世界トップクラスのサイクリストがさいたま新都心駅周辺の特設コースを疾走する「2022ツール・ド・フランスさいたまクリテリウム」(以下「さいたま」)が11月6日、コロナ禍を経て3年ぶりに開催された。秋晴れの空のもと、パラサイクリングの日本トップ選手7組8名も個人タイムトライアルレース(3.1㎞)に出場した。
「さいたま」は世界最大の自転車レースといわれる「ツール・ド・フランス」の名を冠した世界初の大会として2013年秋に始まり、同年7月に開かれた「ツール・ド・フランス」100回大会を記念して創設された。以来、その年の「ツール・ド・フランス」総合優勝者やステージ優勝者などスター選手も来日し、世界最高峰のレースを間近に体感できる大会として自転車競技ファンからの高い人気を誇る。市街地に設けられたコースはビルの谷間や鉄道のアンダーパスなどを走り、中盤にはさいたまスーパーアリーナの屋内も通り抜けるオリジナリティあふれるコースで、選手にも好評だ。
パラサイクリングの部は2015年大会から加えられた。公式戦ではなく、タイムも参考記録に留まるが、国内開催のパラサイクリング大会は少ないため、「さいたま」は大勢の自転車競技ファンを前にパラサイクリングを披露する貴重な機会となっている。
この日、パラサイクリングの部で最速タイム(4分26分31)をマークしたのは藤田征樹(藤建設)だった。大学時代の交通事故で両脚義足となった、パラリンピック4大会出場のベテランは笑顔でレースを振り返った。
「東京パラリンピックは無観客だったが、今日はこれだけのお客さんから名前を呼んで応援いただき、声が出ないほど嬉しかった。また、インターネットやテレビなどでも観戦いただけて、『幸せだな』と思いながら走った」
実は今年8月、カナダで開かれたロード競技の世界選手権で他選手と接触して落車し、左鎖骨や肋骨骨折などのケガを負った。10月のトラック世界選手権(フランス)も出場がかなわず、リハビリを経ての復帰戦が「さいたま」だった。
「体を作り直し、レベルを上げている段階のなかで、いい走りができた。距離は短いが、コーナーもたくさんあるコースなので攻めて、しっかり脚を使っていいタイムを出せればと思って走った。最近、若手選手が日本記録をバンバン出しているので、『負けないぞ』という気持ちもあった」
パラサイクリングは障がいの内容に応じて大きく4つのクラスに分かれ、それぞれ異なる自転車を使う点が特徴だ。藤田のクラスでもあるC(上肢・下肢障がい=まひ・義肢使用など)は二輪自転車、Hクラス(下半身不随など)は手でこぐハンドサイクル、Tクラス(脳性まひなど)は三輪のトライシクル、B(視覚障がい)は二人乗りのタンデムを使い、目の見えるパイロットが前席でハンドルやブレーキ操作を行う。
「選手はそれぞれの強みや個性をどう速さや強さにつなげるか、いろいろ工夫しながら突きつめている。選手たちの『違い』が見どころであり、そんな姿が、いろいろな人のチャレンジにつながれば」と、藤田は願う。
自身も日々、自転車や義足、フォームなどの改良をトライ&エラーしながら続けているという。「長くやっていても、自分の身体や障がいに関してまだ知らないことがある。いろいろ試して新たに気づくこともあり、やってみたいことはまだまだある」。向上への意欲は衰えない。
パリ大会まであと2年を切ったが、「まずは自分を高めながら、来年(開催)の大会で表彰台に上がりたい。自分がやりたいことを一つひとつ頑張って、それが周りをやる気にもできたら」。第一人者として、まだまだ強い気持ちでペダルを踏み続けるつもりだ。
東京パラリンピックのロード競技で、「50歳で2冠」の快挙を達成した杉浦佳子(総合メディカル/TEAM EMMA Cycling)は4分52秒87でフィニッシュした。実は前週に接種したコロナワクチンの副反応により万全ではなかったが、「コーチの指示は『前回(2019年)を上回るタイムで』と。「病み上がりなのにと思ったけれど、1秒上回れて自分でも驚いた。パワーがついてるんだな、やってきた積み重ねがこういうところで生きるんだなと思えた」と笑顔を見せた。
2016年、自転車レース中の落車で高次脳機能障がいなどを負い、右半身にもまひがのこるなか二輪車を駆る杉浦。沿道からの応援も力になった。「全選手に声をかけてくれて、とても温かい会場だった。この規模の大会に、多様性を意識してパラ選手を呼んでくださったことにも感謝しながら走った。一つひとつがいい経験になる」
東京パラ後も好調を維持している。8月のロード世界選手権で優勝し、10月のトラックの世界選手権でも銀メダルを2個獲得、500mタイムトライアル(TT)では世界新記録も叩き出した。
トラックでスプリント力を磨き、得意なロードの強化にもつなげようと、オリンピックのトラック競技で活躍した飯島誠さんに2020年秋から師事し、練習メニューを作成してもらってきた。今年1月からは月1回、練習を直接見てもらい、すぐにアドバイスが得られるようにもなった。
10月の世界選手権の直前合宿も見学してもらい、「サドルが下がりすぎていて、脚が上がっていない」と指摘された。調べるとサドル前方が適正な位置よりも3度下に傾いていたことが分かり、調整すると走りが変わった。的確な指導が世界新にもつながった。東京パラ後は所属先も変わり、心機一転でさらなる強化を進めている杉浦。連覇を狙うパリ大会に向け、視界良好のようだ。
東京パラリンピック3km個人パーシュート(PI)で4位入賞の川本翔大(ヤマトライス)は4分29秒65で走り抜けた。生後まもなく病気により左脚を切断し、片足でペダルを踏む26歳は、10月のトラック選手権(フランス)で3つの銀メダルを獲得し、1kmTTと3㎞PIでは日本記録も更新と躍動。
「さいたま」は、力を出し切った遠征後のレースとなり、「気持ち的にきついところもあったが、テクニカルなコースは好きなので準備して臨み、狙ったタイムで走れた。大勢のお客さんの前で走る経験はパラでは少ないので楽しかったし、いい経験になった」と穏やかな表情で手ごたえを口にした。
東京パラ後に自転車を新調し、最初は難しさも感じたそうだが、諦めずに乗り込み追い込んだ結果が世界選手権での好結果につながった。
「ポジションの出し方やソケットの位置など多くの人の協力で今のポジションができた。力をもっと磨いて、パリではメダルを獲りたい」。サポートや応援への感謝を胸に、さらなる飛躍を誓っていた。
「さいたま」では他に、タンデムの木村和平&三浦生誠ペア(4分28秒66)、ハンドサイクルの松本亘(5分37秒25)、二転車の藤井美穂(5分45分37)、トライシクルの福井万葉(6分22秒31)が出場し、それぞれ工夫を重ねた機材やテクニックで観客を魅了。走行後に行われたセレモニーでは観客席を埋めたファンから温かな拍手が送られていた。
写真/吉村もと・ 文/星野恭子