2018年世界選手権で公式大会としては初めて“世界一”に輝いたのが、男子イギリス代表だ。4年前の前回大会(14年)では7位、さらに16年リオデジャネイロパラリンピックでは銅メダルだったイギリスが、世界の頂点に躍進した要因とはーー。来年の東京大会で、日本と同じくチーム史上初のパラリンピック金メダルを目指すチームの強さに迫る。
ジュニア世代から育成されてきた選手が主力に
18年8月にドイツ・ハンブルクで開催された世界選手権。パラリンピックと同様に4年に一度の“世界一決定戦”でファイナルに進出したのは、アメリカとイギリスだった。下馬評では、リオパラリンピック金メダルチームのアメリカが優勢と考えられていた。実際、同大会でのグループ予選では、アメリカがイギリスを66-59で破っている。ところが、決勝ではイギリスが79-62とアメリカに17点差をつけて快勝した。
アメリカが実力通りの強さを発揮できていなかったことは確かだ。しかしそのアメリカに付け入る隙を与えず、最後まで自分たちのバスケットを遂行し続けたイギリスの強さが示された試合でもあった。
16年リオパラリンピックのグループ予選でもアメリカに48-65で敗れたイギリス。果たして、2年前にはなかった現在のイギリスの強さとはどこにあるのだろうか。
その基盤となっているのが、近年イギリスが注力してきた若手育成・強化策だろう。国内ではジュニア選手を対象としたトレーニングキャンプやリーグ戦が行われ、長期的に選手を育て上げる仕組みが確立している。15年の女子U25世界選手権、17年の男子U23世界選手権で、それぞれイギリスが優勝したのは、その成果の一つだ。
そして、シニアにおいても18年世界選手権で男子が優勝、女子が準優勝という輝かしい成績を残している。現在のイギリスは男女ともに主力には20代の若手が多く、ジュニア時代からトレーニングを受けてきた選手たちが今、シニアで花開いているのだ。
多彩な攻撃力で主導権を握り続けたアメリカ戦
実際、世界選手権の決勝に出場した6人のうち、当時32歳だったサイモン・ブラウンを除いた5人が20代の若手だ。このフレッシュな選手たちのプレーの質が最後まで落ちなかったことが勝因の一つに挙げられる。フル出場した4人のうち3人がフィールドゴール成功率60%以上と高確率だったうえに、前後半でプレータイムを分け合ったリー・マニングとジョージ・ベイツのセンター陣も、それぞれ66%、87%でシュートを決めている。そのために終始、イギリスが主導権を握る展開となった。
リオから変化したのは、主力の顔ぶれだけではない。チーム戦略も、リオの時とはガラリと変わっている。リオの時にはイアン・サガー、ギャズ・チョウドリー、テリー・バイウォーターの長身プレーヤー3人が、常に主な得点源となっていた。それが世界選手権では一変した。決勝を振り返ると、そのことがよくわかる。
試合序盤は世界を代表する高さを持つマニングがゴール下を支配し、次々と得点を重ねた。さらにマニングに対してアメリカがダブルチームでいくと、すかさずアウトサイドからチーム最年少のグレッグ・ウォーバートンがミドルシュートを鮮やかに決めた。
2Qに入ると、アメリカは3人を入れ替え、スピードを強みとしたラインナップを投入。オールコートのプレスディフェンスで徹底的にマニングをマークし、ゴール下での攻撃を封じる戦略に出た。
しかし、スピードとクイックネスに長けているイギリスは、アメリカのプレスをブレイク。この時マニングに代わって得点源となったのは、S・ブラウンとハリー・ブラウンの“ダブル・ブラウン”だ。S・ブラウンがピック・アンド・ロールでシュートを決めれば、H・ブラウンは自らドライブで相手をかわし、技ありのレイアップシュートを次々と決めていった。
そしてこのタイプのまったく異なる4人の良さを引き出していたのが、司令塔のフィル・プラットだ。24歳(当時)にしてキャプテンを務めたプラットは、巧みにゲームをコントロールし、チームメイトのシュートシーンを作り出した。さらにここぞという時には自らもシュートを決めたプラット。決勝では両チームで唯一の“ダブルダブル”(12得点、12アシスト)を達成。彼の存在なくして、今のイギリスの強さはないと言っても過言ではない。
24歳(当時)にしてキャプテンを務め、チームを牽引したフィル・プラット(撮影・越智貴雄/カンパラプレス)
それぞれの選手の特徴を十分に生かしたチーム・ビルディング。これが、イギリスを世界一へと押し上げたのだろう。
残念ながらベイツは、今年1月にIPC(国際パラリンピック委員会)の通達によって行われたクラス分け再評価で、彼の障がいはパラリンピックの出場資格に満たさないと判定された。だが、同じ持ち点4点台にはリオパラリンピックで主力だったバイウォータ―やチョウドリーといったベテランが健在でイギリスの強さは変わらないはずだ。
イギリスの強さを象徴するウォーバートン&プラット
では、日本は“世界一”に君臨するイギリスの強さをどのように見ているのだろうか。イギリスの主力と同世代の古澤拓也は「一人ひとりプレースタイルが違っていて、それでいて全員が世界トップクラスの実力を持っている」と語る。
世界選手権の決勝で出場したのは12人中6人で、昨年のヨーロッパ選手権の決勝でも同じラインナップでスペインを突き放したイギリス。だが、古澤は「若手とベテランがうまく融合し、誰が出ても遜色ないチーム力」がイギリスの強さだと見ている。
なかでも注目しているのが、同い年のグレッグ・ウォーバートンだ。彼とはジュニア時代から対戦してきたライバルでもある。世界選手権でMVPに輝くなど、今や“世界トップクラス”ではなく“世界トップ”のプレーヤーとして知られるウォーバートン。決して体格では恵まれていない彼のどこに、その強さがあるのだろうか。
「まずはアウトサイド、インサイドにかかわらず圧倒的なシュート力を持っているということ。それと僕と同じようにミドルシュートや3ポイントを狙うことで、相手のディフェンスを外に開かせて崩す役割があると思うのですが、グレッグの場合は想像力に富んだ崩し方をしてくることがあるんです。彼がボールを持つと、長身プレーヤー以上に脅威の存在になります」
世界トップのスキルを持つチーム最年少のグレッグ・ウォーバートン(撮影・越智貴雄/カンパラプレス)
ただしウォーバートンは喜怒哀楽が激しく、試合中もエキサイトすることが少なくないという。そうしたところにチーム最年少の若さを感じると、古澤は語る。その点、試合への熱量は感じられるものの、決して冷静さを失わないのが、ウォーバートンよりも2歳上のフィル・プラットだ。
「フィルはボールハンドリングも巧みで、スピードもあって高さもある。もはや世界の中でも規格外の選手です。一人でいつでもドリブルで抜けるし、いつでもシュートを入れられる力を持っているのに、あえてチームメイトを活かしているんだと思います。イギリスに勝つためには一番に抑えなければいけない存在です」
日本のアジリティが世界王者に勝機を見出すカギに
さらに、古澤はベテランであるサガーの出場もカギを握ると見ているという。リオでは主力として活躍し、チーム最多得点を挙げたサガーだが、世界選手権ではメンバーから外れた。しかし昨年、東京パラリンピックへの切符がかかったヨーロッパ選手権で代表復帰を果たし、来年も12人のメンバーに入る可能性は大きい。古澤は彼のメンバー入りが、ある大きな戦力を生み出すとにらんでいる。
「持ち点3.0のサガーが復帰することによって、昨年のヨーロッパ選手権でも見られたように、彼と組むことが多い持ち点4.5のバイウォータ―の出番が増えることは間違いないと思います。経験豊富で一度火をつけたら止められない爆発力があるバイウォータ―は、本当にすごい選手。イギリスはさらに強さを増すはずです」
そしてこう続けた。
「イギリスは世界選手権でそのバイウォータ―を出さずにアメリカに勝ったわけで、本当に強いチームだなと思います」
では、来年の東京パラリンピックで日本とイギリスが対戦した場合の戦略や見どころのポイントはどこにあるのだろうか。古澤は勝敗を左右するのは“スピード”だと考えている。
「イギリスは世界の中でも速さがあるチーム。一方、僕たち日本もスピードでは決して負けていません。特にアジリティは日本の強み。イギリスのスピードを、日本特有の俊敏な動きでいかに止めることができるかがカギを握ると思います。イギリスの一人ひとりの速さを、日本の組織力で封じることができれば、勝機を見出すことができるはず。そしてきっと見ている方たちにも面白さを感じてもらえるゲームになると思います」
イギリスの若い主力とはジュニア時代からライバルとしてしのぎを削り合ってきた古澤拓也(撮影・越智貴雄/カンパラプレス)
日本のディフェンスがどれだけ機能しても、世界王者のイギリスのことだ、タフショットを決めてくるに違いない。しかし「どれだけ入れられても、僕たちが40分間やるべきことをやり続けることが大切」と古澤は語る。そうして接戦に持ち込み、最後の最後、勝負どころで日本がイギリスに負けない層の厚いチーム力で勝利をつかむーー。古澤が描く東京パラリンピックでの日英戦の青写真だ。チーム史上初のパラリンピック金メダルをイギリスに渡すつもりはない。
文/斎藤寿子
インタビュー 古澤拓也(車いすバスケットボール)
今月のパラアスリート(18年5月号)