1月20、21日、東京体育館で「天皇杯 第48回日本車いすバスケットボール選手権大会」が行われ、国内最高峰の大会にふさわしい熱戦が繰り広げられた。優勝はパラ神奈川SC(関東)。決勝ではNO EXCUSE(東京)を51-44で破り、1997年以来22大会ぶりに王座を奪還した。また同じ関東勢同士の戦いとなった3位決定戦は、埼玉ライオンズが千葉ホークスを66-46で下した。今回は古豪復活の狼煙をあげたパラ神奈川の中において急成長ぶりを見せた新星、そして3位決定戦では不調の波を乗り越えチームを逆転勝利に導いたキャプテンの存在に迫る。
優勝インタビューで口々に「連覇」を宣言したパラ神奈川。11連覇という宮城MAX(東北)が築いた偉業に挑戦し、黄金時代を築くつもりだ。その可能性の広がりを感じさせる存在がいた。今大会で天皇杯デビューを果たし、今年2月に25歳となる前田柊(1.5)だ。
初めて前田の存在を知ったのは、昨年1月に開催された東日本選抜大会だった。その3カ月前、2021年10月にパラ神奈川に加入したばかりという前田は、同大会が初の公式戦。当時はほとんどの時間をベンチで過ごしていた。しかし、当時キャプテンを務めていた西村元樹(4.0)は、彼に大きな期待を寄せていた。
「僕らのアドバイスをすぐに吸収してプレーできる選手。頭も良くて、アドバイスを聞くだけでなく、自分でちゃんと考えながらバスケをしていて、これから期待できる選手です」
当時、同じクラス1点台の選手には下村浩之(1.0)のほか2016年リオデジャネイロパラリンピック日本代表のベテラン石川丈則(1.5)がいた。そのため、競技を始めて間もない前田の出場機会はほとんどなかった。石川が抜けた今シーズンは、2番手となったものの、主力は下村だった。特に僅差のゲームで前田に出番がまわってくることは皆無に等しく、昨年10月に行われた天皇杯東日本第2次予選会の決勝においては最後まで激しい攻防戦が続いた中、前田がコートに立つことはなかった。
それからわずか3カ月後の今回の天皇杯、大事な初戦でスタメンの5人の中に前田の姿があった。堀井幹也ヘッドコーチ(HC)が「今、伸び盛りの選手でもありますし、スピードもありますので、練習の時からあえて使っています」と述べた通り、天皇杯に向けて、鳥海連志(2.5)、古澤拓也(3.0)、丸山弘毅(2.5)、西村という主力の中に前田が入ったラインナップでプレーすることも少なくなかったという。そのため前田自身も「スタートで出ることを意識しながら練習していた」と語る。
結果的に天皇杯では、準決勝、決勝はスタメンを外れたものの、全3試合いずれも20分以上、準決勝においては30分近いプレータイムが与えられ、すっかり主力の一人となった。「うちのチームには得点を取る選手はたくさんいるので、自分はディフェンスでどれだけファイトできるかが大事だと思っていた」という前田は、初戦では3スチールをマークした。
車いすバスケを始めた当初から、鳥海、古澤、丸山という日本トップクラスのプレーヤーたちに交じって練習を積み重ねてきただけに、前田はスピードに関しては自信を持っている。今後はさらに細かい車いす動作ができるようにチェアスキルを磨いていくつもりだ。そして、何より武器にしたいのがシュート力だという。今大会も数少ないチャンスに1本は入れたいと狙っていたが、無得点に終わった。
「チームにはシュートがうまい選手はたくさんいますが、それでもローポインターが得点に絡めるチームは強いと思うので、自分ももっとゴールに向かう姿勢や技量を身に付けていきたいと思っています」
同じクラス1.5で言えば、今大会で印象に残ったのは男子日本代表キャプテンでもある川原凜(千葉ホークス)だ。準決勝ではチーム最多の14得点を叩き出す活躍を見せた。試合に敗れはしたものの、2ポイントシュートにおいては50%という成功率で、NO EXCUSE(東京)の強固なディフェンスに苦戦したハイポインターの代わりに最大の得点源となってチームをけん引した。
前田にも、ハイポインターやミドルポインターに劣らないシュート力が身につけば、パラ神奈川の攻撃力は格段にアップすることは間違いない。すでに次世代強化指定選手にも選ばれ、将来有望な選手として期待されている前田。今大会を皮切りにして、彼の存在感は増していくはずだ。近い将来、飛躍の時を迎えようとしている新星に、今後も注目していきたい。
天皇杯では、両チームともに準決勝で敗れ、奇しくも3カ月前と同じく3位決定戦で顔を合わせた両チームの試合、はじめに主導権を握ったのは千葉ホークスだった。24年パリパラリンピックを目指すハイパフォーマンス強化指定選手の池田紘平(4.5)、代表活動の経験があるベテラン山口健二(4.5)と、長身のハイポインター陣が得点を重ね、リードを奪った。しかし、2Qで一時は同点に追いつくなど埼玉ライオンズが猛追。3Qではついに逆転し、4Qの最後はファウルゲームをしかけてきた千葉ホークスに対し、フリースローを確実に入れて引き離した。
この逆転劇の背景には、一人のプレーヤーの“復活”があった。キャプテンを務める現役大学生、22歳の赤石竜我(2.5)だ。チーム最年少、20歳で出場した東京2020パラリンピックでは主に守備の要として活躍した赤石だが、今や日本を代表するシューターの顔も持つようになっている。特に3Pシュートを得意とし、東日本第2次予選会の準決勝では4連続でロングレンジのシュートを決めてみせた。
ところが、天皇杯ではそのシュート力がやや影を潜めていた。1回戦では12得点で、2Pシュートは成功率50%を叩き出していたが、3Pにおいては打った4本のシュートがすべてリングに嫌われた。さらに準決勝では、3Pシュートこそ2本決めたものの、フィールドゴール(FG)成功率は20%と低調に終わった。
「準決勝は自分のシュートがあと1本でも2本でも入っていれば、勝てたんじゃないかと大きな責任を感じました。チームを勝たせるという本来の役割ができなかったことを重く受け止めていました」と赤石。そんな彼に、中井健豪HCは3位決定戦の前にこう檄を飛ばしたという。
「オマエの成長で、このチームはこれから日本一を目指していくんだぞ。だからお前が核にならないとダメだよな。でも、まだまだできていない。最後の3位決定戦は、その第一歩にしよう!」
この言葉に、赤石は奮起した。「“まだぜんぜん役割を果たせていない”と言われて、正直、悔しかったです。でも、その通りだよなとも思いました。事実、自分が果たすべき役割をやれなかったから準決勝で負けてしまった。だったら、この3位決定戦ではこれから自分がチームの核となるということを結果で中井さんやチームメイトに示したい、と思って臨みました」
前日の不調から抜け出せないまま、1Qは無得点に終わったが、それでも赤石は不安には感じず、ゲームに集中していたという。「試合は40分ある、と思って気にしないようにしていました。逆にそこでシュートを打つことをやめてしまったら、それこそ確率が悪いままで終わってしまう。引き続き、積極的に打っていこうと思っていました」
すると、2Qでは復活の狼煙を上げるかのように、7得点を挙げた。そして最後に大会初となる3ポイントシュートを決めたのが、本領発揮の合図だった。3点ビハインドで始まった3Qでは開始早々に同点となる3Pシュートを決めると、その後も次々と得点を奪い、5分間で10得点を叩き出して、チームを逆転に導いた。4Qでは、最後にファウルゲームをしかけてきた千葉ホークスに対し、赤石はフリースローを4本すべて入れてみせた。その結果、埼玉ライオンズが66-46で制し、3位を死守。赤石はチーム最多の23得点、FG成功率は53%。「彼はやる男ですから」という指揮官の期待にしっかりと応えた。それでも赤石にとっては、特別な感情はなかった。
「シュートが入るようになったからと言って、特に喜んだりはしていませんでした。逆にこれが普通なんだから、喜んじゃダメだと。これをベースにして、自分はこの上のレベルにいかなければいけないんだと考えていました」
まだまだ伸びしろのある赤石にとって、こうした経験の一つ一つが大きな糧となる。守備力に加えてシューターとしても世界トップクラスのプレーヤーへと躍進していく姿を、今後も見せてくれるに違いない。
写真・ 文/斎藤寿子
写真・ 文/斎藤寿子