群雄割拠の中で頭一つ抜けた実力を持つアメリカ(撮影・越智貴雄/カンパラプレス)
世界最高峰の舞台、パラリンピック。来年、史上初のメダル獲得を目指すのが、車いすバスケットボール男子日本代表だ。2018年世界選手権で当時ヨーロッパ王者のトルコを撃破し、さらに19年アジアオセアニアチャンピオンシップスでは、オーストラリアに公式戦では39年ぶりとなる勝利を挙げるなど、着実に実力をつけてきた。一方、世界もまたチーム強化に余念がない。男子車いすバスケ界は、日本を含め、今や群雄割拠の時代となりつつある。そのなかで“世界最強”と言われているのが、アメリカだ。イリノイ州立大学でプレーするなど、彼らを最もよく知る日本代表候補の香西宏昭にもインタビューし、アメリカの強さに迫った。
個人技だけではない、統率の取れた圧巻のチームプレー
16年リオパラリンピックで世界の頂点へと上り詰めたアメリカ。18年世界選手権で優勝を逃してもなお、“アメリカ最強説”は揺るがない。果たして、その強さはどこにあるのか。
アメリカは、スペインやオランダなどと比較すると、決して高さはない。しかし、そのことが弱点とはまったくなっていない。好シューターが多く、文字通りどこからでも得点することができるからだ。
この得点力の高さは、個々のシュート力はもちろんだが、統率と連携の取れたチームプレーも大事な要素となっている。例えば、ボールサイドとオフサイドの動きだ。ディフェンス側からすれば “裏”となるオフサイドで、常にアメリカはボールサイドと絡み合った動きをしてくる。その動きが速くて巧みなのだ。
そして、アメリカのプレーにはミスやズレが少ない。コート上の5人が「今、何をすべきか」を瞬時に判断し、次のプレーのイメージが共有できているからだろう。だからこそ、彼らの得点シーンは偶発的な結果ではなく、計算された産物の場合が多い。
もちろん個人スキルの高さも、アメリカの怖さの一つだ。たとえ相手のディフェンスが機能し、厳しくプレッシャーをかけられても、ドリブルでかわしたり、体勢を崩しながらのタフショットでもねじ込む。そんな1on1の力がある。
さらに、アメリカはディフェンス力も高い。その裏付けとなっているのが、一つはチェアスキルだろう。車いすバスケでは、止まった状態からの漕ぎ出しの素早さや、スピードをキープした状態で正確に止まる、いわゆる“ストップ&ゴー”の動きが求められる。この精度が非常に高い。さらに、どんな車輪や体の向きにすれば、守備範囲が広く取れるのか、ファウルにならずに相手の動きを止めることができるのかも熟知している。だからこそ、プレーに迫力はあっても雑さがない。
イメージの共有は、ディフェンス面でも同様で、味方同士で瞬時にマークする相手を代えるスイッチやヘルプの動きにも迷いがなく素早い。非常に穴が少ないディフェンスをしてくる。
攻守にわたって巧さが光るアメリカのプレー(撮影・越智貴雄/カンパラプレス)
強さの根底にある大学時代のトレーニングと経験
現在、アメリカ代表チームには“アラサー世代”が多い。国際大会の経験も豊富で、どんな状況下でも大崩れすることがない、まさに王者の風格漂うチームだ。そのアメリカを最もよく知るのが、香西宏昭だ。高校卒業後、イリノイ大に進学した香西は、全米大学選手権で優勝した経験を持ち、2年連続でシーズンMVPにも輝いている。さらにプロとして6シーズンにわたって、世界最強リーグの一つ、ドイツのブンデスリーガでプレー。その間、13年にわたって、チームメイトとしてライバルとして、アメリカのトップ選手たちと切磋琢磨し、しのぎを削り合ってきた。
昨年6月の遠征。ドイツ・ブンデスリーガでチームメイトだったブライアン・ベル(右)、ライバルとして優勝を争ったマット・スコット(左)と並ぶ香西宏昭(撮影・斎藤寿子)
アメリカ代表には同世代が多く、ほぼ全員が旧知のメンバーだという。そんな熟知していると言っても過言ではない香西だからこそ、感じているアメリカの強さとは何なのか。
「アメリカにはチームとしての一貫性があるんです。だから応用がききやすく、裏を取るプレーに対してもとまどいがないのだと思います」
“型をもって型にこだわらない。これができるのは、名人であり達人である”
大相撲の横綱・白鵬が好きな言葉だが、香西は現在のアメリカにはこれに近いものがあると感じている。
「きちんと自分たちの型が確立されているからこそ、相手の裏をかくようなプレーもできる。アメリカには、そういう巧さがあるように思います」
では、なぜ彼らは車いすバスケに必要な要素を多く兼ね備えているのだろうか。その背景には、アメリカならではのスポーツ文化があると香西は見ている。
「まずはバスケ大国だということ。自宅でテレビをつければNBAがすぐに観られて、街を歩けばあちこちにバスケットゴールがある。車いすバスケもジュニアキャンプがあったり、大学やクラブの試合が盛んに行われているんです。幼少時代から身近にバスケがあるというのは、まず根底にありますよね。それと、車いすバスケの選手は大学時代の経験が大きいように感じます。僕は自分のイリノイのことしか詳しくはわからないのですが、大学のトレーニングできちんと基礎を学ぶんですね。そうしたうえで実戦に入るんですけど、年間を通して試合数も結構ありますし、経験を積むことができるんです」
大黒柱のセリオ、世界No.1のスピードを誇るジェニファー
なかでもタレント揃いなのが、持ち点2.5~3.5のミドルポインター陣だ。シュート力、スピード、クイックネス、チェアスキル…どれを取っても一級品という選手がズラリと並ぶ。
そのなかでも特に注目したいのが、スティーブ・セリオ(3.5)だ。香西とは、イリノイ大でチームメイトとしてプレーし、全米大学選手権での優勝の喜びを分かち合った仲だ。
タレント揃いのアメリカの中でも中核を担うスティーブ・セリオ(撮影・越智貴雄/カンパラプレス)
「スティーブは、アメリカのチームでも1、2位を争うほどの得点力を持っているので、もちろんシューターとしても脅威です。でも彼がすごいのは、チームメイトをうまく乗せるようなプレーにも長けていること。司令塔としての能力も高く、アメリカの中でも特にチームに不可欠な存在だと思います」
決して派手さはないものの、大学時代から基本に忠実なプレーをし、試合中も常にトークをしてチームメイトをまとめていたという。正確無比で安定感抜群のプレーを誇るセリオ。彼がアメリカの大黒柱であることは間違いない。
もう一人アメリカの強さを象徴している選手を訊くと、「いっぱいいるんですよねぇ…(笑)」としばらく悩んだ末に、香西が挙げたのがトレボン・ジェニファー(2.5)だ。
リーチが長くゴール下の強さもあるトレボン・ジェニファー(撮影・越智貴雄/カンパラプレス)
「正直、大学時代は単に速いだけの選手というイメージが強かったんです。ドリブルやシュートもとてもうまいとは言えなかったですし、対戦していても特に怖さを感じませんでした。でも、今は特にディフェンス面では非常に脅威的存在です。リーチが長くて、世界でも1、2位を争うほどのスピードがある。すぐに間合いを詰めてきて、ボールをカットしに来たりするんです。“チームの為に”という気持ちが感じられる彼のハッスルプレーから、アメリカに流れがいくケースも少なくない。日本としても要注意の選手の一人です」
そのアメリカと、来年の東京パラリンピックでは対戦する可能性もある。そこで、香西に日米戦での見どころを訊いた。
「昨年6月にアメリカ遠征で3試合やったんです。結果は全敗で、アメリカの強さをひしひしと感じました。それでも僕たち日本のディフェンスは十分に通用するなと思いました。『もう少しここをこうすれば』というのが見えたかなって。実際、最後の試合は50点台に抑えたんです。でも、それだけでは勝てない。オフェンス面でのレベルアップの必要性を強く感じました。遠征後、新しい戦術・戦略をトライしていて、日本も昨年とは違うので、アメリカと対戦するのが楽しみです。日本はトランジションの速さが強みの一つですが、アメリカも速いので、スピーディな展開になることは間違いありません。とはいえ、お互いに守備も重視しているので、決して大味なゲームにはならないはず。スピードと堅い守備が見どころになると思います。あとは、向こうのタレント揃いのミドルポインター陣と、僕たち日本のミドルポインター陣とのマッチアップにも注目してほしいですね」
日本もアメリカも、高さで勝負するチームではない。だからこそ、トランジションの速さ、チェアスキル、アウトサイドのシュート力、選手層の厚さ、バラエティに富んだラインナップ…と求めているスタイルは決して離れてはいないはずだ。それだけに“ガチンコ勝負”となれば、面白い試合が見られそうだ。
文/斎藤寿子
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