冬季個人合宿地の沖縄県大宜味村塩屋湾でトレーニングを重ねる瀬立選手(撮影・越智貴雄/カンパラプレス)
――その東京オリンピックが、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けて1年延期となったことについては、どのようにとらえていたのでしょうか。また、この1年はどのような時間を過ごしてきたのでしょうか。
土田 東京オリンピック・パラリンピックが1年延期と聞いた時は、本当に困惑した気持ちになりました。東京パラリンピックを集大成として考えてトレーニングをしてきていたなか、突然スケジュールがすべて真っ白になり、先行きが不透明になったことで、“お先真っ暗”という状態でした。でも落ち着いてよく考えてみた時に、人生をかけて練習に取り組んできた選手たちの心境はみんな一緒だろうと思ったんです。それに、やはり優先すべきは“安心・安全”だと強く思いましたので、自粛期間中は目の前のやれることをやるというふうに気持ちを切り替えてトレーニングをしていました。また、パラトライアスロンに関しては18年から始めた競技なので、1年の猶予期間をもらえたというのはプラスの要素を生んでいるかなと感じています。特にスイムに関しては、1年多く水の中で練習する期間が増えたというのは大きくて、この1年でナショナルチームのコーチの下での練習が多く積めたというのは確実にプラスになっています。
瀬立 私はまだまだタイムも伸びている途中段階でもあったので、自分が目標とする金メダルに近付くための練習時間が増えた、というふうにとらえていました。なので、“守りの1年”ではなく、“攻めの1年”にしたいと思いました。これまでと同じことをするのではなく、新しいことにチャレンジしようと思ったんです。そこで昨年の早い段階からメカニックとも話をしてカヌーの新しいシート作りに着手しました。すでに移動はできない状況でしたので、ビデオ通話で話をしたりして自分が求めるシートを制作してもらいました。そして緊急事態宣言が解除されてすぐにメカニックが合宿の現場に来てくれて新しいシートを付けてくれたので、早くに乗り込んでいくという作業を開始することができたんです。また、新しいカヌーもメーカーに申請を出していましたので、昨夏には手元に届きました。周りからの協力もあって、少しも時間を無駄にすることなくスタートダッシュで準備を進めることができたので、この1年は有意義な時間を過ごすことができたと感じています。
2019パラトライアスロン世界選手権 ローザンヌ大会での土田選手(撮影・越智貴雄/カンパラプレス)
――車いすマラソンやパラカヌーは、どちらも漕いでタイムを競うわけですが、腕力以外に重要なポイントはあるのでしょうか。
瀬立 一番重要なのは体の軸で、カヌーに座っている時の姿勢や、重心の位置を大事にしています。「カヌー自体の重心」「自分の体の重心」に加えて「アンバランスな水上に対する重心」という3つの重心が重なり合うポイントを、いつもウォーミングアップ前に確認をしてからパドルで漕ぐようにしているんです。少しでも重心が前や後ろにずれていると負荷が大きくなり、同じ推進力を生み出すのにもすぐに疲れたり、パドルの回転数が上がらなかったりします。実は初めて和歌子さんのレーサーに乗せてもらって練習をさせていただいた時にも、軸の重要性をすごく感じたんです。自分の軸がしっかりと定まっているというのは、和歌子さんのようなトップ選手たちの共通点ではないかと思います。パラカヌーは200mというスプリント勝負なのですが、約1分間、その軸がずれないようにするために、頭や目線の位置を意識しながら漕いでいます。ただカヌーは9レーンあって、1レーンの幅が9mあるので、1レーンと9レーンとでは単純計算すると81mもの距離があります。そうすると、それぞれのレーンからの視界が変わってきますので、大会の時には現地入りしてレースが始まるまでの練習の間にすべてのレーンからスタート練習をするんです。そうして、「このレーンでは、あれを目標物にしよう」と確認をし、本番でどのレーンに入っても、自分自身の目線の位置がズレないようにしています。
土田 レーサーを漕ぐというのはレーサーと自分の体との連動動作なので、腕力だけでなく自分の体のすべての力を出力に変えてレーサーに伝えられるかというところが重要になります。その部分でも、モニカちゃんが言う体の軸はとても大切です。また、パラトライアスロンでもスイム、バイク、ランの3種目すべてにおいて、やはり体の軸は必要不可欠なものです。たとえばバイクではハンドバイクといって両手で漕ぐ自転車を使用するのですが、この時に体の軸がしっかりないと、どちらかの方向に傾いてしまい、それが大きなロスになります。
瀬立 リオで和歌子さんが話をしてくれたことを思い出したのですが、車いすマラソンはロードなので、左右どちらかに傾斜のあるような道があったりして、その路面状況によって体の軸を変えていくということをおっしゃっていましたよね。カヌーも右から風が吹いている時と、左から吹いている時とではやっぱり変えていくので、陸上と水上ですが、共通点はたくさんあるなと感じました。
土田 モニカちゃんも私も、会場によっても日によっても環境は変わるので、そういう部分に順応していく力は必要ですよね。特にロードはトラックと違って、途中に轍があったりと路面状況が荒れていたりすることもあるので、自分自身で判断をして「ここは右を強く」というふうなことが感覚的にできるかどうかというところも大事になってきますよね。
取材・文/斎藤寿子