2023年10月に開催予定の女子U25世界選手権。この出場を目指す女子U25日本代表が、添田智恵ヘッドコーチ(HC)の下、始動したのは2022年の秋のことだ。次々と若手が台頭している男子と比べて、女子は全体的に競技人口が少なく、加えて25歳未満の選手は競技歴も短いため、現在U25日本代表の強化合宿に参加しているのは7人。それぞれ学業や仕事との両立を図りながらのため、全国から一堂に会する機会を設けることにも苦労している。そんななか、初めての実戦の場となったのが、今年1月7、8日に行われた「TOYOTA U25日本車いすバスケットボール選手権大会」だ。そこで示されたU25日本代表の現在地に迫る。
昨夏の選考を経て、U25日本代表の強化合宿が実施されたのはわずか2回。それも7人全員が揃ったのは、チーム始動後、今大会が初めてだったという。そのため「チームビルディングの前段階」という添田HCの言葉通り、現在は試合をするステージには到達していないというのが正直なところだろう。
今大会の結果は、やはり厳しいものだった。1回戦の九州選抜戦は、22-66。順位決定戦予選の甲信越・東京選抜戦は36-70。そして北海道・東北選抜との7、8位決定戦は14-93と、3戦全敗。いずれも完敗だった。
それでも、単に“経験を積む”で終わらせたわけではない。その一つが、3試合いずれも40分間フルと徹底したオールコートのプレスディフェンスだ。スピードもスタミナも上回る男子を相手に、なぜプレスだったのか。その意図について、添田HCはこう説明した。
「U25日本代表とはいえ、男子と違って人数も少なく、車いすバスケをやり始めたばかりの選手も少なくありません。そんななか現在は基礎の基礎をやっている段階。まずは土台をしっかりと作ったうえで、技術を教えたいと思っているので、フィジカル強化をするための体づくりをしています。私自身の経験からして、世界の強豪と戦う時に大事になるのは、個が強いうえでのチームプレーだと思うんです。土台となる個が弱ければ、チームとしてもろさが出てくる。だからこそまずは個の強さという土台づくりをするためにも、1対1にこだわりたいなと。そういう意味で、ディフェンスはプレスでいきました」
結果的には、簡単にブレイクされたシチュエーションの方が多かった。それでも試合を重ねるたびに、粘り強さを発揮。相手の速攻の場面でも最後まで諦めずに追いかけることでプレッシャーをかけてミスを誘うなど、気持ちを前面に出したプレーが見られる場面も少なくなかった。
銅メダルを獲得した00年シドニーをはじめ、04年アテネ、08年北京と、パラリンピックに3大会連続で出場と、女子日本代表として活躍した添田HC。その彼女が指導者として大事にしているのは、選手の自主性だ。
「できるだけ指導者が介入せずに、選手が主導的にチームをつくっていってもらいたい」という添田HCは、あえてキャプテンや副キャプテンを任命していない。「誰か1人、2人に頼るのではなく、全員がリーダーシップをとって取り組んでほしい」というのが狙いだ。
そんな指揮官の期待に応えるようにして、先頭を切って大きな変化を遂げたのが江口侑里(2.5)だ。
もともと小学3年生からバスケットボール選手で、中学、高校ではセンタープレーヤーとして活躍した江口は、車いすバスケに転向した当初から将来を嘱望された存在だった。19年にタイで開催された前回の女子U25世界選手権にチーム最年少、19歳で出場し、スタメンに抜擢されるなどして活躍。その後も高さを生かしたプレーに磨きをかけて著しく成長し、昨年のアジアオセアニアチャンピオンシップスで、ついにA代表デビューを果たした。
江口は、同世代では今や経験も実力も群を抜く存在。その成長ぶりはプレーに限ってはいない。もともと自ら率先して大きな声を出したり、周りと積極的にコミュニケーションを図るような性格ではなかったという江口。4年前のU25世界選手権や、現在も24年パリパラリンピックを目指すハイパフォーマンス強化指定選手のなかでは最年少ということもあり、これまではどちらかというと大人しく、インタビューでもゆったりとした口調だった。
ところが、今大会では一転、コートの内外で最も大きな声が聞こえてきたのは、江口だった。添田HCも初めて出会った時の印象とはまるで変わった、と語る。
「最初に会った時は、まだ恥ずかしそうにもじもじしているような選手でした。声も本当に小さかったんです。でも、“このメンバーでやっていきます”とU25が始動した頃から、少しずつ兆しが見えてきて、合宿でも率先して声を出すようになり、すごく変わったなと。このチームでは年齢も自分より下の子がいますし、経験や実力は誰よりもあるわけですから、自然と“自分がやらなくちゃ”という自覚が出てきたのかもしれませんね。今では私が頼りにしているくらいです」
今大会ではどれだけ点差が離れても、劣勢になっても、ベンチでは江口、そして畠山萌(4.0)と2人しかいない前回大会メンバーの彼女たちが笑顔になって明るい雰囲気をつくり、チームを鼓舞している様子がうかがえた。
江口本人も「今までにはなかったこと」と語る。「U25のチームが始動してから、声を出すことに強い意識が芽生えました。学生時代もふだんは大きな声でしゃべることはなかったですし、バスケでも自分から声を出すことはあまりなかったので、“自分、がんばっているな”と思っています(笑)。やっぱり“少ない経験者の自分たちがやらなければ”という気持ちが、これだけ声を出すようになった要因だと思います」
目標について訊くと、「U25でリーダーシップを学んで、A代表の方でも生かしていきたい」と江口。これまでの彼女からはおよそ想像がつかない言葉に、アスリートとしての成長ぶりがうかがいしれた。
とはいえ、自分や畠山の2人だけでチームをけん引していくつもりはない、という。「少ない人数だからこそ、経験とか年齢とか関係なく、みんなで意見を出し合って、気づいたことは何でも言い合える、そんなチームにならなければいけないと思っています。自分自身もまだまだの部分は多いですし、みんなに頼っていこうと思っています。だから“自分が”というふうに気負ってはいないんです」
一方、プレー面での“引き出し”も増えた。江口は170センチ近くある長身を生かしたポストプレーを得意とし、ゴール下でのシュートで得点を量産するセンタープレーヤーだ。しかし、今大会で多くの得点を叩き出したのは、ゴール下から離れたフリースローラインあたりでのシュートだった。
それはチーム事情も深く関係していたに違いない。試合経験がほとんどない選手が多いため、主に攻撃の起点となったのは江口と畠山萌の2人。ガードを務めた畠山がボールを運び、高さのある江口がポストプレーでシュートを狙うというのが、大部分を占めた攻撃パターンだったからだ。しかし、戦略が限られていたことによって、江口にはこれまでになかった武器ができた。
「フリースローラインの距離でのシュートは、これまで(左手に麻痺があるために)届かないだろうと自信がなかったんです。でも添田さんから“挑戦してみて”と言われたので、今大会でどんどん打ってみようと。そしたら打っていくうちに感覚がつかめてきて確率も良くなっていったので、大きな自信になりました。これからもっと確率を上げていきたいと思っています」
そのほかの選手においても、大人しい選手が多い中、今大会では合宿には見られなかったような声を出し続ける様子がうかがうことができ、添田HCはチームビルディングのステージに向かっていくなかで「大きな収穫があった」と手応えを口にした。
まさに発展途上である女子U25日本代表だが、それだけに伸びしろが大きいとも言える。今大会の経験が、ステップアップの足がかりとなるはずだ。
写真・ 文/斎藤寿子
写真・文/斎藤寿子