「この冬から、オーストラリアのシドニーに練習拠点を移します。普通のことだけやっていては、ダメだと思うので」
10月8日、芦田創(はじむ/トヨタ自動車)は、インドネシア・ジャカルタで開かれていたアジアパラ競技大会の男子T47(上肢障害)走り幅跳び決勝で6m88を跳び銅メダルに輝いた。東京2020大会を見据え、走り幅跳びに本格的に取り組んでから、4年。初めて手にした国際大会でのメダルだった。
だが、試合後ミックスゾーンに戻ってきた芦田に笑顔はなかった。「上位2人の記録(7m53、7m10)を考えると、こういう大舞台で7m越えのジャンプができないのは話にならない」と反省を口にした。昨年3月にマークした自己ベストの7m15にも遠く及ばず、「満足感はない」と悔しさをにじませた。
その日からほどなく、芦田は冒頭の決意を固めたという。金メダル獲得を目標に掲げる東京パラリンピックまで2年を切った今、環境を変えることの意味やその覚悟とは? 12月下旬に新天地に向け出発を控える芦田に、胸の内を聞いた。
決断のきっかけは、2017年の3月に出した「7m15のジャンプ」だという。7m越えはずっと目標にしてきた記録であり、リオパラリンピックの銅メダル記録(7m11)も越える。「メダルを狙って勝負できるレベル。やっと世界基準になった」とうれしく、大きな自信になったジャンプだった。
ところが、直後に踏切足の左足首を故障して以降は低迷し、最重視していた7月の世界選手権(ロンドン)も5位に終わる。7mジャンプの再現もできず、「一発屋の気分」を味わった。
そこから変化を求め、1月から2月の約1カ月間をオーストラリアのシドニーで過ごした。日本より暖かく、以前からいいコーチがいると聞いていたからだ。
門をたたいたのは、跳躍専門のプロコーチ、アレックス・スチュワート氏のところだった。世界のトップジャンパーらも師事する名コーチで、とくに踏切動作の指導に定評がある。
走り幅跳びを2つのパートに分けるとすれば、助走パートと踏み切りからの跳躍に分けられる。芦田はこれまでの4年間、どちらかと言えば、助走パートの強化に取り組んできた。短距離走を専門とする早稲田大学競走部の礒繁雄コーチとの二人三脚で、速い助走を跳躍につなげるスタイルを磨き、結果を出してきた。
踏切動作にフォーカスするアプローチは新たな挑戦だったが、「変化」を求めて踏み出した一歩だった。
スチュワートコーチの指導は、「早稲田でのトレーニングとは全然違い、違和感があった」と言う。例えば、助走での腿上げの高さや地面をプッシュする力加減、踏切での足さばきのタイミングなど、「やりすぎじゃない?」と思うほど、価値観を崩された。従来の足の使い方と異なるため、慣れないうちは痛みも出た。
とはいえ、1カ月もするとコーチの理論が理解でき、パフォーマンスにも進化を感じた。助走スピードはこれまでとそう変わらないのに、踏切では明らかな浮遊感が得られるようになったのだ。
「今年は、安定して7mジャンプができそうだ」
大きな自信とともに帰国した芦田は、再び、礒コーチとのタッグで今季をスタートさせた。しかし待っていたのは、試行錯誤の日々。シドニーでつかんだ踏切動作と、礒コーチと培ってきた助走技術とがなかなかかみ合わなかったのだ。実は、アジア大会も、「厳しいかな」という見込み通りの結果だったという。
「速く走れないと、遠くまで跳べない」という考えから、助走にこだわった礒コーチの指導で、走り幅跳びを本格的に始めたときは5mほどだった記録が7mを越えるまでに伸びた。ここに、踏切の技術が備われば、さらなる成長が期待できるのではないか。
「もう一度、シドニーに行こう。踏切動作をもっとじっくりと高めたい」
芦田がジャンパーとしての自身の伸びしろを信じ、可能性にかけてみたいと思ったのは自然の流れだった。
そんな思いを理解し、背中を押して送り出してくれた礒コーチには、「感謝の思いしかない」と芦田は力を込める。恩は、結果で返すつもりだ。
シドニーでは、踏切動作を中心に、さまざまなチャレンジを考えている。例えば、助走スピードをできるだけ減速させずに踏み切るため、「うまい足さばき」を身につけること。
もう一つは、踏切の精度を上げるため、助走のスタート方法を見直すこと。これまでは補助走を入れてから走り出すローリングスタートを取っていたが、加速しやすい分、その日の調子によって踏切位置がズレやすいというデメリットもあった。今後は補助走なしのセットスタートに変え、助走の1歩目から踏切を意識して地面をしっかりプッシュをし続け、最後に踏切という大きなプッシュにつなげていく、一貫性のある動きをイメージしている。
また、踏切足を、従来とは反対の右足で試すことも考えている。芦田には、5歳のときに発症した腫瘍の治療の影響で、右腕が短いという障がいがあり、質量にして2kgほど軽い。これまでは重いほうの左腕で空中バランスを取ろうと左足で踏み切っていたが、逆に姿勢が左に傾きがちで、着地で損をしていた。
自身の体の特性に向き合い、最適なフォームを探ったところ、右足で踏み切れば、左の強い背筋を使って理想の着地姿勢をとれるのではないか。また、長年の競技生活で捻挫を繰り返し、慢性的な痛みがある左足首よりも、フレッシュな右足で踏み切ることのメリットもありそうだ。
踏切動作の定着は簡単ではないが、「今から始めて、東京にギリギリ間に合うかどうか。でも、葛藤の1年を経験して、『これだ』と思えている自分がいる」
新たな環境でもまれることで、どんなページが開くのか。「楽しみです」。芦田の瞳が、キラッと光った。
*本記事はweb Sportivaの掲載記事バックナンバーを配信したものです。
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星野恭子●取材・文 text by Hoshino Kyoko photo by Murakami Shogo(人物)、YUTAKA/AFLO SPORT(競技)