東京パラリンピックで史上初の銀メダルを獲得した車いすバスケットボール男子日本代表。全8試合中4試合でチーム最多得点をマークし、大会通算での3Pシュートの成功本数(14)、成功率(51.9%)はいずれも出場12カ国中トップと、MVP級の活躍でチームを勝利に導いたのが香西宏昭だ。大会が終了して2週間後に渡独した香西は、現在ブンデスリーガ(1部)でプレーし、主力として連勝街道をひた走るチームを牽引している。その香西にドイツで独占インタビューを敢行した。東京パラリンピックは、彼に何をもたらしたのか。そして、今後目指すものとは何なのか。名実ともに世界トップクラスのプレーヤーとなった香西に迫る。
これから真価が問われる5年間の積み重ね
2021年9月5日。決勝後に行われた表彰式で、男子日本代表の12人は銀メダルを首に下げ、星条旗とユニオン・フラッグとともに掲揚される日の丸を見つめていた。その光景を記者席から見ながら、香西にまず最初に訊きたいと思っていた質問があった。
5年前、16年リオデジャネイロ大会の3カ月後にインタビューした際、香西は自身3度目となるパラリンピックを終えて、こう述べていた。
「このままではダメだと思いました。まずは自分が変わらなければいけないと」
日本が確実に世界との距離を縮めているという、過去には得られなかった大きな手応えはあった。しかし、達成感はなかった。12年ロンドン大会と同じ9位という結果も、自分自身のプレーにも、香西は納得することができなかった。
「リオまでの4年間、自分では精一杯やってきたつもりでした。でも、終わってみて振り返ると、本当に自分を極限まで追い込み、やり切ったと言えるかというと、そうではなかったなと。次の東京では、それまでの自分に自信を持って臨むことができるようにしたいと思います」
果たして、リオから東京までの5年間について、香西は今、どう感じているのだろうか。5年前と同じドイツの地で、開口一番にそのことを訊くと、彼は慎重に言葉を選びながら、こう答えた。
「メダルという結果だけではかれないものだろうというのが、まず最初にあります。メダルを取ったから“良かった、はい終わり”ではなく、メダルを取ったからこそ、それにふさわしい人間にならなければいけないと思うんです。本当の意味でこの5年間が良かったと言えるかどうかは、これからの自分次第かなと思っています」
そして、こう続けた。
「ただ東京までのことに限って言えば、良かったと思います。リオで感じた悔しさも忘れることはありませんでした。というより忘れないようにして、それを原動力につなげてやり続けることができた。そんな5年間でした。だからもしメダルを取っていなかったとしても、この5年間を否定するようなことはなかったんじゃないかなって思います」
リオの時のような後悔は一つもない。やるべきことはすべてやり切ったーー。何の迷いもなく、そう言い切れるほどの自信を持って臨んだ東京大会。1年前は、それを日本代表としての最後の舞台にしようと考えていた。
1本のシュートにステップアップを感じたカナダ戦
8月24日、東京パラリンピックの開会式が行われ、香西にとって4度目となる世界最高峰の舞台の幕が上がった。26日に初戦を迎えた日本は、コロンビアを破り白星発進。翌日の第2戦では因縁のライバル韓国を下し、2連勝を飾った。チームにとっては好スタートと言って良かった。
しかし、香西のプレータイムは16分37秒(第1戦)、6分42秒(第2戦)と、周囲の予想とはあまりにもかけ離れたものだった。果たして、香西自身はどう感じていたのだろうか。
「不満とかっていう気持ちは一切ありませんでした。誰がエースとかではなく、みんなで戦うチームになっていましたから。それにおそらく長丁場となる日程を踏まえて、プレータイムを調整しているんだろうなと。ただ、これほどまでに短いとは想定していなかったので、正直僕もびっくりはしていました(笑)。もうちょっとプレーしないと不安かなというところはあったんです。でもコート上にしろベンチにしろ、どこにいてもその日の100%を出すということに変わりはない。そう気持ちを切り替えて、いつ出てもいいように準備をしていました」
その香西が、ついにベールを脱いだのが、第3戦のカナダ戦だった。前日、京谷和幸HCはメディアに向かってこう語っていた。
「おそらく明日の試合は、香西が忙しくなると思いますよ」
まさにその言葉通りの活躍だった。前半から途中交代で出場した香西は、11点差を追う後半は20分間フル出場し、チーム最多となる24得点をマーク。守備でもプレスディフェンスの要となり、劇的な逆転勝利の立役者となった。
この試合で、香西は4本の3Pシュートを決めている。そのうちの1本は、求め続けてきた理想のシュートだったという。リオ後、香西は日本バスケットボール協会公認コーチでもある関谷悠介シューティングコーチに師事してきた。関谷コーチから教わったスキルの一つが、シュートを放つ際、最後にボールに触れる指「リリースフィンガー」についてだ。
「ボールをリリースする時、最後にボールに触れるのが一番トップにくる指先であることが大事だと教わりました。手首の可動域によってどの指がトップにくるかは人それぞれなのですが、僕の場合は中指がトップにくる。その中指をボールから離した状態でセットすると、不思議と最後にボールに触れるのが中指になるんです。でもこれをマスターするのは結構難しくて、特に3Pではなかなかできていませんでした」
しかし東京大会のカナダ戦での1本は、シュートを放った直後、中指にしっかりとボールがかかる感覚が残り、リリースの瞬間に「入った」と確信することができたという。それ以降、全ての3Pが同じように打てたわけではなかった。それでも通算で27本中14本を決め、成功率51.9%という大会トップの成績は、こうした技を磨き続けてきた努力なしには成し得なかったものだったにちがいない。
東京パラ後、ドイツの地で再始動した思いとは
東京大会を終えて2週間後には渡独し、3シーズンぶりに古巣のランディルに復帰した香西。東京大会を代表活動の最後にしようとしていた彼が、なぜドイツの地で誰よりも早く次のスタートを切ったのか。その背景には、ある人物の存在があった。バスケットボール男子日本代表の元キャプテンで、Bリーグの川崎ブレイブサンダースでプレーする篠山竜青だ。
もともと篠山のファンだった香西。イベントですれ違ったこともあったが、なかなか声をかけられずにいた。そんななか、昨年暮れにスポンサーから川崎の試合に招待され、試合後には念願の対面を果たした。同い年でもある2人は意気投合し、現在ではSNSで「りゅうちゃん」「ひろりん」と呼び合い、ファンを楽しませるほど親交が深い。
その篠山に、香西はいつまで現役を続けるかを訊いたことがある。川崎は、昨年「5年以内に1万人超規模のアリーナを新設する」ことを発表している。篠山はそれまでは現役でいるつもりだと答えたという。当時の香西には、同じ年齢の篠山がそれほど長く現役を続けようとしていることは大きな衝撃だった。そして、そのために努力し続ける篠山に、さらなる尊敬の念を抱いた。それが、香西の気持ちに変化が生まれたきっかけの一つとなった。そしてアリーナで川崎の試合を観戦するたびに、大勢の観客の前でプレーしたドイツでの日々を懐かしく思い出していたことも少なからずあった。
すると、運命の糸を手繰り寄せるかのように、ちょうど同じタイミングである一本の連絡が入った。男子ドイツ代表のニコライ・ツェルティンガーHCからだった。
「東京の後、またドイツでプレーしないか?」
古巣への復帰の誘いだった。ニコライはランディルの元HCで、現在のHCであるジャネット・ツェルティンガーとは夫婦の仲。おそらく2人で、あるいはチームの中で次のシーズンの構想に香西の名前が挙がり、古くから香西と親しい友人であるニコライが連絡をしてきたのだろう。
香西は、その場で決断することはできなかったが、それでも嬉しい誘いであったことは間違いなかった。
「僕が4年前にハンブルクからランディルに移籍した時は、自分からチームに声をかけて加入が実現した形だったんです。だからチームの方からというのが、本当に嬉しいなと思いました。以前チームにいた時の自分に好印象を持ってくれていたんだなと。19年からは東京大会のために日本でシーズンを過ごしたのですが、最後に帰国する時にチームの人から『東京が終わったら、また戻って来てね』と言われてはいたんです。でも、まぁ半分社交辞令みたいなものかなと(笑)。そしたら『あの時から言っていたでしょ?』と言われて、あ、本当だったんだって。すごく嬉しかったです」
しばらく考えた末に、香西はドイツ行きを決断した。大きなケガもなく、体のコンディションもキープできていること。そして、何よりも東京大会に向かっていくなかで、バスケをすることが楽しいとより強く感じるようになっていた香西にとって、断る理由はなかった。
「年齢のこともあるし、若い頃と違って、年々ケガをすることも増えてきているので、高いレベルでは、この先そう長くはできないと思っています。だから、もしかしたらドイツでプレーするのも、1シーズンで終わるかもしれません。それでもいいと思っているんです。とにかく今、ドイツに行かなかったら、きっと後で後悔するだろうなと思ったので決めました。これからはドイツでプレーするかどうかも、代表活動についても、1年1年を見て判断しようと思っています」
今後は、世界最高峰の舞台を目指して日々を過ごしてきた今までとは違う競技人生を送ることになる。ただこれからも変わらないことがある。
「不動心」
「今日は今日の100%を出す」
この2つをモットーに、やるべきことをやる日々を積み重ねていくこと。それが、香西が追い求めるプロフェッショナルな姿だからだ。
写真・ 文/斎藤寿子
東京2020パラリンピック速報
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