「あれは本当に気持ちよかった。プレッシャーに打ち勝った」
今年の6月に行なわれたパラアーチェリー世界選手権(オランダ)で6位に入賞し、東京2020パラリンピック出場の内定を決めた日本のエース・上山友裕(うえやま・ともひろ/三菱電機)。彼はそう言って、“満点の瞬間”を振り返る。
世界選手権は、ベスト16に残れば東京パラリンピックの出場枠を掴むことができる、という重要な大会だった。その大一番で、上山はロンドンパラリンピック銅メダリストの台湾のTSENG Lung Huiと対戦。優位に試合を進めていたが、終盤に自身のミスショットから同点に追いつかれてしまう。
「ヤバイ……」
相手にチャンスを与え、一層の緊張感に包まれる上山に、末武寛基コーチはこう声をかけた。
「ほかは9点に当たってました。切り替えていってください」
残りは3射、時間内にどちらが先に矢を打つかも重要な駆け引きだ。上山は心を決めた。
「先に打った方が勝ちや」
集中力を上げ、放った矢は見事に10点満点を射抜いた。的まで70mあり、通常は「点」にしか見えない中心から、強い日差しを受けた矢の影がくっきりと出た。それを見た相手は、構えた矢をいったん降ろす。その姿が目に入った瞬間に、上山は相手の動揺を感じ、「いける!」と確信した。
冷静さを取り戻し、上山は残りの2本も見事、真ん中に命中させた。試合で30点満点を出したのは初めてだったと言うが、その後、重圧から解放された日本のエースは6位まで駆け上がった。
ただ、目標としていた表彰台は逃した。大会前に「世界選手権で金メダルへの距離、自分の実力を把握したい」と話していたが、予選は14位と出遅れ、決勝トーナメントで優位なポジションに入れなかったことが響いた。また、今大会銀メダルを獲得したエリック・ベネトー(アメリカ)にはシュートオフ(延長戦)で敗れるなど、上位選手との僅差の戦いをどう制するかという課題が浮き彫りになった。上山は「決勝を見ていて、自分もここにいけたなと思えた。東京の本番に向けて、いかにピーキングを持っていくかが重要になる」と、敗戦を心に刻んだ。
前回のリオパラリンピック時は、本番3カ月前の世界最終選考会で勝利して代表に滑り込んだ。それが今回は、本番まで1年3カ月を残して内定を得たことで、長期目線で戦略を組み立てていくことが可能になった。3カ月はかかるとされるフォームの改善にも本格的に着手できる。車いすの高さ変更とフィット性の向上、弓を射る際に手に装着するタブを軽いタイプに新調するなど、道具の準備も進められる。
加えて、練習環境の選択肢も増やしていく予定だ。現在は、地元東大阪市にある練習場に通い、1日150本、多いときで300本を黙々と打ち込む。ただ、ひとりきりの練習では集中力も途切れがちになる。「音楽を流したりもしたんですけど、効果なくて。一緒になって歌っちゃうんです」と笑う上山。今後は大学や末武コーチの拠点である佐賀に出向くなどして、「東京パラに向けて、もっともいい環境」をその都度模索しながら、強化していくつもりだ。
高校時代に友人に誘われ、進学した同志社大でアーチェリーを始めた。社会人1年目に両下肢機能障がいを発症し、パラアーチェリーの試合にも出場するようになった。パラリンピック初出場のリオ大会では、男子リカーブで7位に入賞している。国内のパラアーチェリー人気を高めるためには、自身のさらなる活躍が不可欠だと自覚する。東京パラリンピックでは、「満員の観客のなかで金メダルを獲る」ことを公言しており、周囲の人々へのアプローチを含め、「ぜひ会場に足を運んで」と広報活動にも力を入れる。
「国内の大会はお客さんがあんまり入らない。でもリオがそうだったように、パラリンピックはものすごく盛り上がるし、声援を受けてブラジルの選手が大活躍した。今度はそのエールが自分に来ると思っているんで、その時に来てくれた人たちと気持ちを共有して一緒に戦いたいし、来てよかったと思ってもらえる試合にしたい」と、東京への思いを語る。
世界選手権では、予選で20歳のキム・ミンス(韓国)が最高得点を出し、世界記録を樹立。上山が「世界大会で初めて見た」というワン・シジュン(中国)は、予選を3位で通過して東京パラの出場枠を獲得するなど、ライバルたちは調子を上げてきていることが見て取れる。
しかし、今季は上山も好調を維持する。4月のドバイの大会では国際大会で4年ぶりの優勝を果たし、続く5月のイタリアの大会で個人・ミックスともに銅メダルを獲得。世界選手権を終えた現在は、世界ランキング自己最高位の6位につけている(2019年8月現在)。
来年の東京パラリンピックのパラアーチェリー競技の開幕日は、8月28日。この日は33回目の上山の誕生日だ。「すごいタイミングで誕生日を迎えるんですよね。会場でお祝いしてくれるかもしれへん」と笑う上山。日本のエースは“楽しむ”ことも忘れずに、自国開催の最高峰の舞台で頂点に挑む。
*本記事はweb Sportivaの掲載記事バックナンバーを配信したものです。
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荒木美晴●取材・文 text by Araki Miharu 伊藤真吾/X-1●写真 photo by Ito Shingo