11月、車いすバスケットボール男子日本代表は、強化の一環としてドイツ遠征を実施し、ドイツ、オーストラリアと3試合ずつ計6試合を行った。結果は1勝5敗という厳しいもので、内容的にも多くの課題が残った。しかし、この遠征で求めていたのは目先の勝敗ではなかったという京谷和幸ヘッドコーチ(HC)は、「大きな収穫があった」と語る。では2024年パリパラリンピックに向けて、チームビルディングの道半ばという状態のなか、果たしてチームがつかんだものとは何だったのか。銀メダルを獲得した東京2020パラリンピック後、万全の体制で臨んだ初めての海外遠征となった4日間の日々を振り返る。
まず初日の夜には、オーストラリアとの第1戦が行われた。実は今回のオーストラリアは“フル代表”ではなく、ヨーロッパのクラブチームに所属する8人が集結したチームとして参加。それでもショーン・ノリスやトム・オニールソーンなどの主力をはじめ、彼らとともに東京2020パラリンピックに出場したメンバー、あるいは今年9月に行われた男子U23世界選手権に出場した若手など、オーストラリアを代表する選手がそろっていた。さらに、ヨーロッパのリーグで毎週のように試合をしていることも、彼らには強みとされた。
一方、今回の遠征には14人の選手が選出され、試合ごとに2人を除く12人がベンチ入りするという形をとった日本代表。現在ドイツリーグでプレーしている藤本怜央と秋田啓を除いた12人は、前日に到着したばかりで、この日は時差調整という意味合いが強かった。
結果は、64-75。3点ビハインドで試合を折り返したが、後半に入って引き離される形で敗れた。しかし、「強度の高い相手とやりたかった」という京谷HCにとっては、勝敗よりも国際大会の経験者が揃ったオーストラリアのチームと対戦する機会を得たことの方が大きかった。
2日目の夜にはドイツ代表と対戦し、結果は49-82という大敗を喫した。世代交代が進み、多くの若手が主力となりつつあるドイツは、東京2020パラリンピックの時よりもスピードもスタミナもあるチームへと変わっていた。実際FG成功率66%、24得点を叩き出してチームのトップスコアラーとなったのは東京パラリンピックでは主力ではなかったヤン・サドラー。彼に次ぐ14得点、FG成功率87%を誇ったアレクサンダー・ブッデは22歳と、新戦力の台頭が目立った。
一方、A代表として初めての国際試合という選手や、海外との試合が東京パラリンピック以来という選手もいたことに加え、新しい戦術・戦略が試された日本は、なかなか思うようなプレーができずに終わった。
そんななか「さすが」のプレーを見せたのが、チーム最年長の藤本だ。9月に渡独し、現在ドイツリーグ1部でプレーしている藤本にとって、代表活動は8月の強化合宿以来となった。それでも出だしから違和感なくチームにフィットし、ブランクを感じさせないプレーで存在感を示した。特に新加入した若手の宮本涼平とのコンビネーションは、回数を重ねるごとに良くなり、チームの新たな武器となることを予感させた。
遠征3日目、午前に行われたオーストラリアとの第2戦、前半は新しい2種類のディフェンスが試されたなか、2Qを終えて35-41と大きく離されることなく粘りを見せた日本。さらに後半は「フラット(高い位置から5人が横一列となり“フラット”の状態で少しずつ下がる形)」、「Tカップ(3Pラインに沿って「ティーカップ」のように守る形)」と、あらゆるディフェンスを試しながら、4Qで逆転に成功し、75-69で初勝利を挙げた。京谷HCは「69点は取られ過ぎ」としながらも、キャプテン川原凜と古澤拓也という東京パラリンピックメンバー2人を外した中で、第1戦では75点取られた相手を60点台に抑えたことに「少しずつ成長している証拠」と述べた。
その日の夜のドイツ戦は「ネーションズカップ」という名の下、ショーケースとして観客を動員し、ライブ配信が行われた。京谷HCも今回の遠征での大一番とし、初めて勝敗にこだわって臨んだ。川原、古澤、鳥海連志、赤石竜我という20代の若手4人に最年長の藤本を加えたラインナップでスタートした1Q、相手のターンオーバーから得たチャンスに赤石のレイアップで先制した日本。その後も高確率でシュートを決めて流れをつかむと、試合のたびに修正を重ねてきたフラットディフェンスもしっかりと機能し、22-13とリードした。ところが2Qの前半、じりじりと追い上げられた日本は、後半にスピードのあるラインナップに代え、この遠征で初めてのプレスディフェンスで流れを引き寄せようとした。しかし逆転を許し、28-31とビハインドを負った。
結局、3Q以降さらに勢いづいたドイツを止めることができず、48-70と大差をつけられての黒星を喫した。勝ちにいったなかでの大敗という結果に、京谷HCは「これが今の自分たちの実力」と語った。
「ドイツが日本のディフェンスに疲弊していたのは確かです。それでも最後まで走ろうとするのが今のドイツの強さ。翻って日本はシュートにしても技術はある選手ばかりなのに、ゴールに向かう気持ちの部分が足りない。自分で得点を奪おうとせずに、どこか人任せにしているところがある」
それでも、指揮官の期待に応えるプレーを見せた選手もいた。そのうちの一人が、東京パラリンピックの最終選考に残った竹内厚志だ。4Q残り6分でコートに立った竹内は、はじめはシュートにいかずにパスを選択。そうしたプレーが続いたなか、タイムアウトの際、京谷HCは竹内にこう告げたという。「オマエにそんなプレーを求めて出したわけじゃないぞ。なぜオマエを入れたのか考えろ」。この言葉に、アウトサイドのシュート力が強みである竹内は自らの役割を再認識したのだろう。タイムアウト明けの直後にミドルシュートを決めると、続けて今度は3Pシュートを鮮やかに決めてみせた。
遠征最終日となった6日もダブルヘッダーを実施した日本は、午前のドイツとの試合は60-67、午後のオーストラリアとは62-68と、いずれも白星を飾ることはできなかった。だが、スコアにも表れている通り、それまでの2日間とは違い、互角に競り合った。その最たる要因は、ディフェンスだ。特にフラットは、試合をするたびに改善されていくのが傍から見てもわかるほどで、ドイツ、オーストラリアの両チームを60点台に抑えたのはその成果と言えた。
一方、最後まで大きな課題として残り続けたのが、シュート力だった。チームのフィールドゴール成功率は、ついに一度も相手を上回ることはなかった。しかし、京谷HCは今回の遠征をプラスにとらえている。
「下手に勝つよりも、自分たちの現状を知って、何が不足し、どうしていかなければいけないかを見つめ直すいい機会になって良かったと思っています。今ここで膿を出して良かったなと。とにかく東京パラリンピックで銀メダルを獲ったチームからメンバーも変わった今、自分たちは何も成し得ていないチームなのだから、チャレンジャーにならなければいけない。選手たちにも、そう伝えました」
6試合で試されたラインナップは32種類にのぼり、武器であるプレスディフェンスをショーケースでのドイツ戦以外は一度も使わなかったことからも、今回の遠征の目的が勝敗ではなかったことがわかる。一方でチームに残された時間はそう多くは残ってはいない。結果を求められる2024年パリパラリンピックのアジアオセアニア予選まで残り1年。果たして、日本がどのようにして這い上がっていくのか。今後も目が離せない。
写真・文/斎藤寿子