――お二人にとって「一流」とは、どんなものでしょうか?
土田 「一流」と言うと、一番最初に頭に思い浮かぶのは「極める」という言葉ですね。ただそれは言うは易く行うは難しで、決して簡単なことではなくてすべてを兼ね備えていないといけません。私自身「極めたい」という思いで競技を続けているのですが、まだそこには到達できていないなと感じています。
瀬立 心技体の3つすべてが限りなく10点満点に近くて、きれいな三角形が形作られるくらい極めた状態を一流というのかなと思います。それと、私自身が「一流アスリート」と言われる方たちにお会いする機会も多いのですが、アスリートとしてはもちろん、一人の人としても尊敬できる素晴らしい方が多いんです。なので、心技体の三角形の中核に「人間力」が備わった方が真の一流なのかなと思います。
――最後に、5カ月後に迫った東京パラリンピックへの思いをお聞かせください。
瀬立 選手としては東京オリンピック・パラリンピックが開催されると信じて、今はそこに向けて練習をしています。パラカヌーの競技会場は、私が生まれ育った江東区にある海の森水上競技場なので、地元の皆さんの前でメダルを獲得する姿をお見せしたいです。そして、たくさんの人に夢や希望を与えられるような存在になりたいと思っています。また東京パラリンピック自体が、世界中の人々にパワーを与えられるような大会になったら嬉しいです。とにかく今は本番に向けてただただ努力するのみ。今日、和歌子さんと話をさせていただいて、改めてパラリンピックへの覚悟が決まりました!
土田 東京オリンピック・パラリンピックの開催については、やはり賛否両論あると思います。アスリートたちも、みんなそのことを理解していると思うんですね。ただ1%でも可能性があれば諦めずに目指そうとするし、戦おうとするのがアスリートなんですよね。とはいえ、やはり優先すべきは“安心・安全”で、そういう大会にしようとご尽力いただいている方たちがたくさんいるということに感謝したいと思っています。そういうなかで、一人のアスリートとして何をすべきかといえば、最大限の努力をして、しっかりと準備をしていくことだと思っています。東京パラリンピックではこれまで培ってきた力をすべて出し切った姿をお見せして、これまでの取り組みをレガシーの一つとして残したいと思っています。
【プロフィール】
つちだ わかこ●八千代工業
1974年10月5日生まれ、東京都出身。高校時代に交通事故に遭い、車いす生活に。アイススレッジスピードレースの選手として見出され、94年リレハンメル冬季パラリンピックに初出場。98年長野パラリンピックでは、金2、銀2と計4個のメダルを獲得した。その後、陸上競技に転向し、2000年シドニーパラリンピックでは車いすマラソンで銅メダル。04年アテネパラリンピックでは5000mで金メダルに輝き、日本人史上初となる夏冬パラリンピック金メダリストとなる。パラリンピックは16年リオまで夏冬あわせて7大会に出場。18年からはパラトライアスロンを始め、現在は車いすマラソンとの“二刀流”で東京パラリンピックを目指している。
せりゅう もにか●江東区カヌー協会、筑波大学体育学群
1997年11月17日生まれ、東京都出身。高校1年の体育の時の事故でけがをして、車いす生活となる。1年後の2014年にパラカヌーを始め、15年には世界選手権に初出場し、決勝進出を果たした。パラカヌーが正式競技となった16年リオパラリンピックでは男女あわせて唯一の日本代表として出場し、ベスト8に進出。19年世界選手権では5位入賞という快挙を成し遂げ、東京パラリンピックの切符を獲得。メダル有力候補として、大きな期待が寄せられている。
取材・文/斎藤寿子