2年後に迫った東京パラリンピックで、史上初の金メダル獲得を目指す車いすバスケットボール男子日本代表。それを「現実」へと導くべく、海外でレベルアップを図っている日本人選手の1人が香西宏昭だ。彼が米国の大学卒業後、2013-14シーズンからプレーしているのはドイツ・ブンデスリーガ。そこは各国から代表クラスのトッププレーヤーたちが集結し、しのぎを削り合う厳しい世界だ。
ドイツは世界を代表する「障がい者スポーツ先進国」と言われている。なかでも最も盛んに行なわれているのが車いすバスケットボールだ。現在、ドイツ国内にはジュニアを含めて約180もの車いすバスケットボールのクラブチームがあり、競技人口は約2500人にのぼる。
ドイツの国内リーグは5部制で、そのうちトップの1部と2部を「全国リーグ」を意味する「ブンデスリーガ」と呼ぶ。
ドイツリーグでは「外国人枠」という人数制限を設けていないため、特にトップのブンデスリーガでは多くの海外プレーヤーが所属している。そのため、各国の代表クラスのトッププレーヤーたちが集結し、スペインやイタリアなどと並んで世界最強リーグのひとつとなっている。
今シーズン、そのブンデスリーガ1部でプレーしている日本人選手は3人。RSVランディルの香西のほか、ハンブルガーSVでは、藤本怜央と千脇貢がプレーしている。
9月から始まるリーグ戦のほか、日本の「天皇杯」と同じくオープントーナメント形式の「ドイツカップ」、欧州のクラブチャンピオンを決める「ユーロカップ」がある。そのため、日本人選手が所属する1部リーグのチームは、約半年間、毎週末のように試合がある。優勝争いをするような強豪チームともなると、5月までの8カ月間にも及ぶ。そのため、トップレベルで試合勘を養うには最適な環境と言えるだろう。
さて、車いすバスケットボールのブンデスリーガは「プロリーグ」と紹介されることがあるが、実際はプロリーグではなく、クラブリーグである。それはスペインやイタリアなどほかの海外リーグも同じだ。しかし、各リーグの強豪チームにはプロ選手もいる。つまり、クラブリーグ、クラブチームの中に「プロ契約」の選手が存在するという構図となっている。プロ選手は一流プレーヤーとして認められた“選ばれし存在”。その1人が香西で、彼は現在、日本人で唯一の「プロ車いすバスケットボールプレーヤー」なのだ。
香西は、大学卒業後の2013-14シーズンから4年にわたってハンブルガーSVでプレーし、昨シーズン、RSVランディルに移籍した。リーグでは常に優勝争いをし、過去には欧州クラブチャンピオンにも輝いたことがあるブンデスリーガ随一の強豪チームだ。無論、各国のトッププレーヤーたちが顔を揃え、香西が試合に出場できる保証はどこにもなかった。しかし、さらなる成長を求め、より厳しい場に身を置くことを決意したのだ。
移籍1年目の昨シーズン、香西は世界選手権予選のために1カ月遅れでのチーム合流となったものの、合流した週の試合からいきなりスターティングメンバーに抜擢された。すると、それまで負けが込んでいたチームは連勝街道を走り始め、香西は“救世主”的存在となった。
その後、香西は最終戦まで主力としてチームに大きく貢献した。最大のライバルチームとの試合では、香西が決勝ゴールを挙げる活躍を見せ、チームはドイツカップで優勝。それは香西にとってブンデスリーガ5シーズン目にして初めてのタイトルだった。そのほか、リーグ戦では準優勝、ユーロカップでもベスト4進出を果たし、充実したシーズンとなった。
しかし、今シーズンはこれまでに経験したことがないほどの厳しいスタートとなった。アジアパラ競技大会に出場するため、昨シーズン同様に1カ月遅れでの合流を余儀なくされた。すると、待ち受けていたのは1年前とは違う状況だった。新ヘッドコーチ(HC)のもと、チームは順調に白星を積み重ねており、主力であるメンバーが固まりつつあったのだ。合流して最初の3試合、香西は試合にこそ出場したものの、その起用のされ方は“主力”とはかけ離れたものだった。
それでも香西が“腐る”ことはなかった。逆に彼はこの状況をなんとかプラスに捉えようとしていた。そして練習でも試合でも、黙々とやるべきことをやることに専念した。
そんな中、香西の存在価値を示す大きなきっかけとなったのが11月24日、最大のライバルであるRSBテューリンギア・ブルズ戦だった。現在、リーグは前シーズンに続いて“2強”の様相を呈しており、3位以下を大きく引き離した中で、テューリンギアとランディルとのトップ争いが繰り広げられている。11月24日は、その全勝同士の戦いとあって、両チームにとって大事な一戦だった。
前半にリードしたのはテューリンギア。内容的には、両チームにそれほど差はなく、テューリンギアを勢いに乗せていたわけではなかった。しかし、スコアは少しずつ開き、2Q(クォーター)を終えた時点でテューリンギアのリードは2ケタとなっていた。
ランディルの指揮官はなんとか流れを引き寄せようと、何度か選手を交代させ、いくつかのラインナップを投入。しかし、香西には一度も声がかからなかった。前シーズンの活躍からすれば、「香西宏昭」というカードを切ることも十分に考えられたが、彼がコートに立つことは一度もないまま、前半が終了した。
そして3Qのスタートも、香西はベンチを温めていた。
「もう自分はチーム構想から外れているのだろうか……。今日は出番がないかもしれない」
そんなことも頭をよぎったと言う。
しかし、ついに指揮官が動いた。3Q残り5分、香西をコートに送り出したのだ。すると途端に試合のトーンが一変。それまでのスローペースな展開から、一気にスピードアップしたのだ。明らかにトランジションの速い香西のプレーによるもので、それは会場の雰囲気までをもガラリと変えてしまうほどだった。
「まずは自分の持ち味を出して、チームにいい流れを作りたいと思って入りました。ディフェンスではジャンプアップやローテーションのタイミング、オフェンスではバックピックに行ったり、あるいはすぐにゴール前に走って相手を引きつける。日本代表で身に付けた力を出そうと思っていました」
香西はコートに立つと、すぐにディフェンスリバウンドを取り、そのままドリブルで運んだ。そしてその日、1本目のシュートとなるミドルシュートを決めた。それはまるで「香西宏昭、ここにあり」とでも言うような、鮮やかな1本だった。実際、香西はその後、一度もベンチに下がることなくコートに立ち続けた。
結果的にチームは逆転することはできなかった。しかし、その試合以降、香西の起用のされ方は、それまでとは明らかに異なっている。スタメンこそないものの、試合の流れをつかもうとする大事な前半から出場し、また香西を含めた昨シーズンのスタメン5人のラインナップが使われることも少なくない。プレータイムも増え続けており、クリスマス休暇前の今年最後の試合となった12月8日には、今シーズン最長の27分超となった。ベンチを温め続けた時期も準備を怠らず、与えられたチャンスをしっかりとものにした香西。彼は再び強豪ランディルの主力の1人となりつつある。
トッププレーヤー達がしのぎを削る厳しい世界に身を置き、プレーヤーとして人として、常に成長し続けようとする日本のエースは今、ドイツの地で“闘い”続けている。
*本記事はweb Sportivaの掲載記事バックナンバーを配信したものです。
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斎藤寿子●取材・文・写真 text&photo by Saito Hisako