7月8~17日にフランス・パリで開催される世界パラ陸上競技選手権大会に向けて、5月14日には日本パラ陸上競技連盟から日本代表選手が発表された。4位以内の選手の国・地域には来年のパリパラリンピックへの出場枠が与えられるという重要な大会とあって、派遣標準記録は非常に高く設定され、メダル争いの一角に入ることが期待されるアスリートばかりが顔をそろえた。その中に入ったのが、T54クラス(車いす)における日本のエース、鈴木朋樹だ。1年後に迫った世界最高峰の舞台に向けて突き進む、鈴木の今に迫る。
世界選手権の出場がかかった最後の大会として神戸総合運動公園ユニバー記念競技場で行われた日本パラ陸上選手権大会(4月29、30日)。鈴木は大会初日には1500m、翌日には800mに出場した。実は1週間前の23日にはロンドンマラソンに出場しており、帰国直後でのレースでは本領発揮とはいかなかった。それでも、いずれのレースでも日本記録保持者らしくトップでゴール。すでに大会前に派遣標準記録を突破し、内定していた800mでは優勝で世界選手権への出場を決めた。
「トラックのレースをした後にマラソンを走るということはこれまでにもあったのですが、マラソンを走ってからトラックというのは今回が初めてで、ハードなスケジュールでのレースになることは覚悟していました。ただその中でも最善の調整はしてきましたし、今できる範囲でのベストコンディションで臨めたと思います。走ってみての感触としても体のフィーリングも良かったですし、レースの内容としても満足しています」
レース後のインタビューでは「(国内では)まだ自分を脅かす存在の選手はいない」と語り、自信を見せた鈴木。今回の世界選手権ではパリパラリンピックの出場枠が得られる4位以内を目指す。ただ、トラック種目で世界の表彰台に上がることが厳しい状況にあることもわかっている。
その一方で、大きな可能性を秘めているのがマラソンだ。日本選手権直前というタフなスケジュールだったにもかかわらず、4月のロンドンマラソンにエントリーしたのも、パリへの選考レースとなる可能性があったからだった。結果的にロンドンマラソンは選考レースではなく、通常のメジャー大会として開催されたが、鈴木は3位で表彰台に上がり、しっかりと世界における実力を見せた。
「ロンドンマラソンは天候に恵まれず雨が降っていたのですが、その中でも万全のコンディションで、マシントラブルもなく走り切ることができて、大きな手応えを感じました」
そのロンドンマラソンで2位に5分差をつけるという圧倒的な速さで優勝したのが、マルセル・フグ(スイス)。東京2020パラリンピックで800m、1500m、5000m、マラソンとエントリーした全4種目で金メダルを獲得して以降、無敵を誇っているランナーだ。
鈴木はフグをずっと追い続け、彼に勝つことを目標としてきた。しかし、東京パラリンピックを境にして、2人の差は開きつつある。毎年11月に開催されている大分国際車いすマラソンでは、18、19年と2年連続で優勝したマルセルにわずか数秒差にまで迫り準優勝した鈴木だが、21年には50秒差、22年は約2分半の差をつけられた。そしてロンドンマラソンでは、22年は6分03秒、今年は6分16秒の差となった。
「東京以前は、どうすればマルセルに追いつけるのか、その道のりが明確に見えていました。でも、今は全く想像がつかない。大げさでも何でもなく、雲の上にいすぎて、そこまでいくにはどうすればいいのか、今の自分には見えていません」
だが、諦める気持ちは微塵もない。「今後マルセルと一緒にレースをしたりすることで、いろいろと見えてくればと思っています。今は無敵というくらい強い相手ですが、あのレベルに到達すれば、自分も世界6大大会(東京、ボストン、ロンドン、ベルリン、シカゴ、ニューヨークシティマラソンの6つの大会で構成される「アボット・ワールドマラソンメジャーズ」)を制覇することができると思うと楽しみでもあります」
そのために鈴木が重点的にトレーニングをしてきたのが、持久系だ。スタートからいかに早くトップスピードに上げていけるかについては手応えを感じている分、そのトップスピードを維持する力が不足していると考えたからだ。「昨年の冬季トレーニングから、トップスピードの練習を犠牲にしてでも持久力を上げることにフォーカスしてきた」と語り、まずはしっかりとした土台づくりに着手してきたという。
「マラソンで勝つためにもトラックのレースも重要」とする鈴木。マラソンについては、まだいつ、どの大会が選考レースとなるかは未定だが、7月の世界選手権でのトラックレースをマラソンへの追い風にするつもりだ。
「今後も目標とするラインを下げることは絶対にするつもりはありません。マルセルに追いつきたい、勝ちたいという気持ちを持って大会に臨み続けます」
フグが無敵を誇るきっかけともなった最先端の技術を駆使したレーサー(競技用車いす)の開発という点でも追随する構えで、新しいレーサーの感触にも手応えを感じている。「あとは乗り込んでいく作業が必要」と鈴木。まずは世界選手権で、どんな走りを見せるのか。日本のエースに注目が寄せられる。
写真/越智貴雄[カンパラプレス]・ 文/斎藤寿子