連載第5回は、ゴールキーパー以外は全盲の選手たちがプレーするブラインドサッカーにフォーカス。
日本代表の主軸・加藤健人選手のコーチングのもと、星稜高校サッカー部出身の坂田秀晃が体験取材!
加藤健人 KENTO KATO × 坂田秀晃 HIDEAKI SAKATA
加藤 アイマスクでのプレーはどうでしたか?
坂田 音の出るボールと声を頼りにプレーするのがこんなにハードだとは……ボールに触る感覚をつかむだけですごく時間がかかりました。
加藤 僕も最初は、見えていた頃に簡単だったプレーがうまくいかなくて葛藤ばかりでした。
坂田 シュートを振り抜くのも本当に難しくて。
加藤 空振りしたり、ミートしたりを繰り返し、どうやったらうまく蹴られるかを常に考えながら反復練習するのが大事なんです。
坂田 加藤選手はブラインドサッカーのどういうところが一番楽しいと感じていますか?
加藤 何より一体感。ブラインドサッカーはどれだけうまくても個の力では勝てない。味方や相手の声を聞き分けながらゴールをめざし、シュートもガイドの声に向かって打ちます。だから得点した瞬間の喜びはサッカー以上なんです。
坂田 怖さを感じたりもするのでしょうか。
加藤 もちろん最初はありましたけれど、自分たちはこれが当たり前なので。勝負という意味ではそこから一歩踏み出さなきゃいけない。
坂田 早く試合を観てみたいですが、観戦するうえで注目すべきポイントはありますか?
加藤 試合はボールの音や人の声が大切なので、インプレー中は静かにお願いしています。ゴールが入った瞬間にワッと喜んでもらえれば。またボールを持っていない3 選手の動きも面白いですよ。見えない中で声をかけ合ったり状況を把握しながらポジションについているので。
坂田 貴重な経験をさせてもらって、東京パラリンピックがさらに楽しみになりました。
加藤 日本代表として2020年の東京で結果を残さなければという思いは強いです。ただ、この12月にはアジア選手権、そこで3 位以内に入ると世界選手権の出場権も獲得できるので、一つ一つ段階を踏んでメダルをめざします。
【プロフィール】
加藤健人さん
かとう・けんと●1985年10月24日、福島県出身。小学校3 年でサッカーを始める。聖光学院高校3 年時に発症したレーベル病という遺伝性疾患によって視力が徐々に低下する中、19歳でブラインドサッカーと出会い、筑波技術短期大学進学後の2007年から日本代表に。現在はブラインドサッカー教室や講演なども積極的に行う。埼玉T.Wingsに所属。アクサ生命保険勤務。
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Photos:Takemi Yabuki[W] Composition & Text:Kai Tokuhara