8月24日に開幕を迎える東京パラリンピック。史上初めて同一都市で2度目の開催となる今大会、3大会ぶりにパラリンピックの舞台に上がるのが車いすバスケットボール女子日本代表だ。過去には2度、銅メダルを獲得している日本は今大会、2000年シドニー大会以来の表彰台を目指す。その日本が最も警戒心を抱いているのが、世界の4強、アジアオセアニアでは女王の座に君臨する中国だ。今回はエースでキャプテンの藤井郁美にインタビューし、中国の強さ、そしてその難敵を倒すためのポイントについて訊いた。
北京パラリンピックからあった躍進の予兆
ひと昔前まで日本と中国との差は圧倒的で、日本は中国に負け知らずの状態だった。05年から日本代表としてプレーしている藤井は、当時の中国について次のように語る。
「高さと身体能力があるという点では今と変わらないのですが、ただバスケットのスタイルは違っていました。当時は背の高いハイポインターを使って得点を取るという単調なバスケをしていたという印象でした」
その中国がアジアオセアニアの中で頭角を現し始めたのは、11年。翌12年のロンドンパラリンピックの出場権をかけて行われたアジアオセアニアチャンピオンシップス(AOC)だ。当時、同ゾーンで絶対的女王の座に君臨していたのはオーストラリアで、日本はそれに次ぐ強さを誇っていた。パラリンピックも、初出場の1984年ストークマンデビル大会以降、一度も逃すことなく連続で出場していた。
そのため、当時の日本はオーストラリアに勝つことだけを考えており、実際に11年AOCでは予選リーグでオーストラリアと2度対戦して連勝し、勢いに乗っていた。ところが、そんな日本に土をつけたのが、中国だった。準決勝で日本は中国に敗れ、史上初めてパラリンピック出場を逃すという事態となったのだ。
予兆は、その3年前の北京パラリンピックにすでにあった。開催国枠で初出場を果たした中国は、自国開催のために強化に注力したのだろう。グループリーグで日本に敗れはしたものの、46-49と3点差に迫る競り合いを演じたのだ。結果的に日本はメダル争いに食い込んで4位。一方中国はグループリーグを1勝3敗としながらも運よく決勝トーナメントに進出し、最終順位は7位となった。当時はまだ日本が格上だったことは間違いない。
2015年AOCでゾーン最強のオーストラリアに勝利した中国(撮影・X-1)
しかし、北京パラリンピックに向けての強化策が実を結ぶかのように、その後の中国の躍進ぶりは目を見張るものがある。日本を引きずり落として出場した12年ロンドンパラリンピックでは5位に。そして15年のAOCではオーストラリアを破ると、アジアオセアニアでは絶対的強さを誇るようになった。さらに18年世界選手権では4強入り。3位決定戦でドイツに敗れはしたものの、わずか1点差という惜敗だった。今や中国は、世界レベルでの強豪チームに化した。
攻守の軸を担うSuiling Linの存在
15年以上にわたって中国と対戦してきた藤井が、今のような驚異的な強さを感じ始めたのは、17年のAOCだったという。前年のリオパラリンピックまではほとんど見られなかった組織的な巧さが垣間見られ、チェアスキルも格段にレベルが上がっていたのだ。
「それまでは、とにかくハイポインターの選手がフィジカルの強さで1 on 1をしかけて勝負してくる、というような一辺倒のバスケだったのが、17年のAOCで中国と対戦した際に、完全に戦い方が変わったなと。タフさに加えてチームとして連携を図り、意図的にシュートチャンスを作り出しているなと感じたんです」
15年AOC以降、アジアオセアニアでは常勝状態の中国。際立つのは、シュート力だ。1試合のフィールドゴール成功率が50%を超える選手が複数いることも珍しくない。「コートに出ている5人全員がスレット(警戒する選手)になり得るので、ディフェンスとしてはどこも捨てることができないんです。それが、一番の脅威になっていると思います」と藤井は語る。
直近の国際大会である19年AOCでの中国は、持ち点1.0、1.0、3.0、4.0、4.5と、1.0、2.0、3.0、4.0、4.0の2つのラインナップを起用した戦い方を主としていた。それぞれのラインナップの特徴について、藤井はこう話す。
「15年AOCの頃に絶対的エースとして君臨していたJiameng Dai(4.5)が入ったラインナップは、以前のようなフィジカルの要素が高く、果敢にハイポインターがインサイドにアタックをしかけてくるタフなバスケをしてきます。一方、4.0が2枚入ったラインナップの方は、得点力だけでなく守備の巧さがあります。1.0の選手もハイポインターに匹敵するようなスピードを持っているので、たとえオフェンスがスイッチしてミスマッチの状態にしたとしても、しっかりと守ることができるんです」
いずれのラインナップにも入ってくるのが、Xuemei Zhang(4.0)、Suiling Lin(3.0)、Tonglei Zhang(1.0)の3人。なかでもカギを握っているのが、キャプテンを務め、攻守にわたってゲームコントロールするSuiling Linだ。18年世界選手権では、チーム最多のアシスト数(43)を誇り、3Pシュートも出場国12か国で2位タイの8本。さらにスチール数(14)でも4番目に多く、攻守にわたって中国のキーマンとなっている。
軽々とミドルシュートを決める中国のキーマン、Suiling Lin選手(撮影・X-1)
藤井も最も警戒すべき選手に、彼女の名を挙げる。
「Suiling Linは常に余裕があるように感じます。ゲームをコントロールしながら、チームメイトを生かすところは生かすし、自分でいくところはいく。どんな状況でも自分のリズムに持っていくような、そんな駆け引きの巧さを感じる選手です」
そのSuiling LinとXuemei Zhangがペアを組んで2 on 2をしかけてくるサイドの攻撃が、チーム随一の得点源だ。高さのあるXuemei Zhangがペイントエリア(ゴール付近の長方形の制限区域)にアタックし、ディフェンス2人を引き連れた状態の中、Suiling Linがアウトサイドからシュートを狙う。またSuiling Linにディフェンスがジャンプアップすれば、その隙にXuemei Zhangがペイントエリア内に入り、悠々とゴール下からシュートを決めてくるのだ。
バリエーション豊富なラインナップが日本の強み
では、その中国に対して勝機を見出すポイントはどこにあるのだろうか。藤井は、こう語る。
「オフェンスにおいてまず狙いたいのは、相手のシュートが落ちた時にリバウンドを取って速攻に持ち込むこと。中国もトランジションが速いので、より早くスタートを切ってゴールアタックできるか。またハーフコートでのオフェンスでは、両サイドで2 on 2をしかけながら、いかにボールのないオフサイドでスペースを作り、そこからのしかけに合わせて人とボールを動かすことができるか。そして、最後は課題としてきたフィニッシュの精度。どこまでシュートの確率を上げていけるかが重要になると思います」
一方、ディフェンスについては、キーマンのSuiling Linをいかにおさえられるかが重要だという。
「Suiling Linを起点にしてボール運びをすることは間違いないので、彼女にプレッシャーを与えることで中国がやりたいハーフコートのオフェンスの時間を削るような強いディフェンスが継続してできるかだと思います」
確かに今の中国は強い。しかし、藤井には中国に対する苦手意識はない。どちらかと言えば、以前のようなフィジカルの強さでがむしゃらに攻めてくるタフなバスケの方が、嫌なイメージがあったという。逆に現在のような組織的な中国に対しては、戦略と戦略の勝負にもっていくことができる。日本がやるべきことを遂行さえすれば、必ず勝機は見えてくるはずだ。
実際に19年AOCでは、負けはしたものの40-48と善戦した。しかも、1Qで7-14とダブルスコアに離されながら、課題とされてきた後半に猛追。4Q残り3分半、一度も中国に得点を許さず、日本は4連続得点と追い上げた。中国の主力が3人も40分間フル出場を余儀なくされたほど、日本は中国を苦しめた。
東京パラリンピックに競技人生のすべてをかける意気込みの藤井郁美選手(撮影・X-1)
そして、中国にはない日本の強さもある。選手層の厚さだ。中国は多少の違いはあるにしても、どの選手が出てきてもトーンが全く変わらない。常に淡々と、まるで機械のように同じプレーを続ける。もちろんそれは、ヘッドコーチが求めることを遂行できる力があるという証でもあり、中国バスケの怖さでもある。だが、さまざまな展開が繰り広げられる連戦の中では単調にも映る。
その一方で、女子日本代表の岩佐義明HCが求めるのは、トランジションの速さや最後まで走り切るなどといったチームの約束事を守ることに加えて、それぞれの特徴を前面に出したプレーだ。そのため劣勢時に流れを変えてくれる“シックスマン”が多く存在する。それが、この5年で新たに生まれた日本の強さの一つでもある。
東京パラリンピックでは、日本と中国はグループが分かれ、はじめのリーグ戦では対戦しない。だが、最も重要となる決勝トーナメントで激突する可能性は十分にある。3大会ぶり3度目のメダルを目指す日本と、パラリンピックで初のメダル獲得を狙う中国。“日中戦”は激しい試合となることは必至だ。
そんななか、キャプテンでありエースである藤井への期待は高く、チームの勝敗のカギを握る存在とされている。その藤井は、東京パラリンピックでどんな姿を見せてくれるのだろうか。
「ベテランになって、ここ数年は細かい部分でのスキルアップを重点的にやってきました。でも、若手に負けないくらいもっと泥臭さを出していきたいなと。ハイポインターたる者、誰よりも走って、誰よりもゴールアタックするという初心に戻って、がむしゃらに点を取りにいきたいと思っています。でも、そういうふうに思えるのは、私一人が頑張るとかではなく、ほかの選手がしっかりとつないでいってくれるという信頼関係があるからこそ。私自身も途中から出場して“つなぎ役”を求められることもあるはず。とにかくコートに出た時には常に120%の力を出して、力強くチームに流れを呼び込む、そんな頼れる存在でありたいと思います」
初めて出場した08年北京パラリンピックでは、“真のエース”にはなり切れなかった自分がいたという藤井。13年の時を経て、ついにその時の自分にリベンジする舞台の幕が、もうすぐ上がろうとしている。
大会後のことはまったく考えていない。競技人生のすべてをかける覚悟で、藤井は東京パラリンピックに臨む。
文/斎藤寿子