東アジア初開催となったパラ陸上の世界選手権、「神戸2024世界パラ陸上競技選手権大会」が5月17日から25日まで神戸市のユニバー記念競技場で開催された。今夏のパリパラリンピック予選も兼ねており、世界104の国・地域から約1000人の選手が出場。9日間168種目にわたって熱戦が繰り広げられ、世界新記録は20以上、大会新も80以上が誕生した。学校観戦プログラムの児童・生徒ら約3万人を含む、のべ84,000人の観客がパラ陸上の魅力に触れると同時に、選手たちに力を与えた。
日本勢は過去最多の65人が出場し、銀9 、銅12の計21個のメダルを獲得した。金メダルは逃したが、昨夏パリで開かれた前回大会の計11個(金4、銀3、銅4)からほぼ倍増とした。また、2位以上に入った選手に与えられる(既得選手は除く)パリパラリンピックの出場権は新たに3枠を獲得。前回大会での獲得分と合わせ、現時点で16選手がパリパラリンピック代表に内定した。
神戸からパリへ――。ここでは主に、神戸大会で新たにパリ切符をつかみ取った3選手ともに、パリへの前哨戦として神戸大会を戦った13選手たちの戦績を振り返る。
神戸大会でパリパラリンピック出場枠をつかんだ一人はT13(視覚障がい)男子100mで銀メダルを獲得した川上秀太(アスピカ)だ。予選を全体3位の10秒83で通過すると、決勝では10秒70のアジア新記録をマークした。小学3年時の交通事故の影響で視覚障がいを負う。中学から大学まで陸上部で活躍後、2021年4月からパラ陸上に転向した。前回大会で初代表に選出されたが、直前のケガで辞退し、満を持しての世界選手権だった。「初めての世界大会で2位。自信にはつながる。ただ、レース展開や1位ではなかった点は自分では悔しい」。次は初のパラリンピックの舞台でこの悔しさを晴らすつもりだ。
同じく初のパラリンピックを内定させたのはF53(車いす)女子円盤投げの鬼谷慶子(関東パラ陸協)だ。決勝で自己記録を約3m更新する14m49のアジア新で2位に入った。「いい感覚で投げられたが、想像していた以上の記録。筋トレの成果が出た」と笑顔で振り返った。大学陸上部で投てき選手として活躍していた20歳のとき、難病を発症して車いす生活になった。約8年のリハビリ期間を経て昨年から本格的にパラ陸上に取り組み、この日の快挙につなげた。今後の目標を聞かれ、「パリで15mを目指してしっかり練習したい。そして、自分が競技をすることで、誰かのチャレンジする背中を押していけたら嬉しい」と力を込めた。
スプリンターからもう一人。T64(片下腿義足など)の大島健吾(名古屋学院大AC)が男子200m決勝で銀メダルを獲得した。23秒13の自己ベストをマークし3位でフィニッシュしたが、1位で入ったイタリア選手がライン踏み越しで失格し、順位が繰り上がった。4x100mユニバーサルリレーのメンバーとして銅メダルに輝いた東京大会につづく2回目のパラリンピック出場を内定させ、「一安心した。これで満足せず、次に向けて修正して頑張りたい」と、日本記録(11秒27)を持つ100mも含め、さらなる飛躍を誓った。
前回大会でパリ内定を得ていた13名もそれぞれパリへ向け、貴重な実戦経験を得た。
初パラリンピックに向け、手応えを得たのはまず、T12(視覚障がい)の石山大輝(順天堂大学院)だ。男子走り幅跳びで7m08を跳び、2位に食い込んだ。自身の持つ日本記録も1cm更新した。F37脳原性まひなど)の新保大和(アシックス)も円盤投げで銅メダルを獲得。世界選手権での初メダルで自信もつかんだ。
同じく初パラリンピックに内定しているT52(車いす)男子の伊藤竜也(新日本工業)は400mで前回と同じ3位に食い込んだ。「もっと高い目標と意識を持ち、パリでは100mでもメダルを目指したい」
女子走り幅跳びでは前回銅のT12の澤田優蘭(エントリー)とT64の中西麻耶選手(鶴学園クラブ)がともに前回と同じ銅メダルを死守。また、T63(片大腿義足など)の兎澤朋美(富士通)は前川楓(新日本住設)と同記録(4m66)で並んだがセカンド記録で上回り、銀を獲得。100mでも2位に入った。T20(知的障がい)の酒井園実(ISFnet)は前回4位から6位に後退したが、「パリ本番までにケガを治してメダルを狙いたい」と前を向いた。
F46(上肢障がい)の齋藤由希子(SMBC日興証券)は砲丸投げで、前回につづき銅メダルを獲得したが、ケガの影響もあり、記録は11m72に留まった。T36(脳原性まひ)の松本武尊(医療法人鎮誠会)は専門400mに加え100mにも出場したが、どちらも4位とメダルを逃した。100mは12秒35で3選手が並ぶ接戦で、銅メダルまでは1000分3秒、銀にも1000分の4秒だった。「何ともいえない結果。でも、いい感じで(大会を)終われたし、新しい発見もできた。次につなげられる」と顔を上げた。
ともに連覇を狙ったT13(視覚障がい)男子400mの福永凌太(日本体育大学)は銀、T11(同)男子5000mの唐沢剣也(SUBARU)は銅に終わった。しかも、それぞれの優勝選手は世界新樹立という快走だった。福永は「悔しさしかない。(世界新の46秒44は)すごいタイムだが、自分を信じて到達できるようにがんばりたい」。唐澤も自身がもっていた世界記録を1秒42縮める新記録(14分53秒97)を前に、「世界記録と金メダルを奪い返したい」。ともにパリで王座返り咲きに挑む。
同じくT11のベテラン、和田伸也(長瀬産業)は5000mで5位など奮わず、「世界も強くなっている」と危機感をにじませた。東京パラ2冠のT52佐藤友祈(モリサワ)は400mと1500m(非パラリンピック種目)で銀、100mで銅を獲得したが、いずれもベルギーの新鋭、マクシム・カラバンに完敗した。「しっかり修正し、パリでは彼(カラバン)に土をつけたい」と意気込んだ。
ユニバーサルリレーも日本代表も前回大会優勝でパリへの切符は獲得済みで、神戸では連覇を狙って前回優勝メンバーで臨んだ。中国、イギリスに次ぎ、3位でフィニッシュしたが、3走のT36、松本によるライン踏み越し違反があり失格となった。ただし、同じメンバーで臨んだ予選では47秒60をマークし、約3年ぶりに日本記録を0.34秒更新した。
アンカーのT54(車いす)生馬知季(GROP SINCERITE WORLD-AC)は、「失格は攻めた結果だから、自分の中では納得できる」とうなずいた。2走のT47(上肢障がい)辻沙絵(日本体育大)も「合宿などを通してタッチワークの精度も高めてきたし、それぞれがスピードを上げてきたり、課題に取り組んだ結果が日本記録につながった」と振り返った。1走のT12澤田優蘭(エントリー/塩川竜平ガイド)は、「本番のパリに向け、観客が入ったなかで海外勢と戦えるのはこれが最後。予選でベストが出せたのは大きな収穫」と前を向いた。3カ月後の大舞台で世界一奪還に挑む。
また、銀メダル以上を逃しパリ出場枠獲得はならなかったものの、表彰台に立った選手は4名。T63の前川が女子走り幅跳びと100mで2つの銅をつかんだほか、十川裕次(オムロン太陽)はT20(知的障がい)男子1500mで、小野寺萌恵(北海道・東北パラ陸協)はT34(脳原性まひ)女子100mで、佐々木真菜(東北銀行)はT13女子200mでそれぞれ3位に食い込んだ。さらなる成長の糧にする。
神戸大会閉幕後の5月26日、日本パラ陸上競技連盟は記者会見を開き、神戸大会の総括と同日時点で16選手が同連盟の選ぶパリパラリンピック日本代表に内定したことを発表した。宍戸英樹強化委員長は神戸大会での獲得メダル数について、「金メダルがゼロに終わったことは重要な問題であり、強化計画の練り直しが求められる」と厳しい表情。すでにパリパラリンピックに向けて、短距離、中長距離、車いす、投てき、跳躍に分かれる各パートマネージャーとの戦略会議を重ねていると明かし、「今後、海外選手の分析なども行ったうえで、とくにメダル獲得や入賞の可能性が高い選手を中心に、残り3カ月強化を進めていきたい」と前を見据えた。
なお、パリパラリンピック日本代表人数は6月末までに発表される世界ランキングを元に世界パラ陸上連盟から各国に配分される出場枠により、さらなる上積みも見込まれる。次の大舞台、パリに向け、日本チームは一丸となって進化しつづける。
写真/吉村もと・ 文/星野恭子