1年後に迫った東京パラリンピックに初出場が決まっている、ゴールボール男子日本代表。世界最高峰の舞台での頂点を目指し、厳しい選考会を経て選ばれた強化指定選手たちを中心に、合宿や試合、海外遠征などを通じ懸命の強化が進められている。そんななか、ゴールゲッターとして期待されているのが19歳の金子和也だ。
1チーム3人で行なうゴールボールでは、守備は司令塔となるセンターを中心に3選手で協力して行ない、攻撃は主に両サイドに入るウイングと呼ばれる選手が担う。金子のポジションはレフトウィングで、俊敏性や脚力を活かした高い得点力が魅力だ。そして、金子の特徴であり、最大の武器は、「サウスポー」であること。現日本の強化指定選手では一人だけで、世界を見渡してもその数は少ない。
選手は目隠ししてプレーするので「音」が頼りで、「耳慣れ」も重要だ。例えば、右利きと左利きではボールの投げ出す位置や回転方向などが異なる。金子によれば、以前、国際大会で左利き選手のボールを受けたとき、「音の聞こえ方が違うので守りにくい。イヤだなと思った」という。それはそのまま、自身が相手チームに与える印象でもあるはずだ。
貴重な左腕から繰り出される自陣左から相手左への鋭角のクロスボールの切れ味は、チーム随一。ストレートボールやライトからの移動攻撃などを織り交ぜ、守備を揺さぶりながら、「最後は得意のクロスショットで点を取る」。金子が描く、理想のシーンだ。
子どもの頃から体を動かすことが好きだった金子は、小学校1年生から地元のリトルリーグチームに入り、「体の一部」とも思えるほど野球に打ち込んでいた。だが、4年生のとき突然、視神経の難病を発症。視力は落ち、特に左目は視野の中心に雲がかかったような状態となり、白球を追うことが難しくなった。それでも、大好きな野球と関わりたいと、卒業までチームに残り、中学でも野球部に入ってマネージャーになった。
だが次第に、「選手でない自分」に劣等感を覚え、家に閉じこもるようになる。何もやる気が出ない。「生きる屍のよう」で、母には「ひどい顔をしている」と言われる毎日だった。
転機は中3の夏。母の勧めでパラリンピック選手発掘イベントに参加した。ゴールボールのブースで日本代表選手によるデモゲームを見学したところ、「すごいスピードのボールを体で止めてるよ、すごいね」という母の説明に、「見えてないのに、どうやって?」と不思議に思い、興味をかられた。
その後、選手から投げ方や守り方を丁寧に教えてもらい、ミニゲームにも参加。ボールはズシリと重かったし、音だけで動くボールを止めるのは想像以上に難しかったが、野球と同じチーム球技で親近感があったのかもしれない。「もっとやってみたい」と思った。
日本ゴールボール協会からの誘いもあり、高校受験を終えた2015年2月の代表合宿から本格的に競技を始める。止まっていた時計が動き出し、選手としての毎日が戻った。
野球で培った技術も生きている。例えば、守備。野球は捕球するまでボールから目を離さないよう指導されるが、ゴールボールも同じで、ボールがどの方向から近づいてくるのか見極めなければならない。実際には耳で聞くのだが、最後まで引き付け、『ここだ』と確信してから素早く体を横たえ止めるのがセオリーだ。
また、「攻撃での投球フォームはバッティングに似ている」と金子は話す。下半身は固定し、体幹を使って上半身をひねり、その反動でボールを打つか投げるかの違い。渾身の体の一振りで点を取りにいくのは同じなのだ。
2016年の夏には初めて日本代表に抜擢され、スウェーデンでの国際大会に臨んだ。出場機会はそれほど多くはなかったが、得点も決め、勝利に貢献する活躍を見せた。何よりも収穫だったのは、「世界」を直に意識でき、目指すべき舞台が明確になったこと。競技に向き合う姿勢や意識がガラッと変わり、帰国後は自然に練習量が増え、質も上がったという。
2018年はさらに飛躍の年になった。2020年が近づくにつれ、日本の選手層は厚くなり、補欠も含めわずか6人という代表枠争いも激化するなか、6月には世界選手権(スウェーデン)、10月にはアジア選手権(ジャカルタ)の代表にあいついで選ばれた。チームはそれぞれ9位、4位と悔しい結果に終わったが、ハイレベルな国際大会の経験からつかんだ手ごたえと課題は貴重だ。
1年後の大舞台に向けて、今年前半はフィジカル強化期間と位置づけた。持ち味の俊敏性は損なわないよう筋肉増強ではなく、体幹の強化と柔軟性のあるしなやかな体づくりに取り組む。4月からは新たに、関節可動域を広げてパワーや瞬発力などを向上させるトレーニングも取り入れた。
すでに成果は出始めていて、5月中旬に行なわれたフィジカルテストでは、昨年末に時速61キロだった投球時の球速が65キロまでアップした。強化指定選手中、最速記録だった。
速いボールは強力な武器になる。守備陣の反応が遅れれば、それだけ得点チャンスが増す。さらに、球質にもこだわり、守備陣に「重い」「痛い」と感じさせる威力のあるボールを投げようとフォーム改善やパワーアップにも努めている。
精度も重要だ。どんなに速く威力のあるボールでも、守備陣の正面に投げれば簡単にキャッチされてしまう。選手間やサイドライン際など守備の壁の薄いところに正確に投げ込まねばならない。視覚で位置をとらえられない分、角度やタイミングなどベストな感覚を体に覚えこませようと反復練習に励む毎日だ。
ゴールボールを始めて以来、「人が変わった」と金子は明かす。くすぶっていた毎日に光が差し、体も心も元気になり、「こうしたい」「これがやりたい」と主体性も戻った。だから、発掘イベントに連れ出してくれた母やゴールボールの楽しさを教えてくれた仲間たちには、「感謝しかない。結果で恩返ししたい」と、頑張るモチベーションになっている。
「2020年には僕、ちょうど20歳になるんです。20年間生きた証として、東京パラリンピックで活躍したい。今はそこしか見えていません」
強い気持ちを胸に記念の年を自ら彩るため、今はただ、「一球入魂」を繰り返す。
*本記事はweb Sportivaの掲載記事バックナンバーを配信したものです。
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星野恭子●取材・文 text by Hoshino Kyoko 村上庄吾●写真 photo by Murakami Shogo