは「メダル目指してがんばりたい」と意気込んだ。
他の障がいクラスでも、若手スイマーたちの活躍が目立った。東京パラ代表で大学2年生の19歳、南井瑛翔(S10/下肢障がい)が100mバタフライでアジア新記録(1分0秒22)を樹立し、50m自由形(26秒10)、100m自由形(56秒94)でも日本記録を更新した。
左足首欠損という障がいのためキックが弱みだったが、強化に取り組み、成果が出始めているという。バタフライでは、「前半は楽に泳ぎ、後半はキックとプル(手のかきのタイミング)を合わせ、前に乗っていくような泳ぎを意識した。自己ベストだが、1分切りを目指していたので、ちょっと悔しい。前半をもう少し突っ込む勇気をもって挑めるような練習をしたい」と前を向いた。
運動機能障がいクラスとしては最も障がいの軽いS10は世界のレベルも高く、男子の世界記録はバタフライが54秒15、自由形は50秒64だ。南井は、「世界に近いのはバタフライだと思うが、自由型でも割って入れるよう、がんばりたい」
もう一つのアジア新は、今年6月の世界選手権で代表デビューを飾った高校1年の福田果音(SB8/運動機能障がい)が樹立した。得意の100m平泳ぎの予選でアジア新となる1分25秒68をマークし、決勝は1分26秒59で制した。
「決勝では予選よりもタイムを落として悔しいが、次の試合では2本ともコンスタントにタイムを出せるようにがんばりたい」。水泳は小学1年生で始めて以来、スイミングクラブで泳力を磨く16歳。世界選手権では世界トップ選手に刺激を受け、今は彼女の泳ぎ方を研究しているという。「体幹とキック力」を課題に挙げるが、「ポジティブさが強み」とほほ笑んだ。さらなる進化が楽しみだ。
見ごたえあるライバル争いも多かった。例えば、男子S8(運動機能障がい)クラスで、とくに100m背泳ぎでデッドヒートが展開されたが、窪田幸太が日本記録(1分7秒26)保持者の荻原虎太郎に1秒2差をつけ、1分7秒57で制した。
二人はこの夏から背泳ぎのキックの改良に挑んでいる。先に荻原がバタ足とバサロを組み合わせたキックで6月に日本新を樹立。窪田もすぐに同様のキックを取り入れ、今大会で結果を出した。窪田は、「そういう泳ぎ方もいいのだと知り、もともとバサロが得意でもあったので、まねをした。最後のタッチやターンなど細かい部分で修正ができ、まだ詰められる」と手ごたえを語った。
一方、荻原は「今日は負けてしまったが、(キックを)まねした選手が速くなったのは、泳ぎの正解があぶりだせたので、いい収穫になった。日本の中で切磋琢磨できる環境は少ないので、(パリでは)彼と表彰台に乗れたら嬉しい」と前を向いた。
S5(運動機能障がい)の東京パラ代表で高校2年の日向楓は出場全3種目(50m自由形・背泳ぎ・バタフライ)で優勝したが、そのうち36秒25で制した50mバタフライでは高校3年の田中映伍と激しい競り合いになった。日向は「田中選手は週1回、一緒に練習している仲間でもあり、一番近い存在。これから、もっといいライバルになってくると思う」と気持ちを引き締めていた。
田中は200m個人メドレーにも出場し、予選で日本新(3分26秒33)をマークし、決勝ではタイムは落としたが優勝した。「前半から飛ばすことを心がけた。後半は疲れたが、落ちすぎないように泳ぎ切れた。長い種目はあまり泳がないので自信につながる」と振り返った。
50m自由形男子S9決勝も見ごたえがあった。東京大会を含め、パラリンピック5大会出場のベテラン、山田拓朗が26秒62をマークして貫録を見せたが、2位の大学1年生、岡島貫太も0秒18差に迫る力泳だった。山田は「さすがに負けるわけにはいかないと、いい緊張感で泳げた」と安堵の表情で、「現役で泳ぎ続ける間は、特に50mは意地でも勝ちたい」と尽きない闘志をうかがわせた。
鈴木孝幸(S4運動機能障がい)や木村敬一(S11視覚障がい)ら東京パラでも活躍したベテランも大会新での優勝など安定した強さを見せた。選手層も徐々に厚みを増し、国内でライバルと切磋琢磨できる環境を生かし、パラ水泳日本代表「トビウオパラジャパン」のさらなる進化に期待したい。
写真/小川和行・ 文/星野恭子