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2023.04.14 OUR PASSION 大分国際車いすマラソン 太陽の家 中村裕 PR
大分国際車いすマラソン

#29-3 世界をリードする車いすマラソン大会が、大分で成長を続ける理由 ③世界が愛する“OITA”のルーツは「日本のパラリンピックの父」

「チャレンジド・スポーツ プロジェクト」を掲げ、多彩なパラスポーツとパラアスリート支援に力を注ぐ「サントリー」と、集英社のパラスポーツ応援メディア「パラスポ+!」。両者がタッグを組み、今最も注目すべきパラアスリートや、パラスポーツに関わる仕事に情熱的に携わる人々にフォーカスする連載「OUR PASSION」。東京パラリンピックによってもたらされたムーブメントを絶やさず、未来へ向けてさらに発展させるためのチャレンジに挑む!

世界から集まったエリートアスリート。マラソンに初めてチャレンジする一般ランナーも。疾走するレーサーの集団は壮観だ (2018年 第38回大会)

数あるパラスポーツ競技大会の中でも、トップクラスの規模と知名度をほこる「大分国際車いすマラソン」。1981年に世界で初めて車いす単独の競技大会としてスタートして以来、毎年秋に開催され、昨年11月で41回目を迎えた伝統の大会は、今や世界中の車いすアスリートたちが凌ぎを削るグローバルイベントとして知られている。大分国際車いすマラソンはいかにして日本を代表するコンペティションへと進化を遂げてきたのか。最終回となる第3回は、地元に根差し、世界の車いすアスリートに愛されるこの大会が、なぜ大分で生まれたのかを探るべく、そのルーツをたどってみよう。

 

OUR PASSION #29-1  ①「地元に愛されている実感」、マラソン運営事務局の奮闘  

OUR PASSION #29-2  ② 通訳ボランティアグループCan-Do、41年の信頼

 

“No Charity,but a Chance!”(保護より機会を)

大分国際車いすマラソンが国内で他に類を見ない大会へと成長した裏にはどんな要因があったのか。掘り下げてみると、実は大会のルーツにその答えが潜んでいた。1981年、大分国際車いすマラソンを発足させたその人こそ、「日本のパラリンピックの父」と呼ばれる中村裕博士である。 

 

  1927年に大分県別府市で生まれた中村裕博士は、国立別府病院整形外科科長を務めていた1960年に当時の日本ではまだ馴染みがなかったリハビリ研究のため厚生省(現在の厚生労働省)から欧米に派遣され、イギリスのストーク・マンデビル病院でルードウィッヒ・グッドマン博士に師事。そこで当時のイギリスで脊髄損傷患者の85%が6ヶ月の治療と訓練で再就職している事実と、その大きな要因がリハビリの一環として取り入れられていたスポーツにあったことを知る。そして帰国後、当時の日本ではタブーとされていた障がい者スポーツの普及に情熱を傾け、多くの批判を跳ねのけて1964年東京パラリンピック開催に尽力。本大会では日本選手団の団長を務めた。 

 

昭和30年代、日本にリハビリの一環としてのスポーツの概念を持ち込み、障がい者スポーツの普及に情熱を傾けた医師、中村裕博士(1927~1984) (写真:毎日新聞社/アフロ)

  翌年、中村裕博士は障がい者の自立を支援する「社会福祉法人 太陽の家」を生まれ故郷の別府市に創設。障がいのある人が「保護すべき対象」ではなく、社会参加する存在となれるよう支援する、というのがその理念だ。そのためには収入が、つまりは雇用が必要だった。これに共鳴したオムロン創業者の立石一真氏と共に、1972年、オムロン太陽電機株式会社を設立。以来、ソニー、ホンダといった誰もが知る国内の一流企業との共同出資会社を次々と設立し、障がい者雇用と彼らによるものづくりを積極的に推進していったのである。余談だが、現在の大分国際車いすマラソンに、前述の3社に加えて三菱商事、デンソー、富士通をはじめ名だたる企業が協賛各社として並んでいるのもまさに中村裕博士が一代で築き、残した偉大なレガシーと言えるだろう。もちろん「太陽の家」は現在も就労支援の推進役として健在だ。また2020年7月には隣接する形で「太陽ミュージアム~No Charity, but a Chance!~」がオープンし、博士が提唱した“No Charity,but a Chance!”の精神をより多くの人に伝えるための展示&体験施設となっている。 

別府市にある「太陽ミュージアム」には、中村裕博士が残した貴重な資料や、オムロン、ソニー、ホンダなどとの共同出資会社で作られていたアーカイブ製品が展示されている他、ボッチャの体験や車いすレーサーなどの試乗もできる。ちなみに、ソニーの歴史的名作「ウォークマン」もかつて共同出資会社「ソニー・太陽株式会社」で製造されていた

大分国際車いすマラソンが生まれた背景には、まさにその太陽の家があった。ボストンマラソンに車いすのランナーが出場したというニュースを聞いた太陽の家の入居者たちが「僕らも走りたい」と訴え、その声を聞いた中村裕博士がさっそく「別府大分毎日マラソン」の事務局に参加を申し込む。しかし車いすでの出場は認められず、大分陸上競技協会からは車いすだけの大会なら協力はできるという答えが返ってきた。それならばと、博士は単独の車いす大会開催を決意。そして国連総会が1981年に指定した「国際障がい者年」の記念事業として、大分市で大分国際車いすマラソンの第1回大会が行われたのである。 

 

 ちなみにこんなユニークな逸話もある。実は大分国際車いすマラソンは当初1981年に1度だけ開催される予定だった。ところが中村裕博士の考えに共感していた当時の平松守彦大分県知事が閉会式のスピーチで、故意なのか誤ってなのか“See you next year!”とメッセージし、それが翌年の開催に繋がり、現在に至っているという。

午前10時のスタートを待つランナーたち(2019年 第39回大会)

 大分に今も息づく、中村裕博士の理念 

第1回大会からボランティアとして参加し続けている、通訳ボランティアグループCan-do代表の後藤恵子さんは、中村裕博士の影響力についてこんなふうに話してくれた。 

 

「こうして40年にわたって大分国際車いすマラソンを継続できているのも、やはり中村裕先生のおかげ。私がイギリス留学中の1975年に、ちょうどフェスピック(Far East and South Pacific Games for the Disabled/極東・南太平洋身体障害者スポーツ大会。※現在のアジアパラ競技大会)の第1回大会を「太陽の家」の主導のもと大分県が主催したんです。中村先生が当時の知事を説得し、知事も心を動かされた。その土台の上に今のマラソン大会も成り立っているのだと思います。そういう意味でも私たち現役ボランティアも中村先生と大分県によって育てられ、力をつけてきたのだと思っています」(後藤さん) 

 

多くのボランティアの協力もあり、秋の風物詩ともいえる、地元に根づいた大会に成長してきた

  そして、現在の大分県庁の一員として車いすマラソン事務局で重要な役割を担っている阿部友輝さんも、「障がい者を納税者にする」という中村裕博士の理念が大分県に今もなお息づいているからこそ、県民とアスリートの健全な相互理解のもと国際規模のマラソン大会を開催し続けられていると語る。 

 

「中村先生は、障がいのある方が当たり前のように働き、しっかりと競技としてマラソンに取り組む、といったところにこだわっておられました。実際この大会が社会参加だけを目的とした大会だったとしたら、ここまで発展することはなかったと思います。障がいのある方々が純粋に競技として参加し、高いパフォーマンスを求めて頑張っていくことがひいては働く意欲にも繋がる。だからこそ県民の皆さんは沿道から応援する。私たちは、そのように中村先生が残してくださった遺産を次の世代に繋げていくためにも、このマラソン大会を今後も継続していきながら、時代に合った形でどんどんブラッシュアップさせていかなくてはならないと思っています。またマラソンだけではなく、様々なパラスポーツにおいて、この先のパラリンピックパリ大会、ロサンゼルス大会に向けてどんどんアスリートを発掘していきたいと考えています」(阿部さん) 

 

  一昨年の東京パラリンピックを機に世の中のスタンダードとなった「共生社会」という言葉。大分県は、その実現に向けた取り組みや人々の意識という点でまぎれもなく日本をリードする先駆者のような存在となっている。そしてそのシンボルが大分国際車いすマラソンだ。少し気は早いが、今年秋に開催予定の第42回大会をリアルタイムでぜひ観戦してみてほしい。 

沿道にぎっしりとつめかけた子供たちが声援を送る (2018年 第38回大会)

OUR PASSION #29-1  ①「地元に愛されている実感」、マラソン運営事務局の奮闘  

OUR PASSION #29-2  ② 通訳ボランティアグループCan-Do、41年の信頼

 

SUNTORY CHALLENGED SPORTS PROJECT
サントリー チャレンジド・スポーツ プロジェクト
www.suntory.co.jp/culture-sports/challengedsports/

Photos:Takao Ochi Composition&Text:Kai Tokuhara

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