福岡県飯塚市のいいづかスポーツリゾートテニスコートで開かれた車いすテニスの「ジャパンオープン2023」。最終日の23日、男子・女子のシングルス決勝戦のあとに、ビッグイベントが行われた。
1月に男子シングルス世界ランキング1位のまま現役を引退した国枝慎吾氏と、リオ2016パラリンピック金メダリストのゴードン・リード選手が、「ITF UNIQLO車いすテニスクリニック with 国枝慎吾&ゴードン・リード」に参加。未来を担う18歳以下のジュニア選手に直接指導を行った。
このイベントは、「UNIQLO Next Generation Development Program」の一環として実施された。このプログラムは、ユニクログローバルアンバサダーを務める国枝氏やリード選手、錦織圭選手、ロジャー・フェデラー氏ら、6人の世界の一流アスリートやさまざまな競技団体等と連携し、次世代選手の育成を推進するもので、車いすテニスクリニックは昨年7月にイギリス・ロンドンでのイベントに続き2度目で、日本では初めての開催となった。参加したジュニア選手は、全国から集まった9歳~17歳の14人(男子12人・女子2人/うちクアードカテゴリーの選手は2人)。まずは国枝氏とリード選手から技術指導を受ける1時間のドリルを行った。
ドリルは国枝氏とリード選手がそれぞれ別のコートに分かれて実施。リード選手はジャパンオープンの男子シングルスとダブルスに出場した疲れも見せず、ジュニア選手との交流を楽しみながら指導。国枝氏も参加者の動きをきめ細やかにチェックし、積極的に声をかけていた。
たとえば、コーチと打ちあうジュニア選手を見て、国枝氏はショットを打つ際の身体の向きや、フォアハンドとバックハンドのグリップの握り方の違いなどをアドバイス。全力でボールを追いかける姿勢には、「いいね!」と拍手を送った。また、直接ラリーを打ちあった後、国枝氏はコート上で「みんな、日頃からテニスや車いすテニスを観る習慣をつけよう」と助言。「スイングでどんな回転がかかるのか、ボールがどう変化するのか予測することが大事。バウンドの仕方とかをもっと知ると、よりテニスが楽しくなると思うよ」と、練習のヒントを伝えていた。
休憩を挟んだのち、国枝氏とリード選手による30分間のトークセッションがスタート。テニスへの取り組み方について話題が及ぶと、リード選手は「トップ選手は現状に満足しない。しっかり練習して、常に改善しようとしていくことが大事」と語り、国枝氏は「うまくなる魔法はない。一日一日の積み重ねで、ここからどう変わっていくかはみんなの努力にかかっている」と、言葉に力を込めた。
また、緊張の乗り越え方について、リード選手は「“緊張”は言葉を変えれば、“情熱”があるということ。私も若い時はとても緊張して不安だったし、どうすればいいのかと思ってばかりいた。でも、トレーニングを積み、緊張をプラスに変えようと思えるようになると、格段に集中力が上がった」とコメント。国枝氏も「ウォーミングアップでバックハンドのダウンザラインが入らなくてイライラしたということが結構ある。試合前にこんなのじゃダメだよね、とメンタルトレーナーのアン・クインに話をしたら、『それ最高よ。暗闇のトンネルを歩いていて後ろから誰かの足音がしたら緊張するし、警戒して聴覚が冴えるでしょう? 緊張は五感が研ぎ澄まされているということ。つまり、戦闘準備に入っているんだと考えなさい』と言われた」と自身のエピソードの触れ、メンタルコントロールの大切さを説いた。
ふたりの実体験に基づく話を真剣に聞き入っていたジュニア選手からは、「ジュニアの時にどんなトレーニングをしていましたか?」と質問が寄せられ、リード選手は「ムーブメント(車いす操作)のトレーニングが基本であり、一番大事なこと。上手くなっていくと、正しいポジションに速く到達できる。楽しくはないかもしれないけれど、確実に伸びるし、しっかり練習するとシンゴみたいになれるよ」と回答し、隣にいた国枝氏を笑わせた。
最後に全員で記念撮影をして、クリニックは終了。ジャパンオープンの男子セカンドで準優勝したのちにクリニックに参加した、高校1年の矢野蒼大選手は、「すごく楽しかった。素晴らしい選手と一緒にプレーできたことだけでも自信になる。今後はメインドローに出て結果を残せる選手になりたい」と、感想を聞かせてくれた。
最後に囲み取材が行われ、リード選手はクリニックを振り返り、「楽しかった、の一言。みんな集中力があって、100%全力だったのが伝わってきた。レベルが高いことにも驚いたし、(母国の)イギリスに帰ったら『日本はヤバいぞ』と伝えなきゃ」と、笑って話した。また、国枝氏は「ゴードンが言ったように、日本のジュニア選手のレベルは高い。また、来年会えることを楽しみにしているし、自分自身もさまざまな形で次世代選手の育成に関わっていきたい」と力強く話し、締めくくった。
国枝氏が11歳で車いすテニスを始めた当時、国内にはジュニアカテゴリーがなく、大会ではシニアに交じってプレーし、世界ランキング1位まで上り詰めた。そして、世界で活躍する国枝氏に憧れる子どもたちが増え、競技人口の増加とともに次第にジュニアの大会が開催されるようになっていった背景がある。そうした変化について、国枝氏はかつて、「競い合う同年代の仲間がいてうらやましい」と話していた。今回、クリニックに参加したジュニア選手たちは、そんな国枝氏からのアドバイスをどう受け止め、どう今後につなげていくことができるか。これからの彼らの成長に期待したい。
写真/植原義晴・ 文/荒木美晴