2年に一度開催されるパラ陸上の世界選手権が11月7日、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイで開幕した。大会には約120カ国・地域から1400選手がエントリーし、日本からは43選手が参加している。今大会は各種目4位以内に入った選手の国や地域に、東京パラリンピック出場枠が与えられる。日本選手の場合は、日本パラ陸上競技連盟の規定により代表候補に内定する重要な大会だ。
大会3日目を迎えた9日、400m男子T52(車いす)の決勝が行なわれ、リオパラリンピック銀メダルで、現世界記録保持者(55秒13)の佐藤友祈(GROP SINCERITE WORLD-AC)が、59秒25で優勝を果たした。今大会日本人第1号となる金メダルを獲得し、東京パラ代表の内定も手にした。2位には1分00秒06で伊藤智也(バイエル薬品)、米国選手の失格による繰り上がりながらも4位に、上与那原寛和(うえよなばる ひろかず/SMBC日興証券)が入った。2人もまた、東京パラの内定を獲得した。
佐藤は、「緊張したが、しっかり集中でき、ゾーンに入ることができた。久しぶりに『気持ちいい』と思えたレースだった」と笑顔で振り返った。
「気持ちよさ」の要因はレース展開だ。佐藤は7レーンから号砲とともに漕ぎだしたが、ロケットスタートを決めたのは内側5レーンの伊藤だった。北京、ロンドンのパラリンピックメダリストで、ロンドン大会後に一度引退したが、東京大会を前に昨年、現役復帰していた。
伊藤は100mと200mでは今も日本記録を保持するスプリンター。スタートから力強い漕ぎで先頭を突っ走ったが、佐藤が第4コーナー終盤でとらえると、ホームストレート残り50mほどで鮮やかに抜き去り引き離した。
56歳の大ベテランである伊藤について、佐藤は「メダリストなので、ポテンシャルは十分あると警戒していた」と言い、先行されて「けっこう焦った」と明かした一方、「最後は巻き返せる自信があったので落ち着いて対応できた」と振り返った。逆転での勝利に、「競り合ってゴールするのは、とてもエキサイティング」と充実の表情を浮かべた。
この勝利で、来年の東京パラリンピックには、「世界王者」として出場することになった。だが、佐藤はあくまでも、「チャレンジャー」の姿勢を崩さない。
「世界選手権のタイトルという意味では自信になるが、パラリンピックのタイトルという意味では、まだマーティン選手が持っているまま。東京パラではそこをしっかり奪いに行くチャレンジャーとして挑みたい」と意気込む。
2016年リオパラリンピック金メダリストのレイモンド・マーティン(アメリカ)は、この日のレースでは3位。佐藤は3秒ほど差をつけたが、「油断せず、しっかり調整して東京パラでも勝ち切りたい」とその実力を警戒する。
佐藤は21歳の時に発症した脊髄の病気により胸から下がまひし、両足と左手が動かなくなった。車いす生活となった失意の中、テレビで映し出された12年ロンドンパラリンピックで躍動するパラアスリートの姿に希望を見出した。
本格的に車いす陸上を始めた佐藤は2015年、世界選手権(カタール・ドーハ)代表に初選出され、400mで金、1500mで銅メダルと華々しく国際戦デビューを飾り注目を集めた。当時、T52クラスの絶対王者として君臨していたのがマーティンだったが、ドーハ大会には出場していなかった。
そこで佐藤は目標を掲げた。「マーティンとの直接対決で実力を証明したい」――。翌年のリオパラリンピックで初顔合わせとなったが、400m、1500mともにマーティンに先着され、佐藤は銀に終わった。
後半の伸びとラストスパートの切れ味を大きな武器とする佐藤だが、左手のまひもあり、スタートでは出遅れることが多かった。スタートでの漕ぎの技術を磨き、負担を減らすため食事の改善によりウエイトも落とした。
ようやく目標が達成されたのが、17年のロンドン世界選手権だ。佐藤は両種目でマーティンに競り勝ち、大会新記録で2冠を達成したのだ。「マーティンに勝てて、本当にうれしい」。佐藤は当時、そう感慨深げに語った。
以来、順調に実力を伸ばしてきた。18年7月には、400mと1500mの世界新記録を樹立し、名実ともに「世界一」となった。さらに今年1月には800mと5000mの世界記録まで塗り替え、T52クラスの中長距離種目では圧倒的な強さを誇る「第一人者」にまで上り詰めた。
「400mと1500mの2種目で世界記録更新と金メダル獲得」は、自身2度目となる東京パラリンピックでの目標だ。この日の金メダルで、400mでの挑戦権は得た。今大会最終日(15日)に控える1500m決勝でも勝ち切り、来年に迫った大舞台での目標実現に弾みをつけるつもりだ。
*本記事はweb Sportivaの掲載記事バックナンバーを配信したものです。
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星野恭子●取材・文 text by Hoshino Kyoko 吉村もと●写真 photo by Yoshimura Moto