4月下旬、日本の車いすテニス界にビッグニュースが飛び込んできた。小田凱人(ときと/岐阜インターナショナルテニスクラブ)が、4月26日付のITF車いすテニスジュニアランキング(Boys)で1位に輝いたのだ。14歳11カ月18日での1位は、リオパラリンピックメダリストのアルフィー・ヒューイット(イギリス)の15歳1カ月1日を抜いて、史上最年少記録だ。
昨年2月、18歳以下の頂点を決める世界ジュニアマスターズを13歳で制した小田。その後は新型コロナウイルス感染拡大の影響で大会が軒並み中止になり、国内での調整を余儀なくされたが、今年4月には約1年2カ月ぶりの海外遠征を再開。15日から始まった「メガサレイオープン」を皮切りに、トルコ・アンタルヤで開催されたITFのシニアの5大会(クレーコート)に立て続けにエントリーした。
その5大会を通して、元世界ランキング1位のマイケル・シェファーズ(オランダ)に2度勝利したほか、東京2020パラリンピック日本代表選手ら格上ランカーからも勝ち星を挙げるなどして、4大会で優勝、1大会で2位の好成績をおさめた。
圧巻だったのは2大会目の「MTAオープン」。シニアとジュニアの試合が同時開催されており、小田はシニアのシングルスとダブルス、そしてジュニアも制したのだ。ひと大会で3種目同時に出場するのは初めての経験で、疲労の蓄積もあるなか勝ち切った。前述の”ジュニア世界1位”はこの結果が翌週のランキングに反映されたもので、シニアのほうでも90位から25位へと大幅にランクアップしている。
6月下旬、帰国後の2週間の隔離生活が明けた小田に取材を申し込み、この快挙について話を聞いた。
「コロナ禍で大会から離れていたのもあって、自分の実力がシニアのなかでどれくらいの位置なのかわからない状況だったんです。試合中はトップ選手の上手さ、すごさを肌で感じましたが、そのなかで自分自身は終始、メンタルの波を作らず戦えたことが結果につながったのかなと感じています」
そして、「シニアに勝つことも大事だけど、まずはアルフィーの記録を抜いて最年少記録を更新することをずっと目標にしていたので、ジュニア1位はめちゃくちゃうれしかったです」と、振り返ってくれた。
今回の遠征のなかで、”印象深い試合”として挙げたのが、今年49歳を迎えてもなお活躍している齋田悟司(シグマクシス)との対戦だ。齋田といえば、日本の車いすテニス界の黎明期から現在に至るまで第一戦で活躍し、国内の男子のレベルを一段上に押し上げた選手だ。
小田は齋田との初対戦となった2018年の「神奈川オープン」から3連敗していたが、今回の「MTAオープン」で5度目のチャレンジにして初めて勝つことができた(「メガサレイオープン」でも対戦したが、この時は2セット目に齋田が棄権)。
「齋田選手はレジェンドで、一緒に食事をするのも緊張してしまうくらい本当にすごい選手」と小田。「まだ自分の実力もよくわかっていなかったし、トップの選手に勝つにはなるべく相手が嫌がるところを狙って、顔を下げずに堂々とプレーしようと心掛けていました。齋田選手との試合でも、自分のやりたいプレーで勝てたのがうれしかったですね」と、手ごたえを口にする。
5月8日に誕生日を迎え、15歳になった。隔離期間中は中学校の課題をオンラインで受け、学校に通えるようになると帰宅後にナイター練習を週に2回、また大会スケジュールに応じて週末は愛知や岐阜のコートで練習を積む。今年度は高校受験も控えており、競技との両立は簡単なことではないが、「大事に過ごそうと思う」と前を向く。
9歳の時に左股関節に骨肉腫が見つかり、人工関節を入れる手術を受けた。短い距離なら歩いて移動できるが、長距離の場合は車いすを使用する。9カ月間の入院中に主治医の勧めもあってパラスポーツに関心を持ち、動画サイトで競技について調べていたという。そこで目に留まったのが、車いすテニスだった。
後藤智樹コーチとともに練習に励む
「最初にテニス車がめちゃくちゃ格好いいなと思いました。そこからロンドンパラリンピックのシングルス決勝の動画を観て、国枝(慎吾)さんの迫力あるプレーにビビッとききました。当時はテニスのことは何もわからなかったけれど、ワクワクする感じが他の競技と違ったんです。それで、退院後すぐに車いすテニスを始めました」
自分と同じ9歳で車いす生活になり、車いすテニス界の絶対王者として世界トップに君臨する国枝は、当時も今もあこがれであり、目標とする存在だ。2019年の楽天オープンで小田は当時13歳ながら出場し、ダブルスで国枝と初めて対戦した。
歯が立たなかったが、試合後、国枝は小田について「将来、日本を背負っていく選手になる」とコメントを残している。シングルスではまだ戦ったことがないが、対戦のイメージは常にしているといい、「実は一回、国枝さんが夢に出てきて、戦ったんですよ。夢の中では、僕が勝ちました!」と笑顔を見せる。
楽天オープンの時に170cmだった身長は、この2年で伸び、175cmに。車いすに乗った状態でも上半身のしなやかさがあり、体幹を活かしたチェアワークと、リーチが長い腕から繰り出す強打で試合を構築していくことができる。加えて、「彼の持ち味は、テニスに対して一生懸命で、謙虚な点だと思います」と、小田が中学2年の時から指導する後藤智樹コーチは語る。
「もともと負けず嫌いな性格で、文句を言いながらも課題をやりきることができます。彼は、いい意味で鈍感なんですね。トルコでは経験の少ないクレーコートも、先入観を持たずに臨めました。また、もし遠征の際に運搬中のトラブルなど何らかの理由で自分のラケットやテニス車が使えなくなったとしても、すぐに切り替えて、代用の道具で戦うことができるタイプです。もちろん道具にはこだわりがあるし、大事にしていますが、その時あるもののなかでマックスを目指せるポジティブさと柔軟性、そういうスポーツ選手のセンスを持っていることが強みではないでしょうか」
そうした小田の姿勢に惹かれ、競技費用の一部を負担する企業、ラケットやテニス車のメーカーなど周囲がサポートしてくれるようになったことも、急成長につながっている。
「コーチをはじめ、支援してくれている人たちに結果で恩返ししたい。自分はその人たちの存在に燃えるタイプなので、しっかりと責任感を持ってやっていきたいと思っています」と小田は言葉に力を込める。
今シーズンの目標は、世界ジュニアマスターズの連覇を達成すること。そして、将来的には10代のうちにシニアで世界ランキング1位を取り、2024年のパリパラリンピックでの金メダル獲得を目指していくつもりだ。車いすテニス界の超新星は、立ち止まることなく、夢に向かって羽ばたいていく。
Profile
小田凱人(おだ ときと)
2006年5月8日生まれ、愛知県一宮市出身。9歳の時に左股関節に骨肉腫が見つかり、サッカーから車いすテニスに転向した。昨年1月末~2月にフランスで開催された18歳以下の世界ジュニアマスターズを競技歴わずか3年で制した。今年4月26日付のITF車いすテニスジュニアランキングで14歳11カ月18日の史上最年少で1位に輝いた。
*本記事はweb Sportivaの掲載記事バックナンバーを配信したものです。
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荒木美晴●取材・文・写真 text & photo by Araki Miharu