パラ・スターから車いすテニスの魅力まで語り合った阿部暁子さん(左)と大谷桃子選手(右)
車いすメーカーの新米エンジニア・山路百花と、車いすテニスプレーヤー・君島宝良。親友ふたりの葛藤と成長をそれぞれのパートで描く物語『パラ・スター』。「本の雑誌が選ぶ2020年度文庫ベストテン」で第1位に輝いた話題作だ。今回、著者の阿部暁子さんと、女子車いすテニスシングルス世界ランキング5位(6月4日現在)の大谷桃子選手のオンライン対談が実現! 後編では、大谷選手が車いすテニスと向き合えたエピソード、コーチの存在、今後の目標について語り合ってもらった。
■車いすテニス選手として覚醒した瞬間
――作中では宝良が自分の障がいと車いすテニスに向き合う葛藤が描かれていました。大谷選手は「車いすを使ってテニスをすること」を、どのタイミングで受け入れることができましたか?
大谷 すごく時間がかかりましたね。テニスをやっていたために、車いすテニスの足かせになっていると感じていました。テニスと車いすテニスを比較しなくなったのは、去年の1月とか、割と最近なんです。それまではやっぱり「前だったら届いたのに」とか「もう少し走れていたら」って思ってしまっていました。だから、チェアワークの練習をしていてもなかなか身につかなかったのかなと、今はそう思います。
阿部 それに気づけたきっかけは何かあったんですか?
大谷 去年の1月に上地結衣選手とオーストラリアで戦う機会があったことです。1回戦の相手の中国の選手には一度負けていたのですごく緊張していて、2回戦の別の中国の選手にも勝ったことがなかったんですが、そこも何とか乗り越えて勝って。それで3回戦で念願の上地選手と戦わせてもらって、初めて1セットを取って自分がリードした時に、「ここまで食らいつけるようになったんだ」と実感できました。そこから「自分はこの世界でやるんだ」と腹がくくれて、気持ちが楽になった気がします。
――新しい自分が覚醒した、次のステージに行けた瞬間だったんですね。
大谷 そうですね。日々のトレーニングでチェアワークを磨いていても「これでいいのかな」「試合で本当に使えるのかな」という不安をいつも抱えていました。それがこの試合の時にうまく使えて、やっと結果に出てきたんだなって思いましたね。
阿部 すごいですね、アスリートの心の強さというのは……。会場で競技を生で観た時に、常に強くあろうとしている選手たちの心の強さを強烈に感じたので、それを表現したいって思っていました。そういえば、ジャパンオープンで上地選手と組んだダブルスも拝見したんですが、ダブルスのペアって、前もって決めて打ち合わせをしているんですか? それとも、エントリーの時になって「YOU、一緒にやる?」みたいな感じなんですか?(笑)
大谷 強い選手は年間計画を出す時点で「ここは一緒に組もうよ」って決まることが多いと思います。年間計画はランキングやその時のポイントの状況でどんどん変わってくるので、私はわりと、ぜんぜん決めずに、同じように余っている人と組んだりとかしますね。この試合だけはこの人と組みたい、という時は声をかけることもあります。
阿部 そうなんですね! 『パラ・スター』ではダブルスをどう書けばいいか皆目わからなくて、今回できなかったんです。ダブルスの戦い方でシングルスと違うことや、気をつけていることってあるんでしょうか。
大谷 上地選手は私の目標で、すごく尊敬している先輩です。今年の全豪オープンでもペアを組むことになって、「本音で話してほしい」と言ってくれていたのに、まだ自分から「こう思うんですけど」となかなか言い出せなくて……。
阿部 なるほど。たとえがおかしいかもしれませんが、私だって京極夏彦先生に物申せと言われても「無理!」 って思います。でも、そこで本音でしゃべってと言ってくれる上地選手も格好いいですね。
大谷 そうなんです。ドロー(組み合わせ)発表があるまでは、ペアの選手とシングルスの1回戦で当たる可能性もあって、どこまで本音で話して自分の状態を伝えていいのだろう、という難しさはあります。全豪の時も、どうすべきか……と探っていたら、言わないっていう選択肢になっちゃって。そこがいま一番の課題です。
阿部 なるほど。逆に国枝選手や上地選手にはトップ選手ならではの悩みがあるかもしれませんね。一度話を聞いてみたいですね。
■主人公・宝良のモデルは実は……!?
昨年の全仏オープン決勝で上地結衣選手(右)と戦った大谷桃子選手(左) photo by AFLO
――『パラ・スター』では、〈Side 百花〉の主人公・百花が新米エンジニアとして、また親友として宝良をサポートしていきます。大谷選手にとって心の支えとなっている人はいますか?
大谷 古賀雅博コーチがそのようなポジションにいてくれます。コートを離れたらマネージャーであり、時には友達のように話を聞いてくれたり。逆にコーチだから車いすテニスの悩みが言えないという場面も出てくるんですが、一方で友達感覚でちょっと話してみたら、すぐに解決したこともありました。私は車いす生活になったあとに引きこもりを半年ほどしていたので、それを外に出してくれる百花のような友達がいたらよかったなとすごく思いました。
阿部 私も知っている作家さんはいるけれど、まぶしくてニヤける存在でしかないので、仕事のことでしゃべれる相手ってあまりいないんです。そんな時は担当編集さんが助けてくれるので、大谷選手のコーチの話を聞いて、すごく共感しました。
大谷 阿部先生にお聞きしてみたかったのですが、小説というひとつの作品はどういう流れで作っていくんですか?
阿部 最初のアイデアというか、思いつきでぽんと種みたいなものが生まれて、そこからネチネチと考えて、枝葉を広げて、ストーリーを作っていく感じです。『パラ・スター』を通して、私は車いすテニスと車いすが大好きになっちゃったんです。好きって思うと、「書きたい!」 となります。そういう原動力があると、ストーリーを発展させていける。まだ貯蔵庫に入れたままになっている種もいっぱいあります。
大谷 私も今は好きで車いすテニスをしているので、すごくわかります。この作品にも阿部先生にも共感できるところが本当にたくさんありますね。もうひとつ、実は対談が決まってからずっと先生に聞きたいことがあったんです。宝良ちゃんのテニス人生や心情の描写が「自分だ」と思ったんですけど……。
阿部 そうなんです……、実は大谷選手を宝良のモデルにさせてもらっています。
大谷 そうなんですね! やったぁ! すごくうれしいです。
阿部 個人的に遠くから見つめていただけなんですけど、大谷選手はこういう性格なのかなとか勝手に想像して。本当にすみません!
大谷 とんでもないです! 今日、阿部さんに聞くか迷っていたんです。行きつけの整骨院とかあちこちに本を持って行って、ページを開いて「ここ、自分に似ているんだけど、モデルは自分ですかって聞いてみていいですかね」って相談したりしていました(笑)。
阿部 大谷選手と対談をするという話を担当編集さんからもらった時に、私の動揺の仕方が本当にすごくて。「大谷選手を宝良のモデルにしているんですけど、ぜったい怒られますよね、嫌われますよね」って。
大谷 そんなことありません(笑)。すごくうれしいです。自分なんかでいいのかなって思いますけど、読み進めていくほど親近感が湧きまくっていました。きっと母に本を送ったら、号泣しそうだなって。実家に帰った時に母にも読んでもらいます。「これ私だよね」って(笑)。
阿部 大谷選手のおかげで書けた部分が本当に大きいので、怒られなくてよかったです。試合を生で色々見て、印象に残る場面がたくさんあって、それが原動力になって書けたので、ありがとうございます。大谷選手のこと、本当にひたすら応援しています。これからも、世界を突き進んでいっていただきたいです。いやもう、親戚のおばちゃんみたいな気持ちになっているんですけど(笑)。
『パラ・スター』の著者・阿部暁子さん
■支えてくれた人たちへ、感謝の気持ちは結果で伝えたい
――大谷選手、ビッグファンからの応援メッセージが届きましたね。〈Side 宝良〉のエンディングで、東京2020パラリンピックの車いすテニスの競技会場・有明テニスの森の場面が出てきます。まさに今、その大舞台に向けて練習されているところだと思いますが、最後に意気込みを聞かせていただけますか?
大谷 はい。私は前回の2016年リオ大会の時は、まだ車いすテニスをちゃんと始めていませんでした。パラリンピックの試合はYouTubeで観ていましたが、その私が、まさか4年後に東京大会を目指すことになるとは全然思っていなかったです。でも今、日本代表を狙える位置に来て、それは本当にたくさんの方が支えてくださったからこそだと実感しています。その感謝の気持ちを絶対に結果で伝えたいと思うので、メダルを獲得できるように頑張りたいと思います。
阿部 みんなで応援しています!
(前編はこちら>>)
Profile
阿部暁子(あべ あきこ)
岩手県出身、在住。2008年『いつまでも』でロマン大賞を受賞し、デビュー。著書には、『室町少年草子 獅子と暗躍の皇子』『戦国恋歌 眠れる覇王』『鎌倉香房メモリーズ』シリーズ、『どこよりも遠い場所にいる君へ』『また君と出会う未来のために』がある。
大谷桃子(おおたに ももこ)
1995年8月24日生まれ、栃木県出身。小学3年生からテニスを始め、高校ではインターハイに出場。2016年からは車いすテニスに転向し、2020年には初めてのグランドスラムとなる全米オープンに出場。続く全仏オープンでは女子シングルス決勝に進出した。今年の全豪オープンはベスト4。東京2020パラリンピック出場を目指している。
『パラ・スター』
阿部暁子・著 集英社文庫
〈Side 百花〉(左)¥638
〈Side 宝良〉(右)¥704
車いすメーカーで働く百花の夢は、親友で車いすテニス選手の宝良のために最高の競技用車いすを作ること。高校2年の時、交通事故で脊髄損傷し、車いすでの生活を余儀なくされた宝良を救ったのは、百花が勧めた車いすテニスだった。宝良が日本代表チームに選出され華々しく活躍しているのに対して、新米エンジニアの自分に焦りを感じている百花だが……。少女たちの奮闘を描く、青春スポーツ小説!
【web集英社文庫『パラ・スター』】
http://bunko.shueisha.co.jp/parastar/
荒木美晴●構成・文 text by Araki Miharu