8月28日、いよいよパリ2024パラリンピックの幕が開く。開会式翌日の8月29日から9月2日までの5日間にわたり、シャン・ド・マルス・アリーナを会場に熱戦が繰り広げられる車いすラグビー。リオと東京の2大会連続で銅メダルを獲得した日本は、パリで悲願の金メダルを狙う。12名のうち11名が東京パラリンピックに出場したメンバーとあって、経験豊富な史上最強の布陣で世界の強豪に立ち向かう。日本代表としての誇りを胸に、パリ・パラリンピックに挑む12名の選手にスポットを当てたい。
車いすラグビーでは、障がいの程度や体幹等の機能によって0.5~3.5の7クラス(0.5刻み)に分けられ、数字が小さいほど障がいが重いことを表す。まずは、守備の要となる「ローポインター」(クラス0.5~1.5)から紹介しよう。日本の高いディフェンス力を支える、ハードワークと職人技に注目だ。
最も障がいの重いクラス0.5には、倉橋香衣と長谷川勇基。日本代表初の女性選手として活躍する倉橋は、海外選手との体格差を「賢いプレー」で埋める。プレーの先を読んで動き、コンタクトの場面では「相手に対してのチェアポジション」を意識する。パリに向けては、味方との連係やプレーのより細かい部分にまでこだわり高めてきた。モットーである「楽しむ」をコートで表現し、パリでとびっきりの笑顔を見せてくれるはずだ。
「平常心で試合に挑むのが自分の役割」と語るのは、長谷川だ。疲れていても、ミスをしても、プレー中は一貫してメンタルを顔に出さないと決めている。「表情に出していたらトランジション(攻守の切り替え)が遅れてしまう」と、その理由を話すが、一方で「野球のイチローさんのように、スマートにやりきるスタイルが好きなので」とも明かしてくれた。車輪と頭をフル回転させ、コートを見渡してはクルっとラグ車をひるがえし相手を止める、長谷川のディフェンスに注目だ。
パリ代表メンバー争いで、一番の“激戦区”となったのが1.0のクラス。若山英史、小川仁士、草場龍治の3名が選出された。
スピード、パワー、パスの三拍子がそろう小川は、3年前とは違う自分を見せるつもりだ。「東京パラリンピックではチームの戦力になれず、情けない気持ちで終わってしまった。パリでは日本の戦力として勝ちにこだわり金メダルを獲得したい」。この3年で体力面を徹底的に強化した。それにより、たとえ相手に抜かれても、また全力で車いすをこいで戻り「最後まで自分がディフェンスに関われる時間が増えた」という。絶妙なタイミングでボールを投げ入れるインバウンドもぜひ見てほしい。
草場はチームで唯一、パラリンピック初出場となる。競技歴は4年に満たないが、憧れでありライバルでもある乗松聖矢に負けないハードワークが印象的だ。同クラスでは世界トップレベルのスピードを誇り、チームメートも驚くほどの成長力で一気に存在感を表した。「チームのためにできることをしっかり準備して、初のパラリンピックに挑みたい」。2028年のロス・パラリンピック出場という当初の目標を4年も前倒し、パリの地でパラリンピックの大舞台に立つ。
クラス1.5には、不動の乗松聖矢。世界一のプレーヤーとも称されるライリー・バット(オーストラリア、クラス3.5)を1対1で止める高いディフェンス力とハードワークは折り紙つきだ。自身3度目となるパラリンピックを前に強い思いを語った。「パリでの目標はまず準決勝の舞台に上がること、そして準決勝で負けないことです。もう準決勝で負けるところは見せしたくないし、自分たちもそこで終わりたくない」。乗松はこの決意を、パリできっと有言実行するに違いない。
続いてミッドポインターを紹介しよう。
クラス2.0(および2.5)のミッドポインターからは、羽賀理之と中町俊耶の2名が出場する。ディフェンスとオフェンスのどちらもできる、オールラウンダーとしての仕事が求められる。
リオ、東京に続いて3大会目の出場となる羽賀は、副キャプテンとして自身の経験を最大限に活かすつもりだ。「自分は高さもあるので、選手交代でコートに入ったら、それまで出ていたラインナップとの違いを出し、相手の前に入ってボールを出させないというプレーを狙っていきたい」。
そして、正確なパスとランが持ち味の中町。ピリオド終わり、ラストゴールを狙う重要な場面でインバウンダーを務めることも多い中町は、「投げる距離というよりは、狭いスポットに対して出す練習をやってきた」と、積み重ねてきたことに自信をのぞかせる。
ミッドポインターの強化は、ケビン・オアー前ヘッドコーチの時代から時間をかけて取り組んできた。日本は、ハイポインター2名とローポインター2名で組む「ハイローライン(ナップ)」が伝統的に強いが、ここ数年の国際大会では、ミッドポインターを含むラインナップを積極的に起用するなど、実戦での経験を積み上げてきた。さらに、2人のミッドポインターが同時に出るラインナップも大きな戦力となっている。
「羽賀さんと僕(中町)の2人が一緒に出るときの強みは、僕が得意なパスで、羽賀さんは相手をコントロールしながらスペースを作るというお互いのいい部分を活かせること。それは海外のチームに対しても充分に使える」と中町。日本の大きな武器となった、個性の違う2人のミッドポインターに注目だ。
4者4様のストロングポイントで攻撃の中枢を担うのが、クラス3.0と3.5のハイポインターだ。
精度の高いパスと巧みなゲームメークでチームを勝利へと導く、司令塔の池透暢。闘争心あふれるアグレッシブな攻撃と守備でトライを奪い取る池崎大輔。スピードと強力なタックルを武器に、試合のリズムと流れを変える島川慎一。唯一の3.5プレーヤーとして、スピード・パワー・俊敏性が光る、日本の希望の星、橋本勝也。世界トップレベルのハイポインターがこれほど揃う国は他にない。
「プレーヤーとして過去最高に脂がのっている」とキャプテンの池が語れば、池崎は「このチームは間違いなく世界一になれる強さを持っている」と仲間への信頼を口にする。
日本がパラリンピックに初出場した2004年のアテネから今回のパリまで、6大会すべてに日本代表として出場する島川。パリにかける意気込みはひときわ強い。「次で6回目なので、いいかげん金を獲らなければ。いま持っているすべてをぶつける大会になる」
日本代表記者会見では、島川が背番号「13」に込めた思いを語った。「ベンチに入れるのは12人。ベンチに入れなかった13番目の選手、そして、ベンチに入れないスタッフ、応援してくれる人たち、いろんな人の思いをしっかり連れて戦いたい」
東京パラリンピックの3位決定戦終了後、橋本は「次はお前の番だぞ」と池崎からエースのバトンを託された。「その一言で自分は変わった」。甘さのあった自身のすべてを見直し、環境も意識もトレーニング内容も大きく変えた。「パリ・パラリンピックで金メダルを獲る。かつ、金メダルを獲るためのキープレーヤーになる」今年のはじめに誓った抱負は、パリで現実となる。
現在では、キャプテンの池も認めるパフォーマンスでチームをけん引する橋本。それを大きく支えているのは「自信」だ。昨年夏に行われた「アジア・オセアニア選手権大会」。ケビン・オアーHCと臨んだ最後の大会で、これまでにないほどの長いプレータイムをもらい、コートで戦い続けた。
「緊張する国際大会の大きな舞台で、長くプレーできたことが自信につながった。海外の選手から強いプレッシャーを受けても心にゆとりが持てるようになり、むしろ燃えるなっていうくらいのメンタルで戦えるようになった。スキルがアップしたというよりは、そういった大きな舞台での経験が一番大きい」
日本が誇るハイポインターたちのパフォーマンスに、観客は目を奪われるはずだ。
リオ、東京大会に続き、パリでも日本代表キャプテンを務める池は、パラリンピックを戦うメンバーについて、「12人全員が世界のトップで戦えるすばらしい選手。経験豊富で心身ともに仕上がっている」と堂々と語る。
そして、東京パラリンピックからの3年間で一番磨きがかかったのが「打開力」だと力を込める。「各国は、戦略や様々なバリエーションのディフェンスで日本を封じ込めようと対策をしてきた。それらを経験する中で、瞬時に相手のディフェンスを打開する力、適応力が自分自身にもチームにもついてきた。この場面では何が必要か、どのようにしないといけないのか、自分たちでしっかりと考え、映像を見ながら打開策を見つけていく中で成長できた部分だ」。
どんな状況にもあきらめず、仲間とのコミュニケーションで勝機を見出していくチームプレーに注目だ。
悔しさと涙に終わった東京パラリンピックから3年。会場を埋め尽くす観客の熱狂のなか、パリで12人の勇ましい車いすラグビー日本代表が躍動する。
プールAの日本(世界ランキング3位)は、開会式翌日の8月29日(現地時間)にドイツ(同9位)との初戦を迎え、30日にアメリカ(同2位)、31日にカナダ(同5位)と予選ラウンドを戦う。パリ2024パラリンピック。悲願達成への険しくも尊い道のりを、目に焼き付けたい。
写真・文/張 理恵