ブラインドサッカー女子日本代表チームの強化などを目的とした「さいたま市ノーマライゼーションカップ2023」が2月25日、サイデン化学アリーナ(さいたま市)で開催された。同カップは例年、海外から強豪チームを招聘して実施しているが、3年ぶりの開催となった今年は感染症拡大防止を考慮し、国内の育成年代の男子ユーストレセンチームとの対戦となり、試合は女子代表が1-3で敗れた。
女子代表は今、8月にイギリス・バーミンガムで行われる、女子カテゴリーとしては初開催となる世界選手権で初代チャンピオンを目指す途上にある。ユース世代とはいえ、体格や技術、スピードで勝る男子との対戦は外国勢との大舞台を前に、手応えも課題も見えた貴重な機会となった。
試合は女子代表エースの菊島宙がボールを奪うと、得意のドリブル突破からシュートを何度も試みるも、菊島をマークしていたユーストレセンの堅い守備に阻まれ、ゴールが遠い。逆に、トレセンの齋藤陽翔が前半6分、ピッチ中盤で拾ったボールをドリブルで持ち込み先制。5分後にも再び、齋藤がドリブルシュートで追加点を奪う。2-0とリードした後半2分、またも齋藤がゴールし、自身初となるハットトリックを達成した。
女子代表も約3分後に、菊島がゴール前の混戦から押し込み、1点を返したが、その後は両チームともスコアレスで終了した。菊島はシュート数では圧倒したが1得点にとどまり、「守られてしまうと、自分のプレースタイルで攻めていけないところがある。横に揺さぶりながら崩れたところを突く、みたいなプレーができれば」と振り返り、「攻撃のバリエーション」を課題に挙げた。
女子代表の山本夏幹監督は、「負けに関しては監督の責任、真摯に受け止めて反省したい。ビハインドゲームになった時にどう進めるかが私の課題。いい機会をいただいた」と振り返った。
攻撃では菊島の孤軍奮闘となったが、守備では若杉遥や竹内真子らがボール保持者に積極的に当たりに行く姿勢も見られた。山本監督は「ボールも人も連動して動き、選手も見ている人も能動的にワクワクするサッカー」をベースに強化を進めている。
今年最大の目標に掲げるのは世界選手権だが、出場チームが2月中旬、日本のほか、ドイツ、イングランド、インド、アルゼンチン、モロッコ、ガーナ、マリの8チームに確定したと発表された。山本監督はとくに警戒するチームとして、組織的な攻撃と守備を特徴とするアルゼンチンと、才能あるエースを擁するドイツを挙げ、チーム強化はすでに、「それぞれどう対応するか、対戦国に向けたゲームプランやプレーモデルを構築する段階に入っている」と話す。
昨年10月のアジア・オセアニア選手権を制した日本は優勝候補の一つに挙げられている。菊島は、「プレッシャーも楽しみながらプレーしたい。合宿を重ねて課題を乗り越え、皆で(レベルを)上げ、優勝目指してがんばりたい」と意気込みを語った。
菊島を自由に動かすためにも他の選手のサポートは欠かせない。期待される一人が若杉だ。元ゴールボール日本代表で、東京パラリンピックで銅メダル獲得後、ブラサカに転向。競技歴はまだ1年に満たないが、急成長を見せている。この日の試合では初めて左サイドで起用され、「守備ではある程度対応できたが、攻撃でなかなか絡めなかった。もっと技術を高めないと」と反省したが、「(攻守に)やりがいのあるポジションだなと思った」と手ごたえも口にした。
山本監督も、「1対1の局面で相手をしっかり止めていたし、抜かれても戻って対応できていた」と守備を評価。手でボールを扱うゴールボールとは違うため、足元の技術はまだ強化中だが、「彼女が伸びる時間はまだある。すでに戦える身体は持っているので、技術は焦らず1個ずつ積み上げたい」と期待を寄せる。
若杉自身も、「今日は今までやってきたことを出して、どんな結果が出るかと考えながらプレーした。課題はたくさんある分、伸びしろは個人としても、チームとしてもあると思った」と振り返る。競技は異なるが、チーム随一の国際経験を生かしたリーダーシップやコミュニケーション能力なども期待されている。「雰囲気づくりや声掛けは意識的にやっている。チームとしての団結力をもっとあげていきたい」と言葉に力を込めた。
大舞台まで、あと半年。チーム一丸で進化していく。
女子日本代表戦で3得点と、ユーストレセンの勝利に貢献した齋藤(陽)は、Player of the Matchを受賞した。「個人の力として決められたのも嬉しかったが、1個のボールを皆でつなげて得点できた。1点ごとに嬉しかった」と充実の表情。この日も魅せた、足技を絡めたカウンター攻撃を得意とし、「最終目標は日本代表となり、世界で活躍する選手になること」と力強く語った。
ユーストレセンはこの日、もう1試合に出場し、男子ナショナルトレセンチームと戦った。ブラインドサッカーの将来を担う若手同士の対決は、“先輩”にあたるナショナルトレセンが1-0と勝利し、貫録を見せた。
前半8分に決勝弾を放ち、Player of the Matchを受賞した森田翼は、体育館という慣れない環境下や手の内を知られたユーストレセンの堅守もあり、「自分たちが思っているようなパスからのシュートはひとつもなかったが、唯一のチャンスできっちり決められてよかった」とシュートシーンを振り返った。
なお、両チームとも月1~2回の合宿と日々の個人練習を重ねながらレベルアップに励み、ときには男女日本代表の練習相手もこなす。だが、ブラインドサッカーではまだ、育成年代の国際公式戦はなく、対外試合の機会もほとんどない。
それでも、森田は目標についてこう語る。「日本代表に入るだけでなく、入ったときにしっかりと活躍できること。プレーだけでなくオフザピッチでも応援される人材になることも目指し、人として成長することを目標にやっている」と話した。貴重な試合機会となったこの日、キャプテンも担う森田は試合前、チームメートに、「(試合)機会はあまりないので、『感謝を伝えること』をテーマに戦おう」と呼びかけたという。自らシュートも決め、感謝の思いを、「形として残せたかな」と笑顔を見せた。
チームメートの齊藤悠希は、「トレーニングマッチを行うこともあるので、男子日本代表を押し上げていくことも役割」と自覚し、「人としてもサッカー選手としても成長できる場として、ナショナルトレセンにいる意味や価値を見いだしている」とも話した。齊藤(悠)は女子代表コーチも兼務する。「僕はコーチのなかで唯一視覚障がいがあり、選手もやっているので、いちばん選手に近い立場。逆に監督やガイド役のコーチの思いも理解しているので、橋渡しが僕の役割」と話す。今夏の世界選手権については、「世界一を獲ると決めてやっている。菊島選手一人に頼るサッカーでなく、チーム全員がゴール前で勝負を仕掛けられるように、僕も攻撃の仕掛け方や工夫について選手目線も含めて伝えていきたい」と意気込む。
次世代選手たちの向上心やライバル意識は、ブラサカファミリーのすそ野を広げ、トップレベルの頂点を高めていく重要な要素だろう。さらなる躍動や進化に注目したい。
写真/小川和行・ 文/星野恭子