8月16~26日の11日間にわたって、ドイツ・ハンブルクで開催された車いすバスケットボールの世界選手権。男子日本代表は、予選グループCを1位で通過したものの、クロスオーバー形式(※)で行なわれた決勝トーナメントでは、1回戦で予選グループDの4位だったスペインに2点差で敗れ、9位という結果に終わった。2020年東京パラリンピックに向けた“最後のリハーサル”は、果たして日本代表に何をもたらしたのか。
※それぞれのグループ1位がグループ4位と、グループ2位がグループ3位と対戦
2012年ロンドンパラリンピック、14年世界選手権、16年リオデジャネイロパラリンピックに続いて、今大会もまた、日本は「9位」という呪縛を解き放つことはできなかった。しかし、その内容はこれまでの3大会とはまるで異なるだけに、チームは今、歯がゆい思いだったに違いない。
今大会、日本はグループリーグの初戦でイタリアに逆転勝ちを収めると、第2戦ではヨーロッパ王者の強豪トルコを破ってみせた。この勝利に対して、国際車いすバスケットボール連盟(IWBF)は「番狂わせ」と表現し、「今大会で最もエキサイティングな試合になったに違いない」と、アジアの日本がヨーロッパ王者を倒した事実を、驚きのニュースとして伝えた。第3戦のブラジル戦に敗れ、全勝こそ逃したものの、日本は堂々の1位でグループリーグを通過。「ベスト4以上」への扉に、大きく近づいたかに思われた。
しかし、決勝トーナメント1回戦での相手となったのは、不運にもリオの銀メダルチームでありながら、グループリーグでまさかの全敗を喫した強豪スペインだった。そのスペインに、日本は3Q(クォーター)終了時点で15点差と離されたものの、4Qで怒涛の追い上げをはかり、一時は同点に追いついた。しかし、最後はわずか2点差に泣き、決勝トーナメント敗退。「ベスト4以上」という目標ははかなく散った。
それでも、最後の9、10位決定戦では、同じヨーロッパの強豪オランダに1点差で競り勝った日本。順位決定戦とはいえ、最後に勝利で終えたことの価値は決して小さくはなかったはずだ。そして、実はこの試合の“勝ち方”にこそ、日本の新しい強さがふんだんに示されていた。
「決勝トーナメントで負けた中で、この試合にどういう価値を見出し、次へのエネルギーを創出するかは、これから東京に向かっていく我々にとってはとても大事だった」と及川晋平ヘッドコーチ(HC)。その指揮官が決断したのは、スターティングメンバーの変更だった。決勝トーナメント1回戦までの4試合のスタメンは、エース香西宏昭、キャプテン豊島英、秋田啓、宮島徹也、岩井孝義のラインナップ。今、攻守にわたって最もバランスの取れた組み合わせだ。
しかし、この日、スタメンに起用したのはそのラインナップではなかった。香西、豊島に変わって、鳥海連志、古澤拓也が入り、秋田、岩井といずれも20代の若手メンバーに経験豊富な宮島の5人。6月に国内で行なわれた国際親善試合「三菱電機ワールドチャレンジカップ」のカナダ戦では同点の場面で初ぞろいし、チームを勝利に導く活躍を見せたラインナップだった。しかし公式戦で、しかもヨーロッパの強豪相手に、エースもキャプテンをもベンチに残したその光景は、明らかにこれまでの日本にはなかった。
それは「東京に向けての決意表明」だったと及川HCは語る。
「世界の舞台を経験していない若いメンバーで勇気を持って臨み、また選手たちも勇気をもってプレーしてくれた。これが間違いなく彼らを強くする」
U23日本代表のHCを兼任し、昨年のU23世界選手権ではチームを指揮し、ベスト4進出に導いた京谷和幸アシスタントコーチ(AC)も、このスタメン起用の意味は大きいと語る。
「若いメンバーは、こういう緊迫した試合は初めてのこと。ここで経験したことが、必ず次に生きてくるはずです」
実際、その5人のラインナップはオランダ相手に互角の戦いをし、1Qは15-13でリードして終えた。それがチームに勢いをもたらしたことは言うまでもない。
さらに、一進一退の攻防戦の中、最後にコート上で勝利へと導いたのは、香西、鳥海、古澤、秋田、川原凜という、やはり若手中心のメンバー。これまで「代えがきかないプレーヤー」としてフル出場することも少なくなかった豊島への負担を軽くするという課題もクリアしながらの勝利は、また一つ、成長の階段を上ったといえる。
さらにもう1点、日本の強さが証明されたのは、今大会を通しての試合展開にある。リオまでの日本は、前半こそ強豪相手にも善戦するも、後半になって引き離されるというパターンが少なくなかった。
しかし、今大会ではイタリア戦では後半に逆転して逃げ切り、トルコ戦では3Qで同点に追いつき4Qで逆転。そしてスペイン戦では3Q終了時点で15点のビハインドを負いながら4Qの終盤、同点にまで追いついている。最後のオランダ戦も後半まで続いた競り合いに負けなかった。
思い出されるのは“全員バスケ”に舵を切るきっかけとなった4年前の世界選手権での及川HCのこんな言葉だ。
「最も大事な4Qで、チームが“逃げ切る力”“追いつく力”が残っているかどうか。これが勝敗を決めるんだなと。そのためには、固定したメンバーに頼るのではなく、12人全員で負担をシェアし、4Qに力を発揮できる状態にもっていくこと。それがこれから日本が克服しなければならない課題です」
4年という歳月をかけて、日本は今、「勝ち切る」強さを持つチームへと変わりつつある。そんなところからも、今大会はこれまでの「9位」とは違う意味を持つことは明らかだ。
「常に結果が問われているのが代表。ただ、今回の9位という結果をどう評価するかは、我々にはどうすることもできない。ただ、自分たちは下を向く必要はないと思っています。東京に向けての世界の流れの中に、日本もしっかりと乗ることができている。結果を出せなかったことは真摯に受け止めつつ、次に向かうエネルギーにしたいと思っています」
2020年まで、あと2年。チームは何があっても、成長の歩みを止めるつもりはない。それが“本番”でのメダルにつながると信じて――。
*本記事はweb Sportivaの掲載記事バックナンバーを配信したものです。
斎藤寿子●取材・文 text by Saito Hisako 越智貴雄●写真 photo by Ochi Takao