水田光夏(みずた・みか)は小さい頃からバレエを習い、ダンスが大好きだった。
だが、中2の春だった。ノートにシャーペンを走らせていると、うまく握れなくて下に落とした。歩いたり、座っていたりすると突然、膝がガクガクと動いた。
「あれ、おかしいな」
最初はそのくらいにしか思っていなかったが、徐々にシャーペンを落とす回数が増え、脚の違和感が大きくなり、うまく踊れなくなった。
異変を感じて病院に行くと難病のシャルコー・マリー・トゥース病と診断された。末端神経の異常によって四肢の感覚や筋力が低下していく進行性の病気だった。
「病名を聞いた時は、へぇーそうなんだって感じで、そんなにショックを受けた感じではなかったです」
手足の感覚がなくなり、動かなくなると医者に告げられたら普通はショックを受けて、気持ちも塞ぎがちになるだろう。実際、病気が進行し、秋には車いすの生活になった。それでも水田はポジティブな気持ちを失わず、普通に学校に通い、楽しく時間を過ごした。
「ただ、小さい頃から続けてきたバレエやダンスができないよって言われた時は病気になったと言われた時よりもショックでした」
射撃に出会ったのは、高2の時だった。
将来を考え、何か新しいことを始めたいと思っていた。あるキッカケでパラ射撃で04年アテネ五輪から3大会連続で出場した田口亜希さんの話を伺う機会があった。興味を持ち、ビームライフルの体験会に行くと周囲が驚くぐらい真ん中に当たった。「すごいね」「センスあるね」と褒められ、本人曰く「気分がよくなって」、習い事感覚で始めた。18歳になり、銃の所持許可を取り、ライフル射撃になっても好きな時に月1、2回撃つだけだった。だが、やはりセンスがあったのだ。初めて出場した2017年全日本ライフル射撃選手権で2位になった。
「1位の選手はリオ五輪まで3大会連続で出場した瀬賀(亜希子)選手で、僅差で2位だったんです。ビックリしましたし、自信にもなりました。そこからですね、本格的に(競技として)射撃をやろう。パラリンピックを目指そうと思ったのは」
そのわずか2年後、水田は2019年の世界選手権で東京パラリンピックの出場権を獲得。10mエアライフル伏射(SH2クラス)でパラ射撃内定選手第1号になったのである。
パラ射撃は障害によってクラス分けされているが、水田は両腕、体幹と両下肢、または両腕のみに運動障害がある射撃選手のSH2クラス。10m先にある約40ミリの小さな的の黒点(30.5ミリ)にある中心(直径0.5ミリ)を狙う。ど真ん中に当たれば満点の10.9点、中心から0.25ミリずれるごとに0.1点減点されていく。60分間で60発を撃ち、的に当てた合計点を争う競技で、最高点は654点(10.9X60)になる。
だが、この的の中心が驚くほど小さい。
「10m先に5円玉をぶら下げて、穴のど真ん中を撃ち抜くとちょうど満点になります」
水田は笑顔で、そう語るが、5円玉を手にすると想像以上に難しいことがわかる。いったい、どうやってど真ん中を撃ち抜くのだろうか。
「サイトと呼んでいる照準器があるんですが、自分の側にリヤサイト、銃の先端にフロントサイトをつけています。リヤサイトを覗くと円になっていて、フロントサイトの円、黒い的の円と3つを重ねて同心円になるように見ています。リヤサイトを覗いていると0.5ミリの中心は見えないんですけど、黒点を見て、3つの円が重なるところがだいたいど真ん中だろうなと予想して撃ちます」
SH2クラスの水田は、射撃台の上に支持スタンドで支えられた銃で的を狙う。射撃には、4つの大事な要素があるという。
「ひとつは、『据銃』で銃を構えたとき、脱力した状態で、動かず安定した姿勢を作ること。次に『照準』で、ライフルに付いているサイト(照準器)をのぞいたとき、的の中心に銃が向いているかどうか。次が『撃発』で、銃が動かないように丁寧にゆっくりと引くようにします。最後の『フォロースルー』は、弾が的に当たるまでゼロコンマ数秒の時間があるので、動かずに止まること。この4つの要素を少しずつレベルアップさせていくことが点数に繋がっていきます」
4つの要素の中で水田が特に重視しているのが据銃と撃発だという。据銃はできるだけ銃を動かさないようにすることが求められるわけだが、どういうところがポイントになるのだろうか。
「私は、体に余計な力を入れないことをすごく意識しています。力が入ったまま撃つと体の細かいブレが銃に伝わって動いてしまいます。力を入れないとのと同時に呼吸や心拍にもすごく気を使っています。心拍のドキドキも銃に伝わる感じがするので…。もちろんすべてを動かさないような状態で撃つのは難しいですが、できるだけそういう状態に近づけて撃っています」
静を求められるのは、銃を構える時だけではない。引き金を引く動作にも静を求められ、さらに繊細さと丁寧さが求められる。
「引き金を引く動作は、すごく大事ですね。ゆっくりと丁寧に、引いたかどうかわからないぐらいがベストだと言われています。いいポジションで構えていても力を入れて引いてしまうと、その反動で銃が揺れてしまうので」
撃発の重要性はわかるが、水田が引き金を引く左手の指先は麻痺で感覚がない状態だ。その状態の指でどうやって丁寧にゆっくりと引き金を引くのだろうか。
「そこは、射撃を始めた時から苦労しました。不安なく撃てるようになるためには練習しかなかったです。実際に銃を構えてサイトを見ると、自分の指先がどこにあるのか、どんな動きをしているのかわからないんです。そこで顔の反対側に鏡を置いて、今、引き金のどの部分に指を置いているのか、どのくらい動かせば引き金を引けるか、というのを1年半ぐらい練習して引き金を引く感覚を覚えるようにしました」
今は、指先だけではなく、手全体で動きを感じられるようになり、よりゆっくり丁寧に引き金を引けるようになった。
射撃には、技術に加え、集中力、メンタルの強さも求められる。
「集中力については、特にそれを高めるための練習とかはしていません。射撃を撃つリズムがあるので、そのリズムで繰り返し撃つことで自然に身についたものがあると思います。60分間、集中し続けるのは無理なので、弾を入れてサイトをのぞいて撃ち終わるまでを集中するようにしています」
射撃は、1発を撃つごとに目の前のモニターにどこに当たったのか、何点なのか、合計点数が表示される。外れれば、巻き返さないといけないと思い、焦る気持ちも出てくるだろう。
「以前は目標の点数にいくまであと何点だから、1発平均で何点取らないといけないとか考えたんですが、それを考えて撃ってもいいことがなかったんです(苦笑)。今は、1発1発に集中しています」
水田の言葉からは気持ちの強さが伝わってくる。メンタルは射撃で高得点を叩き出すには必要な要素だが、自分ではどう分析しているのだろうか。
「試合でドキドキするとか、緊張したことがないんです(笑)。試合の時も普段の練習の時と同じように撃てるのが、自分の強さでもあると思っています」
世界で戦うため、メンタルや集中力は十分に足りている。あとは、試合までにどのくらい調子を上げていくのか。
幸いなことに、東京パラリンピック前の大会で水田は、638.3点という高得点で自己ベストを更新した。この記録はリオ五輪でいうと、本選1位のスコア(636.7点)を越えている。いい流れができており、東京パラリンピックでの期待がますます膨らむ。
その東京パラリンピック、パラ射撃を通して、見ている人に、どんなメッセージを届けたいと考えているのだろうか。
「まず、パラ射撃という存在を知ってもらいたいですね。私は手と足に障害があり、体も動かない部分が多いんですけど、それでもできる競技があるんだよっていうのをみなさんに知っていただけたらと思います」
これまで支えてくれた母への想いもある。
「競技を始めた時から練習の送り迎え、銃以外の必要な道具を運んでもらったり、テーブルの組み立てや私が射座に入る時のサポートなど、練習も試合もずっとついてサポートをしてくれているので、本当に感謝しかないです」
マイペースの水田と異なり、母は「10.6点以下は外れ。外さないで!」など熱心なタイプで異なる性格なのも相性がいいのだろう。もっとも練習と試合はいつも一緒なので、家にいる時は「離れてそれぞれの時間を過ごしている」という。
母やコーチ、そして昨年就職した会社のサポートを受けて、いよいよパラリンピックの舞台に立つ。
目標は、どこに置いているのだろうか。
「今の自分の最大のパフォーマンスを発揮して、自己ベストを更新することです。パラリンピック前に自己ベストを出したので、次すぐに出せるかどうかわからないですが、その点数が出ればファイナルには出られるのかなと思います」
試合では横一線に選手が並び、黙々と弾を撃つ。そんな中でも自分という存在感を出して、試合を楽しむのが水田のスタイル。東京パラリンピックでの試合当日、ピンクが好きな水田は自己主張できる部分は自分らしさを出して臨むという。
「大きな試合だからといって何かを変えるのではなく、普段通りのメイクとか、おしゃれを楽しんで自分の好きなもので周囲を埋めてテンションを上げています。今回はパラ五輪なので制限がありますが、ネイルのデザインとヘアスタイルは担当の人と話をして、すでに決まっています(笑)。しっかり準備して臨みたいと思っています」
普段の練習はイヤホンで好きなK-POPを聴きながらノリノリの気分で撃っている。
9月1日、決戦の日、試合中に音楽は聴けないが頭の中では大好きなBTSの「Dynamite」をガンガンに響かせながら自己ベスト更新とメダルを狙う。
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*本記事はweb Sportivaの掲載記事バックナンバーを配信したものです。
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佐藤俊●文 text by Sato Shun photo by Kyodo News