5月17日から25日まで神戸市で開催されたパラ陸上の世界選手権、5月21日に男子400メートル(車いすT52)決勝が行われ、東京パラリンピック金メダリストの佐藤友祈(34=モリサワ)は57秒98で銀メダルだった。レース後には、優勝を逃したことだけではなく、レース前に起きた前代未聞のアクシデントに悔しさを強くにじませた。
信じられないことが起きたのはレースの約1週間前だった。佐藤が日頃から愛用しているレーサー(競技用車いす)が、ホテルから競技場に輸送している途中で全損してしまったのだ。輸送は専門の会社が担当していたが、佐藤のもとに届いた時にはすでに修復不可能な状態だったという。
自らの身体になじむように改良を重ねてきたレーサーを突如として失い、急きょ岡山にあった以前に使用していたものを取り寄せた。全損したレーサーから無傷だったパーツをつなぎ合わせ、何とか出場にこぎつけたが、ホイールなどは調達できなかった。違和感をぬぐうことができず、一時は「勝負にいかずに流そうかな」と考えたほど、追い詰められたという。ただ、応援してくれている人たちの声を聞き、「レーサーは折られたけど、心は折られずに何とか立ち上がって、勝負に挑んだ」。
だが、結果は厳しいものだった。ベルギーの新星で世界記録保持者のマキシム・カラバン(23)に5秒近く差をつけられて敗北。カラバンは元ハンドボールの選手で、昨年パリで開催された世界選手権では佐藤を退けて優勝した。佐藤はこの種目で7年ぶりの敗北を喫し、打倒カラバンを誓って挑んだ今大会でアクシデントに見舞われ、悔しさを隠しきれないのは当然だっただろう。
佐藤は今、若き新星の登場でかつてない高い壁に阻まれている。急成長を続けるカラバンは、今年2月には52秒00という同種目で驚異的な記録を叩き出した。佐藤が東京パラで優勝した時の記録が55秒39なので、いかに異次元な王者になっているかがわかる。
さらには、佐藤が東京パラでもう一つの金メダルを獲得した男子1500メートル(T52)は、今夏のパリ・パラリンピックでは競技が実施されない。新しいレーサーの調達もこれからで、2大会連続の金には暗雲が漂っている。
それでも、数々の逆境を跳ね返してきた佐藤に後ろ向きの姿勢は見られない。「マキシムのタイムからすると全然遅いですけど、昔のレーサーで57秒台であれば、しっかりと調整したレーサーであれば、54秒台、53秒台は狙えただろうと感じている」
佐藤は、すでにパリ大会の出場が内定している。「彼は元プロスポーツ選手で、フィジカル面を含めてかなりいいものを持っている。その彼をぶっ倒すことで、僕にも箔がつく。パリではやっつけたいと思っています」
競技を始めた頃に「金メダルを取る」と宣言しても誰も信じてくれなかった。しかし、それをすべてひっくり返しての東京の金だった。パリ大会は、競技人生で2度目の大きな挑戦となる。
写真/越智貴雄[カンパラプレス]・ 文/西岡千史