7月にフランス・パリで開かれたパラ陸上の世界選手権は2年に1度の世界一決定戦であり、今年は約1年後に同じパリの地で開かれるパラリンピックの出場枠もかかった重要な大会で、107の国と地域から1300選手以上が出場し、世界新記録も36個が誕生するなどイレベルな熱戦が展開された。
日本からは37名の代表選手が出場し、金4個を含む全11個(金4、銀3、銅4)のメダルを獲得。さらに4位以内に入った選手の所属国・地域に与えられるパリパラリンピックの出場枠は計14枠をつかんだ。その大きな担い手となったのが20代の若手や新星たちであり、彼らの活躍が大きく印象付けられた大会となった。(本文中の年齢は大会開催時点のもの)
個人種目のメダリスト7人のうち、30歳以下は3人。T11(視覚障がい)クラスの男子5000mで金、同1500mで銀を獲得した唐澤剣也(SUBARU)とT46(上肢障がい)の女子砲丸投げで銅メダルの齋藤由希子(SMBC日興証券)はともに29歳だ。また、T13(視覚障がい)の男子400mで金、走り幅跳びで銀と活躍した福永凌太(中京大クラブ)は24歳。初出場ながら2種目でアジア新記録をたたき出す勝負強さも見せつけた。
惜しくもメダルは逃したが、4位に食い込みパリパラ出場枠をつかみとった若手選手も多い。T36(脳性まひ)の21歳、松本武尊(AC・KITA)は男子400mで予選を今季ベストの56秒80で突破すると、決勝では自らが持つアジア記録を更新する55秒85をマークする快走だった。初出場だった東京パラリンピックでは7位で達成感とともに味わった悔しさをバネに重ねた2年間の強化の成果を今大会につなげた。
「8 レーンということであまり周りを気にせず、冷静に 300mを走ったが、最後の 100mは銅メダルが頭によぎってしまい、力んでしまった」と反省も口にしたが、つづく9月の国内大会でも55秒21をマークしてアジア記録を塗り替えるなど好調を維持している。「パリ世界選手権では最後に抜かれて4位になった悔しい経験があったので、今回はそうならないよう最終コーナーから頑張って走った。タイムよりも、うまく走れたことに満足した」。悔しい経験をしっかりと成長につなげている。
T63(片大腿義足)の24歳、兎澤朋美((富士通)は女子走り幅跳びで4位(4m59)に食い込んだ。東京パラでも初出場で4位(4m39)だっただけに、「4位は最低限の目標。自己ベストを更新できず力不足を感じた。今日の課題をもう一度整理して次につなげていきたい」と前を向いた。
また、世界選手権初出場組から3選手が4位に入る健闘を見せた。T20(知的障がい)の26歳、酒井園美(ISFnet)は女子走り幅跳びで5m44をマークし、自身の持つアジア記録を塗り替えた。東京パラは派遣標準に1 ㎝届かず悔しい思いをし、昨年もケガに悩まされ、「(今大会も)少し不安だったが、初めての世界パラで 4 位以内に入ることが目標だったので良かった。最後まで諦めず、楽しんで跳ぶ事ができた」。笑顔を輝かせたが、初出場を目指すパリパラへの思いを聞かれると表情を引き締め、「ここで安心しちゃダメ。一瞬休んでから、どういうところがダメだったとか、(試合の中で)練習が足りなかったのかなというのがあったので、また、練習を積み重ねたい」。見据える先はまだまだ高い。
T37(脳性まひ)の22歳、新保大和(アシックス)も男子円盤投げで自らもつ日本記録を更新する50m99をマークした。「3 位に入れなかったことは悔しいが、今大会に向け調整していたことを確認しながら投げれた。(3投目に)自己ベストが出てから、他の選手の記録も気になって力み、投げ急いでしまった」。見えた課題を次に生かす。
T12(視覚障がい)の23歳、石山大輝は男子走り幅跳びで4位入賞を果たした。第1試技で6m83を跳び、そのまま逃げ切ったが、自身のもつ日本記録(7m07)には届かず、「(大勢の観客が)応援してくれる中で、しっかりもっといい跳躍をして盛り上げられれば本当はよかった。今回はダメだった」。この悔しさは次で晴らす。
出場枠は獲得できなかったが、19歳の小野寺萌恵(あすなろ屋羽場店)と22歳の近藤元(摂南大)も初の大舞台でポテンシャルは示した。小野寺はT34(脳性まひ)の女子100mで5位、同800mで6位に、近藤はT63(片大腿義足)の男子走り幅跳びで7位だった。メダル圏との距離など世界の強豪たちから学んだことを糧にする。
4x100mユニバーサルリレーの金メダルは積み重ねてきた強化の成果から日本のチームとしての力を示し、全体の士気を高める上でも大きな役割を果たした。東京パラでは銅メダルを獲得したが、世界選手権では前回2019年大会でタッチミスのため予選で失格していた。
ユニバーサルリレーは各走順に障がいクラスが規定されているなど限られた中での選手起用が必要だが、パラ陸連の高野大樹リレーコーチを中心に各選手の走力や加速力などを分析し、ミスもタイムロスも少ないチームを目指して強化を進め、「ここで出場枠を獲る」という目標を見事に果たした。
予選では1走(視覚障がい)澤田優蘭(32歳/エントリー)、2走(切断・機能障がい)三本木優也(22歳/京都教育大)、3走(脳性まひ・立位)高松佑圭(30歳/ローソン)、4走(車いす)生馬知季(31歳/GROP SINCERITE WORLD-AC)が走り、48秒21のシーズンベストで決勝進出を果たした。決勝では個人種目との兼ね合いで、2走は辻沙絵(28歳/日本体育大)に、3走は松本に代わったが、47秒96と記録を伸ばし、金メダルをつかんだ。
長年、塩川竜平ガイドとともに1走を担ってきた澤田は、「本当にうれしいです。2019 年から本格的にリレーメンバーとして組んでいくなかでなかなか届かなかった金メダルだったので本当に嬉しい」と話し、個人種目も含め6レースを走り抜いた4走の生馬は、「(リレー)予選では自分の走りとして不本意だったが、決勝では良い走りができた。一緒に走ってくれたみんながつないでくれたおかげ。強い気持ちで臨めたことが良い結果になった」と手応えを口にした。
ちなみに、澤田は女子走り幅跳びT12で世界選手権では自身初となる銅メダルを獲得、生馬も強豪ぞろいの男子T54 で100mと400mで予選突破し、それぞれ6位、8位と過去最高位の結果を残した。
メンバーそれぞれが個人の走力も磨きつつ、チーム力もさらに高め、1年後のパリで再び輝くことを目指す。
こうした結果を踏まえ、日本パラ陸上競技連盟の宍戸秀樹強化委員長は大会を次のように評価した。
「東京パラ前後に競技を始めたような若手が活躍した。出場枠も、前回大会に比べてさまざまな種目でまんべんなく獲得でき、全体的に底上げできた。東京パラに向けた選手発掘や強化が徐々に定着し、それが結果に表れた」
出場枠は実際、跳躍種目で5つ、車いすで3つ、中長距離と短距離、そして投擲で2つずつ、さらにリレーで1つとバランスよく獲得した。種目別にブロックに分け、それぞれに合った強化方法を取ってきたが実を結び、世界で戦える種目が幅広く増えたと言えるだろう。
一方で、若手を中心に緊張やメンタル面で課題の見えた選手も少なくなかったと宍戸委員長は明かした。コロナ禍の影響でここ数年、合宿実施は制限され、国際大会も延期や中止されるなど、「経験値が少なかった。今後、大会慣れしていけば、もう少しリラックスした状態で試合に臨めるのではと思う」と課題を挙げた。
10月(22日~28日)には1年の延期を経てアジアパラ競技大会が中国・杭州で開催され、陸上では40人を超える日本代表選手が派遣される予定となっている。来年5月(17日~25日)にはパリパラ出場枠のかかった世界選手権が神戸市で初開催される。
開幕まで1年を切ったパリパラに向けて残された時間は決して長くはないが、今回のパリ世界選手権で得た収穫や課題をしっかりと生かし、強化を確実に前へ進めていくことが重要だ。
<パリ2023世界パラ陸上世界選手権メダリスト>
金メダル: 唐澤剣也(男子5000mT11)、佐藤友祈(同1500mT52/33歳)、福永凌太(同400mT13)、4x100mユニバーサルリレー
銀メダル: 唐澤(男子1500mT11)、佐藤(同400mT52)、福永(同走り幅跳びT13)
銅メダル: 伊藤竜也(男子400mT52/37歳)、齋藤由希子(女子砲丸投げT46)、澤田優蘭(同走り幅跳びT12)、中西麻耶(同走り幅跳びT64/38歳)
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写真/吉村もと ・ 文/星野恭子