東京パラリンピック競技5日目の29日、水泳の山口尚秀(SB14・知的障がい)が男子100m平泳ぎ決勝で1分03秒77と自身が持つ世界記録を0秒23更新し、金メダルに輝いた。2年前、東京パラリンピックの切符をつかんだ2019年世界選手権での宣言通りの快挙を達成した山口。20歳のスイマーが、真の世界王者となった。
世界の頂に導いた5m手前からのラストスパート
他を寄せ付けることなく、圧巻の勝利だった。午前の予選でも1分04秒45と、ただ一人4秒台の好記録でトップに立った山口は、好調ぶりがうかがえた。その8時間後の決勝、名前をコールされると、まずは深々と一礼をした山口は、左、右、左と自分自身に気合いを入れるかのように3度、拳で胸を叩きながら登場。その表情は、レースに集中しきっているように感じられた。
反応よくスタートを切った山口は、体が水上に浮き上がってきた時には、トップ争いを展開。予選では大きなストロークで焦らない泳ぎを目指していたが、決勝ではピッチを上げていこうと考えていたという。その言葉通り、前半から勢いよく飛ばしていき、徐々に他選手をリード。29秒22で50mをターンした。
その瞬間、隣のコースを泳ぐジェーク・マイケル(オーストラリア)の姿が見え、「結構、迫ってきているんだな」と感じたという。ただ「自分の泳ぎを精一杯やるだけ」と再びレースに集中した。
マイケルとの一騎打ちとなったなか、これまで課題としてきた後半もウエイトトレーニングの成果が出たと言い、失速することなくパワフルな泳ぎでリードを守り続けた。そして、そのままトップでゴール。振り返って電光掲示板に映し出された順位とタイムを確認しても表情はほとんど変わらなかったが、ジェークから握手を求められると笑顔で互いの健闘を称え合った。
この日のレースは、山口にとって100mバタフライ、4×100mリレーに続く今大会3本目。すでに会場の雰囲気にも慣れており、落ち着いて自分のパフォーマンスを発揮することができたという。
そして、最大の勝因は終盤のプラン変更にあったことを明かした。
「これまでは残り15mから最後の追い上げということでピッチを上げていたのですが、今回はラスト20mからエンジンをかけてパワーのある泳ぎをするようにしました」
18歳で臨んだ2年前の世界選手権で一躍世界のトップスイマーとなり、今大会で4度目の世界記録更新と、その成長はとどまるところを知らない。要因の一つとして、山口が挙げたのは世界との交流だった。「それぞれの障がいのクラスや、各国の水泳選手と課題を共有しあえたことが、自分の成長につながったのかなと。そして、それが水泳の魅力だと思っています」
まだ若干20歳の山口。彼の水泳人生にとって、これは通過点に過ぎないのかもしれない。果たして、どこまで伸びていくのか。今後も目が離せない。
写真/越智貴雄[カンパラプレス] 文/斎藤寿子