2017年以降、公式戦では優勝を逃していない女子オランダ代表(撮影・X-1)
来年に延期された東京パラリンピック。3大会ぶりに世界最高峰のステージに立つのが、車いすバスケットボール女子日本代表だ。初出場の1984年ニューヨーク・エイルズベリー大会、2000年シドニー大会では銅メダルを獲得している日本。東京では5大会ぶり3度目のメダル獲得を目指す。そのメダル争いに必ず姿を現してくると予測されるのが、自国では“オレンジ・エンジェルス”の愛称で親しまれている女子オランダだ。今回は現在“世界女王”の名を欲しいままにし、東京でも金メダル最有力候補に挙げられているオランダの強さに迫る。
4年前は“エース頼り”だったオランダの変貌
16年リオデジャネイロパラリンピックでは銅メダルだったオランダだが、翌年以降は公式戦で優勝を逃していない。17年ヨーロッパ選手権では予選でドイツに敗れたが、決勝では再びドイツを迎え、2ケタ差で勝利をあげて雪辱を果たしている。さらに18年世界選手権、19年ヨーロッパ選手権はいずれも全勝での完全優勝に輝いている。
現在のオランダには、目立った“穴”は見つからない。まずハイポインターには長身選手がそろい、“高さ”という体格面で他国を勝っている。そしてオランダが強い理由は、その高さに頼り切っていないところにこそある。フィジカルの強さやスピード、アウトサイドからのシュート力、パスの正確さ、チェアスキル、緻密な連携プレー…オフェンス、ディフェンスの両面ですべてが一級品なのだ。
実際に対戦している選手は、どう感じているのだろうか。若手エースとして2008年北京パラリンピックで4強入りに貢献し、現在もチーム一の得点力を誇る網本麻里(株式会社ビームス)はこう語る。
「オランダには“この人さえ抑えておけば”という戦略は通じないし、“ここがウィークポイント”というところもありません。さらに個々の能力だけでなく、チームとしての連携が本当にレベルが高い。攻守ともにボールサイドとオフサイドとの合わせが巧いんです。対戦していて感じるのは、全員がちゃんと自分とは逆のサイドの方にも目を配らせていること。チームメイトが次の瞬間には何をしようとしているかをわかっていてプレーしているなと感じます。それこそ連携に関しては“話さなくてもわかる”くらいのレベルにあるんじゃないかな。だから5人のプレーに“ズレ”がほとんどないんです」
4年前のリオパラリンピックでは準決勝でドイツに敗れ、決勝の舞台に上がることができなかったオランダ。表彰台には上がったものの、現在のような“完璧”に近い強さは感じられなかった。
当時のオランダは、エースのマリスカ・バイエル頼りのチームだった。主力の中で高さがあったのはバイエルのみで、世界トップレベルのシュート力を持つバイエルが、チーム得点の大半を占めていた。またディフェンスでは相手の最も警戒すべき選手につかなければならず、攻守にわたってバイエルが果たすべき役割は多岐にわたっていた。それだけ彼女への負担が大きかったことは否めない。
世界トップの高さとシュート力を持つエースのマリスカ・バイエル(撮影・X-1)
エースの負担を軽減させたボー・クラーメルの台頭
そのオランダが“エース頼り”のチームから脱却した背景には、ある選手の台頭があった。22歳のボー・クラーメルだ。リオパラリンピックではチーム最年少の18歳で出場したが、当時はまだ目立つ存在ではなかった。
しかしリオ後、クラーメルは急成長を遂げた。1年後の17年ヨーロッパ選手権では主力の一人として優勝に貢献。決勝ではバイエルに次ぐ17得点を挙げ、アシストもチーム最多タイの5を数えた。
181センチと長身のクラーメルは持ち点4.5でバイエルと同様に高さがあり、身体機能が高いハイポインターだ。18年世界選手権では2位バイエルの84に大差をつける103で最多リバウンドを獲得するなど、ゴール下での強さがある。しかし、彼女はそれだけにとどまらない。ボールを運び、チームを統率するガード役も担う。ハイポインターである自分自身が“生かされる”だけでなく、周りの選手を“生かす”プレーにも長けているのだ。東京パラリンピックの切符がかかった昨年のヨーロッパ選手権では、最多アシストを誇った。
もちろんハイポインターの最大の役割である得点に関しても、大きな戦力だ。昨年のヨーロッパ選手権決勝では、前年の世界選手権決勝と同じイギリス相手に、24得点のバイエルにわずか3点差の21得点を叩き出した。
このクラーメルの台頭によって、バイエルの負担が軽減されたことは間違いないだろう。これまでほぼ唯一の得点源だったバイエルに集中していた相手守備が、クラーメルにも注意を払わなければいけなくなったからだ。以前は常に相手のハイポインターとのマッチアップやダブルチームでプレッシャーをかけられ、タフショットが多かったバイエルだが、今ではミスマッチを狙って楽にシュートを打つシーンも少なくない。
さらに、リオの時には相手がプレスディフェンスをしいてきた際にはボール運びから絡んでいたバイエルだが、現在ではその役割はクラーメルに任せ、一目散にフロントコートへと走っている。オールラウンダーのクラーメルの存在が、バイエルがシュートを打つことにフォーカスできている要因となっていると考えられる。
クラーメルという“次世代エース”の台頭なくして、現在のオランダの強さを語ることはできないだろう。
リオ後に急成長を遂げ、オランダの中心選手となったボー・クラーメル(撮影・X-1)
オランダの強さを支えるロー&ミドルポインターの存在
そして、オランダの強さはクラーメルだけにとどまらない。現在の女子日本代表チームの中で、最も多くオランダとの対戦経験を持つ網本は、リオまでとの違いの一つに、ローポインターの存在を挙げる。
「特に持ち点1.0のイエッケ(・フェサー)は怖い存在。ハイポインターがインサイドにダイブした時に、イエッケはアウトサイドのすごくいいポジションで待ち構えているんです。相手のディフェンスがハイポインターに引き寄せられたところをイエッケにパスが通り、高確率でミドルシュートを入れてくる。とはいえ、高さのあるオランダに対して、最初からアウトサイドのローポインターに外に張り出してまでマークすることはやっぱりできないんです。ペイントエリアのディフェンスがおろそかになって、ハイポインターにやられるのは確実ですから。だからこそ、高い確率でシュートを決めてくるイエッケの存在は脅威なんです」
また、ともにベテランのミドルポインターであるシェール・コーバーとカリナ・デ・ローイの存在も大きいと網本は語る。
「それほどシュートシーンも多くはないですし、見ていて目立つ存在ではありません。ただ、ベテランということもあって、ボールハンドラーとしての安定感は抜群。それにパスを出した後も、その場で止まらずに常に動きまわっているんです。なので、相手からするとヘルプに行きづらい。ボールのさばき方もうまいし、さばいた後の動きが巧みなんです。ハイポインターを生かす動きを熟知しているなと」
日本がオランダを勝る“チームの台所事情”
来年の東京パラリンピックでは、日本がオランダと対戦する可能性は十分にある。果たして、日本がオランダに勝つためのポイント、“日蘭戦”の見どころとは何だろうか。
網本がまず挙げたのが、チームの連携だ。
「高さもスピードもあるオランダ相手に、日本は自分たちがやりたいスピーディな展開のバスケにもっていって、高さではなくスピードでの“ガチンコ勝負”をすることが大事。そのためには、もっとチームの連携を高めてミスを減らさなければいけないと思っています。そして、どこからでも得点を狙える力が必要です。真世(萩野)をはじめ、日本にもアウトサイドからのシュートを得意としているローポインターやミドルポインターがいます。でも、今はまだお互いに“ハイポインターでフィニッシュ”という形を選択することが少なくありません。でも、“ここは任せた!”という場面ではハイポインターも迷うことなくパスを出し、ローポインターもそれに応えてシュートする。そんなふうにお互いを信頼し合ったプレーが、今よりもさらに高いレベルでできるようになれば、オランダに勝つ可能性は十分にあると思っています」
昨年の大阪カップでは好勝負を繰り広げ、オランダをあわてさせた日本。網本麻里は10得点を挙げた(撮影・X-1)
そして、実は日本にはオランダにはない強さがある。選手層の厚さだ。“エース頼り”から脱却したとはいえ、オランダの場合は5、6人が主力で、ベンチメンバーとの力の差は小さくはない。
一方、日本はここ数年で選手層に厚みが出てきた。今では対戦相手や戦略によってスターティングメンバーが替わることも多く、試合中も劣勢の場面で起用されたベンチスタートの選手が流れを変えることもしばしばだ。特にハイポインター陣が40分間フル出場することはなく、プレータイムをシェアできていることが非常に大きい。ここにオランダとの大きな差がある。
「どのチームも、ハイポインターを4人そろえるのが一般的なんです。でも、オランダは3人。『それでも勝てる』というヘッドコーチの自信の表れなのか、国内でハイポインターが育っていないのか、どちらかはわからないですけど、いずれにしても他のチームよりも少ないんです。それに加えて、ほとんどの試合をマリスカとボーの二人で戦っている。どちらかがファウルアウトしたり、何かトラブルがあった時を考えると怖さはありますよね」
と網本は語る。そして、こう続けた。
「とはいえ、そのオランダに世界は勝てていないという現状がある。やっぱりオランダは世界最強であることは間違いありません。東京パラリンピックでは、どのチームも“打倒オランダ”でくるでしょうし、世界選手権以上に本気でメダルを狙いにくると思います。だから相当タフな試合が続くはず。そうなった時にこそ、総力戦で戦う日本の強みが発揮されると思っています。延期となり、1年という時間をいただけたことも、日本にとってはプラスでしかありません。より成長した姿をお見せし、東京ではメダル獲得を目指します!」
“少数精鋭”のオランダに対し、“チーム総動員”の日本が、東京でジャイアント・キリングを狙う。
文/斎藤寿子