断続的な雨天となった5月13日、パラトライアスロンの世界シリーズの今季第2戦、横浜大会が横浜市の山下公園周辺特設コース(25.75km=スイム750m、バイク20㎞、ラン5㎞)で行われ、降雨もいとわず沿道から多くのファンが声援を送るなか、世界ランカー70選手が熱い戦いを展開した。日本勢も東京パラリンピック代表ら10選手(男子9、女子1)が出場し、それぞれに意味ある手応えをつかんだ。
多様な障害の選手を対象とするパラトライアスロンでは男女別に6つの障害クラスに分かれて競う。男子PTWC(車いす)では東京パラリンピック6位の木村潤平(サンフラワー・A)が1時間3分13秒で世界シリーズ初優勝を果たした。
スイムは2位であがったが、トランジションで前との差を詰め、バイクをこぎだすとまもなく、トップに立った。途中、先頭を譲るもマイペースを貫き、再びトップに立つと、ランで突き放した。2位のハウイー・サンボーン(アメリカ)に1分31秒の大差をつける好走を充実の笑顔で振り返った。
「これまで何回も(優勝の)チャンスはあったが、できなかった。自国開催の横浜大会で優勝できたのは、めちゃくちゃ嬉しい。スイムから思い通りのレースができた。バイクで一瞬、抜かされたが、慌てちゃいけないと思い、マイペースで行った。応援の力も借りて、ここ最近では(レースプランが)うまく、はまったレースだった。(2位、3位の選手はこれまで)いいところで負けている選手だったので、勝ち切れてよかった」
競技活動と両立させ、仕事としてパラスポーツの普及活動にも取り組む。「どちらも100、100でやらないと意味がない。競技が50になったり、100でやったつもりでも結果が残らなければ、やめたほうがいい」と強い覚悟で臨んでいる。今回の優勝は、「自信になったし、大きな勝ちだった」と振り返る。
これまで水泳で3回、トライアスロンで2回、夏期パラリンピックに出場しているベテランだ。代表に決まれば6回目となるパリ大会も来年に迫るが、「まずは一つひとつ結果を残し、その延長線上にパリがあるならば、しっかり出場して、やる以上は結果を残せるようにトレーニングしたい」と前を見据えた。
男子PTVI(視覚障害)では東京パラ銅メダルの米岡聡(三井住友海上)が1時間1分54秒で3位に入った。スイムは10人中9位で上がったが、バイクとランで順位を上げ、フィニッシュは2位に14秒差まで迫る追い上げを見せ、自信を深めた。
「事前にガイドの花岡(秀吾/千葉ブレイブ・SUNNY FISH)くんと打ち合わせしていた形でレースを推移させることができた。どの種目も落ち着いて自分たちのパフォーマンスを出せた。順番も表彰台が取れたし、トータルで手ごたえを感じられた」
神奈川出身の米岡。地元での国際レースに、幼なじみや同僚など大勢が応援に駆けつけた。米岡には彼らの姿は見えないが、大声援は「走っていて泣きそうになるくらい」で、大きな力になった。
以前からマラソンにも取り組む二刀流で、東京パラ後はしばらくトライアスロンの試合出場を控えてマラソンに注力。2月のレースで自己新記録で好走後、トライアスロンの練習も本格化させたが、4月のマラソンでも2月の記録を約1分縮める2時間40分21秒の自己ベストで走った。
「マラソンだけやっていると、局所の負担が大きくケガが多いが、トライアスロンで3種目うまくやることでケガも回避できている。両方ともエンディランス系の競技なので、トライアスロンの練習で、マラソンの有酸素能力が向上するなど相乗効果のサイクルができている」と二刀流の利点を挙げ、「パリ(パラリンピック)に向かって、両方とも全力で取りくんでいく」と力強く宣言した。
男子PTS4(運動機能障害)で東京パラ銀メダルの宇田秀生(JPNNTT東日本・NTT西日本)は強化してきたスイムは6位で上がり、バイクは全体2位、ランは同3位のタイムで順位を上げ、4位でフィニッシュした。表彰台まではあと13秒だった。
「スイムはよかったが、バイクとランで上げきれなかった。3位の選手の背中はずっと見えていたが、追いつけなかったのが悔しい。(スイムは)合宿での成果が出せたと思うが、ちょっと疲労が残っていた」と唇をかみ、「大事なレースにしっかりコンディションをパシっと合わせられることが大事だと思う」と激走を振り返った。
以前から課題とするスイムは基礎的な泳力の向上に加え、直前の沖縄合宿で海での実戦練習を積んできた。「スイムアップの手前で、いつもはもう少し遠い選手(の姿)が見えていた」と練習の成果を実感したが、まだ満足はしていない。この日、優勝したアレクシ・アンカンカン(フランス)は東京パラでも宇田に先着して金メダルを獲得している最大のライバルだが、「アンカンカンの背中は見えなかった。あと2分くらい泳力を上げたい。そうすれば、バイクコースに入ってから(姿が)見えるので」とさらなる進化を誓う。
宇田はまた、自身の競技する姿から多くの人に「何かを感じてもらえたら」と願う。「パリ(パラ)でメダルを獲ったほうが発信力も増すかなと思う。今年は(6月の)アジア選手権やヨーロッパ転戦もあるし、(8月の)パリでのテストイベントと(9月の)世界選手権でいい結果を出せるように、1個1個、大事にレースをしていきたい」。思いを新たに前進し続ける。
日本女子ではただ一人の出場となった東京パラ6位の秦由加子(キヤノンマーケティングジャパン/マーズフラッグ/ブリヂストン)は強みとするスイムで4位と少し出遅れ、最終順位は5位だった。それでも、「途切れることのない声援に力をもらった」と感謝した。
東京パラ後の2021年11月、競技を始めて以来、ずっと悩まされてきた義足側の右脚を手術した。走ると痛みが出る断端(切断部分)の大腿骨の先を3cm削って筋肉で覆うことで痛みの軽減を狙った手術で、リハビリには1年以上を要したが、今年3月、オーストラリアでの復帰初戦を完走し、復帰2戦目が今大会だった。
「少しでも痛みが改善するならと、パリ(パラ)に向けて決断した。今回も(ランで)痛みはなかったので、脚の状態は回復してきている。ただ、練習再開が昨年の年末くらいだったので、ランはもう少し強化が必要だと思う」と課題も口にしたが、「レース勘がよみがえってきている気がして、『レースってやっぱり楽しいな』って、バイクに乗りながら思った」と振り返り、無事に復帰を果たせた喜びの涙をにじませた。
手術により筋肉バランスが変わったことで、ラン用の義足は手術前とは異なる、「膝継手(ひざつぎて/膝の代わりをする部品)」のある義足に作り直した。膝有りかなしかは、「世界の選手たちも試行錯誤中なので、今後も見直す可能性はある」としたが、「無事にパリには間に合う形なので、手術をやってよかったと思えるように、未来をつくっていきたい」と力強く前を見据えた。
パリでパラリンピック初出場を目指す、男子 PTS5の梶鉄輝(JPF)は1時間1分59秒で7位だった。スイムは5位で上がり、得意なバイクパートを全体3位の好タイムでカバーして粘った。ランで順位を落としたものの、「(7位は)今までの最高順位。雨で寒いのは大好き。スイムをちょっと抑えて、バイクは100%の力で行った。ランは最初だけ抑えて、後ろから抜かれるのは分かっていたので、そこから順位を落とさないようにという形でレース展開した。今までで一番良かった」と、自身のレースプランを振り返った。
東京パラ出場を逃して以降、パリに向けて「いろいろな経験値を積もう」と、アイアンマンなど長距離レースに挑戦したり、昨年の夏から練習拠点をオランダに移しコーチについてトレーニングに励む。「ランが(競技を)始めた頃からの課題。最後まで走れるように(持久力を)強化している」
この日、優勝したマルティン・シュルツ(ドイツ)には5分以上離されたが、9位に入ったリオパラ代表のベテラン、佐藤圭一(セールスフォース・ジャパン)には2分以上の差をつけた。「(先着は)横浜大会では初めて。(佐藤には)普段から『早く抜け』と言われていたので、ちょっとずつ強くなっているというのを結果で表せているかな」と手応えを口にした。
敗れた佐藤は、「梶くんには先に行ってもらわないと、自分が辞められない(笑)。他の国では若い選手が出てきている。次世代を育てるという意味で、僕はもう少し頑張りたい。日本チームにとって強い選手がどんどん出てくるのが理想」と梶のさらなる成長を期待した。
パリパラの選考レースは7月1日から始まるため、前哨戦とも位置付けられた今大会。海外勢では東京パラ金メダリストたちが順当に優勝するなど実力を示したが、日本選手もそれぞれの糧をつかんだ。この後、決戦の舞台は海外へと移る。各地を転戦し挑戦する選手たちの活躍に期待したい。
写真/吉村もと ・ 文/星野恭子