ゴールボール女子日本代表、オリオンジャパンの強化を目的とした「2023ジャパンパラゴールボール競技大会」が3月11日から12日にかけ、アリーナ立川立飛(東京都立川市)で開催された。オリオンジャパンは東京パラリンピック銅メダルで世界ランキング(*)2位。今大会には、東京パラ銀で同3位のアメリカと、昨年12月の世界選手権準優勝で2024年パリパラリンピック出場を決めている韓国、パラリンピック開催国として強化が進むフランスが招聘され、4カ国対抗戦として行われた。 (*2023年1月発表分)
大会は総当たり戦の予選ラウンドを全勝の1位で抜けた日本が準決勝でフランスを7-0で完封し、決勝ではアメリカと対戦。試合開始直後にライトウィングのエース、萩原紀佳が得意のグラウンダーを相手左ポール際に決めて先制点を奪う。その勢いのままレフト、欠端瑛子の追加点などで前半を3-0で折り返し、後半も萩原が3得点で圧倒。残り2分を切ってアメリカが2点を返して意地を見せるも、結果は日本が6-2で、2017年大会以来の優勝を果たした。3位決定戦は韓国がフランスを7-4で下した。
今年8月にパリパラリンピック出場権をかけた、「世界ランキングトーナメント」(イギリス)を控える日本にとって、強化プロセスの進捗の確認や自信を得る貴重な機会となった。市川喬一総監督は「選手の選考や起用方法、コーチの配置も踏まえ、いろいろなことを試した大会だった。今までやってきたことが間違っていなかったと確認する意味では価値があった」と総括した。
今大会のメンバーは世界選手権代表の萩原と欠端、高橋利恵子、小宮正江の4人に、約10カ月ぶりに2回目の代表入りとなった神谷歩未と今大会が代表デビュー戦となった新井みなみを加えた新たな布陣だった。今大会から新キャプテンに就任したセンターの高橋は、「今大会は、『声を出して、元気に自分たちのペースで』が目標だった。国際大会デビューや、国際経験の浅い選手も含めて全員がコートに立ち、チームの雰囲気がいい中で、そのまま全勝優勝にもっていけたことは自信になった。失点しても皆でカバーしあえるような動きも見られた」とチーム一丸での勝利を喜んだ。
会心の優勝のポイントは初戦の韓国戦だった。世界選手権の準々決勝で悔しい敗戦を喫しパリパラリンピック出場権を逃した因縁の相手だ。同選手権では試合前から明るく盛り上がる韓国に試合開始直後に先制され、劣勢を挽回できないまま2-3で敗れていた。今回はそのリベンジも期していた。
実は今大会でも、韓国に開始2分で先制された。だが、「取り返そう!」という声がすぐにチームから聞こえ、1分もしないうちに萩原の得点で追いついた。その後も萩原が3点を、欠端が1点を追加し、5-1で快勝。高橋は、「韓国戦でしっかり勝ち切ることが目標だった。先制点を取られてしまったなかでも、皆で声を出し盛り上げた。勝ってチームに勢いがついた」と振り返るように、波に乗ったチームは活気にあふれたまま優勝まで走り切った。
萩原も韓国戦を想定し、「強化合宿で男子に強いボールを投げてもらったり、韓国の大きな声を出す選手の真似をしてもらったり、対策をして臨んだ。日本女子はうまくいかなったときに静かになりムードが下がってしまうのが課題だったので、今大会はチーム目標を『ポジティブ』にして、凹んでも皆で声を掛け合い元気にやっていったので雰囲気も良く、勝ちにつながった」と振り返った。
萩原はまた、5試合で今大会最多の19点を挙げ世界屈指のスコアラーとして存在感を放った。有酸素トレーニングなどで持久力を強化するとともに、定評あるグラウンダーに加え、「東京パラ以降で練習してきたバウンドボールでも得点でき、練習が間違っていなかったと自信にもなった」と話し、心身ともにたくましさを増したエースは、「今年も厳しい戦いが待っていると思うが、気持ちで負けることなく強気で、(パリへの)切符獲得を目指したい」と力強く前を見据えた。
市川総監督は、「若手選手に外国勢との試合で経験を積ませること」も今大会の目的だったと話した。その一人、新井は東京パラリンピックに刺激を受けて競技を始めたばかりだが、175㎝と代表一の長身と豊富な運動経験を誇る逸材だ。初戦の韓国戦後半から欠端に代わって代表デビューを果たし、つづくアメリカ戦では2点を挙げ、2-1での勝利に貢献するなど大会を通して速いグラウンダーやバウンドボール、守備からの速攻など多彩な攻撃で全4得点し、守備も無難にこなした。
「海外の選手から得点を取れると思わなかったので、ほんとにうれしい。緊張はしていたが、守備もしっかり焦らず、音を聴くようにした。大会のなかで成長できた部分もあるし、(海外選手相手に)今後の課題も見つかるという貴重な大会になった」と手応えを口にした。
市川総監督は「かなり評価している。長身を最大限に生かして、じっくり育てたい」と話し、高橋キャプテンは「初めての国際大会で得点をとるというウィングの役割を果たし、声を出して盛り上げることもできていた。心強い選手になると思う」と期待を寄せた。
もう一人の若手、神谷は競技歴約6年、身長146㎝と小柄だが俊敏で、チーム唯一で世界でも珍しいサウスポーだ。昨年5月のスウェーデン遠征が自身初の国際大会だったが、「もうあんな悔しい思いはしたくないと練習を積んできた」と言い、今大会はセンターの控えとして4試合に出場した。
「キャプテンの利恵子さんがつないでくれたバトンを、チームの雰囲気を崩すことなく、最後まで終えられてよかった」と振り返り、高橋キャプテンも「同じセンターとしてつなげる、安心できる存在になってくれている」と信頼感を口にした。
ゴールボールはコートに3人、控えに3人の6人で戦う。パラリンピックなど長丁場の大会を勝ち抜くには各選手が特徴を持ち、役割を果たす「チーム力」が重要であり、疲労のコントロールや相手をかく乱するという意味でも各ポジションでバトンをつないで戦える体制は理想的だ。
新たな取り組みとしてはもう一つ、男子代表コーチを長年担ってきた工藤力也ヘッドコーチ(HC)が初めて女子代表を率いた。市川総監督はコーチ育成の視点から「違う景色を見てほしい」と起用したと話す。工藤HCは市川総監督のやり方を引き継ぎながらも、「指揮する人が変わることで、これまでの型を破るきっかけになるかな」と、男子のチームコンセプトを女子にも取り入れたという。それは、選手の発想力や行動力の向上の目的に「選手が自ら考えて行動し、ベンチは目の役割をサポートするスタンス」であり、女子チームに対しても「ゲームを楽しみ、失敗を恐れずにアグレッシブに攻める」ことを指示したと話した。
例えば今回は、センターの高橋や神谷が攻撃参加する日本女子チームとしては珍しい戦術も見られた。ゴールボールでは相手の意表をつくプレーを重ねながら、守備の壁を崩していく。高橋は攻撃のオプションとして工藤HCからの指示があったと話し、ウィングとは異なるタイミングのセンター攻撃を、「スパイス的なボール」と表現した。
今大会では女子の対抗戦の合間に、男子日本代表強化指定選手A、Bチームによるエキシビションマッチ3試合も行われた。男子オリオンジャパンは昨年12月の世界選手権では6位で、過去最高順位とはいえ目標だったパリパラリンピック出場権は獲得できなかった。女子同様に8月の大一番に向けた強化が進められるなか、次世代選手たちも加わった今大会は今後の海外遠征などのメンバー選考会も兼ねていた。
3戦全勝だったBチームのエースで、世界選手権でもチーム最多24得点の金子和也は、「世界選手権の敗因は自分たちのミス。今は攻撃でリスクを負わずにいいボールで、相手にとって嫌なボールを投げることを意識して取り組んでいる。(若手の成長は)僕自身にも刺激になっているが、トップ選手として常に差を開き続けていきたい」と、さらなる進化を誓った。
なお、オリオンジャパンは男女とも今後、それぞれ残り5枠のパリパラリンピック出場権をつかみ取るため、5月の海外遠征や6月の長期合宿を経て、8月の大一番に向けてチーム一丸で戦いつづける。
写真/吉村もと・星野恭子・ 文/星野恭子