組んでから試合を始めるのが特徴の視覚障害者柔道。その体重階級別日本一決定戦、第38回全日本視覚障害者柔道大会が5月21日、東京・講道館で開催され、約30選手が頂点を目指して戦った。今年度の国際大会派遣の基準となる強化指定選手選考への参考大会でもあり、世界ランキングによって出場が決まる来年のパリパラリンピックをにらみ、東京パラリンピックメダリストや代表復帰を期すベテラン、心機一転で世界を目指す選手らが熱戦を繰り広げた。
視覚障害者柔道は東京パラ後に国際ルールが大きく2点変更された。一つは国際クラス分けで、視覚障がいの程度によりJ1(全盲)とJ2(弱視)に分けられ、軽度の弱視は対象外となった。もう一つは体重階級の分け方で、これまで男子は7つ、女子は6つあった階級がそれぞれ4つに集約され、パラリンピックなど国際大会では男女J1、J2の各4階級、計16のメダル種目となった。自身の階級がなくなり、体重を増やすか減らすかしなければならない選手も多く、世界の勢力図への影響も少なくない。
なお、この全日本大会は前回から国際ルールに準じた体重階級制になったが、障がいについては区分のない男女各4種目で実施されている。
4選手が出場した男子73㎏級は東京パラ銅メダルの瀬戸勇次郎(九星飲料工業)が3試合オール1本勝ちで制した。「あまり調子があがっていなかったのもあって、いろいろと方法を考えてやった3試合だった」と振り返った。
初戦はパラリンピック3連覇のレジェンド、藤本聰(徳島県立徳島視覚支援学校)を1分45秒、背負い投げで下した。「藤本さんから担ぎ技で一本をとったのは初めてなので、すごく良かった」。2戦目は最近稽古中の内股を試合で試し、3戦目は寝技をかけるなど、「普段やらないことを試す機会になった」と手応えを口にした。
瀬戸は階級制度のルール変更に伴い、66kg級から73kg級への階級替えを余儀なくされた。体重や筋力を増やすよう努力しているが、「今は75kgくらい。もともと73kg級の選手は77、8~80kgくらいから落として試合に出てくる。そういう選手からみると、まだまだ。できる限りのことをやるしかない」。
メダルが期待されるパリでは体重差のある選手との戦いも必至だが、「(得意の)背負い投げさえかかれば、投げられるという自信は正直ある」。だが、最近は相手から研究されているとも感じるため、内股など技を増やして、「うまく気をそらせれば、背負い投げへの形をつくることもできやすくなると思う」と前を向いた。
女子70㎏級は同じく東京パラ銅の小川和紗(伊藤忠丸紅鉄鋼)が土屋美奈子(シンプレクス)を下して優勝した。1勝後、2戦目は土屋のケガによる不戦勝で、「ちょっとモヤモヤした気持ちで終わった」が、投げ技を狙って相手との距離を考えて戦いながら、「とっさに締め技にいけた。こういうのが今後、必要になってくると思う」と前向きにとらえた。
昨秋以降、ケガもあり国際大会で思うような結果が残せず、「柔道が嫌いになりそうなくらい落ち込んだ」が、個人的に海外に遠征して強豪たちと試合を重ねるなどで克服。「今年1月からまた波に乗ってきた。あのとき、ぐっとこらえてよかった」。スランプを乗り越え、新たな強さを身に着けたメダリストが復活を宣言した。
今大会最多の6選手が出場した男子60㎏級は廣瀬誠(愛知県立名古屋盲学校)がトーナメント戦を勝ち抜き、決勝で東京パラ7位の平井孝明(熊本県立盲学校)を一本背負いで下し、大会2連覇を果たした。
「(平井とは)何回も試合をしているし、寝技の強い選手なので、対戦が決まった段階で、立ち技主体で攻めたいと思った。とりあえず、勝ててほっとしている。去年、いろいろと思うところがあって、現役復帰を決めたので、今回も勝つことが(パリ)パラリンピックに向けては絶対条件だと思って臨んだ」
廣瀬はパラリンピック4大会に出場し、アテネ大会につづいて自身2個目の銀メダルを獲得したリオ大会後、「(娘3人との)時間を大切にしたい」などの理由から第一線からは退いていたが、昨年、世界を目指す戦いの場に戻ってきた。
復帰には「「大きく2つの思いがあった」という。一つは盟友の平井が障がいクラスのルール変更により、国際大会出場の対象外になったこと。もう一つはコロナ禍による東京大会延期などでパリまでの準備期間が短くなったことで、家庭や職場から再挑戦を「許してもらえるかな」と思えたからだ。
「平井くんが出るなら、僕は応援したいと思っていたが、出られないなら、もう1回、僕も目指してみたいなと。職場の皆さんも快く送り出してくれて、家族も応援してくれている。結果で報いるしかないと思っている」
武器は経験を重ねたことで身についた「試合に対する精神のコントロール術」と、2013年から取り組む柔術だ。「立ち技から寝技への移行」や「寝技になったときに落ち着いて対処できるようになった」と言い、海外でも取り組む選手が多い柔術は、「世界の柔道に対応するためには必要だと思っている」。
パリに向けて短期決戦だからこそ、「一瞬一瞬を大切にやってきたい」と力を込めた。
男子90㎏超級は廣瀬悠(SMBC日興証券)が元100㎏超級のパラリンピック金メダリスト、正木健人(三菱オートリース)らを破り、2連覇を果たした。廣瀬は東京パラ後、クラス分けルール変更も受け、女子57kg級の第一人者で妻の廣瀬順子(SMBC日興証券)のコーチ業を中心にしているが、「視覚障害者柔道のシンボル的な」存在と考える正木と公式戦では初対戦し、国内初黒星をつけた。
廣瀬は、膝のケガの影響もあり長く調子を落としている正木に発破をかけたい思いもあったと明かし、体重も112kgまで増量して臨み、「完全に勝ちにいった。(正木)本人もやる気がでるのではないか」と満足げに話した。
敗れた正木は、「悔しさも残るが、今の身体の状況は把握できたので、よかった。(敗戦については)これから整理をつけないといけないが、プラスにできるよう明日から考えていきたい」と声を振り絞り、膝は「よくはなっている。チャンスがあるなら、パリは狙っていきたい」。日本の大黒柱がリスタートを誓った。
なお、廣瀬(悠)によれば、廣瀬(順)は約3週間前、練習中に鼻を骨折した影響で今大会は欠場した。今後数週間で練習復帰できる見込みだという。
4選手が出場した女子48㎏級は石井亜弧(三井住友海上あいおい生命)が3勝全勝で優勝した。もとは52㎏級でリオパラにも出場したが、階級区分変更に伴って57㎏級に上げ、昨年は準優勝している。だが、2大会ぶりとなるパラ出場を目指し今大会から48㎏級に下げた。
約5カ月間で約8㎏も落とす大きな挑戦に、「初めての減量で不安な要素はあったが、サポートのおかげで、いいコンディションで試合に臨めた。この状態で維持していきたい」と決意を口にした。すでに動画配信などで海外のライバルの研究も始めている。自身の強みには「スピードもあるし、技を積極的にかけていける」ことを挙げ、「海外遠征でしっかり結果を残して代表になれるよう頑張りたい」と意気込んだ。
5人でのリーグ戦となった男子90㎏級は北薗新光(アルケア)が優勝した。4試合をオール1本勝ち、しかも総試合時間も1分未満という圧倒的な強さを示した。「練習がガチッと合って、それが試合に出せた。今日はたまたま体に力が入って、120、130%くらい普段以上の力を出せた。パリは目指したい。今後、日本代表に選ばれれば、一つひとつ(の試合を)大切にしたい」。選手村での事故で出場がかなわなかった東京パラの悔しさを晴らしにいく。
今大会前の4月、カザフスタンで行われたアジア選手権では8選手が参加し、7個のメダルを獲得した日本。6月以降はパリ大会への出場枠争いもさらに激化していくが、互いに切磋琢磨しながら、チーム一丸で高みを目指す。
文/星野恭子