東京パラリンピックで史上初のメダル獲得を目指す車いすバスケットボール男子日本代表。まずは決勝トーナメント進出をかけて、8月26日から始まるグループリーグでの戦いが注目される。1位もしくは2位通過が期待されるが、そのカギを握るのはスペイン、トルコ、そして韓国。この3カ国を破れば、メダル獲得も現実味を帯びてくるはずだ。そこで今回は、東アジア最大のライバル韓国との一戦について分析する。男子日本代表のチーム最年長、藤本怜央にも日韓戦の見どころについて訊いた。
10年前から始まったライバル対決
ひと昔前までは日本にとって格下の相手だった韓国だが、積極的に国際大会を招致するようになった2010年代に実力を上げ、たびたび日本の前に立ちはだかるようになった。頭角を現し始めたのは、11年に韓国でロンドンパラリンピックの予選を兼ねて行われたアジアオセアニアチャンピオンシップス(AOC)。パラリンピック出場の最後の1枠をかけて行われた3位決定戦は、日本の快勝という下馬評を覆し、大接戦となった。そして最後は、劇的な結末を迎えることとなる。
日本の1点リードで迎えた4Q残り0.3秒、韓国のフリースローが入れば延長、もしくは逆転という場面で韓国のエース、キム・ドンヒョンが2本ともに外してしまう。薄氷を踏む思いで勝利した日本は10大会連続となるパラリンピック出場を決めた。だが、ここから日本にとって韓国は強敵と化していく。
いずれも韓国・仁川で行われた14年の世界選手権、アジアパラ競技大会では、日本は韓国に3戦全敗という屈辱を味わった。特にアジアパラでは準決勝でこれまでまったく勝てずにいたアジア最強国のイランを延長戦の末に逆転勝ちという快挙を果たしながら、決勝で韓国に敗れるという悔しい結果に終わっている。
日本はこれを機に固定した5、6人のメンバーで戦うことに限界を感じ、“全員バスケ”にシフトチェンジした15年以降、再び韓国を圧倒し始めた。15年AOCのグループリーグで55-48と4年ぶりに白星を挙げると、3位決定戦では80-56と大勝してみせた。さらに17年AOCの3位決定戦でも68-54と快勝。日本は再び韓国の格上の存在となった。
ところが、19年AOCで日本は韓国に2連敗を喫してしまう。世界選手権4位のイラン、同3位のオーストラリアを撃破して1位通過を果たした予選リーグで唯一の黒星を喫したのが韓国だった。そして雪辱を誓って臨んだ準決勝でも敗れた。結局、同大会で準優勝した韓国は初めてパラリンピックの切符を獲得。一方の日本は4位に沈み、開催国枠がなければ危うく史上初めてパラリンピックの出場を逃す事態となるところだった。
韓国を強くしたセンターとガードの台頭
男子日本代表のチーム最年長、藤本怜央(撮影・X-1)
そんな韓国について最も熟知しているのが、東京パラリンピックの代表メンバーのなかで最年長となった藤本だ。19年にわたる代表活動において何度も韓国と対戦してきた。そんななか、11年のAOCでの敗戦をきっかけにして、世界にも通用する実力を身に付けたのがセンターのキム・ドンヒョンだったという。
「キム・ドンヒョンは自分がフリースローを外して負けたことがよっぽど悔しかったのだと思います。たしか彼はその後にイタリアのリーグに参戦したはずです。そこで力をつけた彼を中心とした韓国はチーム力が一気に上がり、14年の世界選手権、アジアパラで日本は勝つことができませんでした」
今や韓国の強さの象徴でもあるキム・ドンヒョン。チーム随一の高さとパワーを兼ね備えたハイポインターで、インサイドでの強さが武器だ。加えてアウトサイドからのシュート力もあり、ずば抜けたオフェンス力の持ち主だ。
そして、ガードのオ・ドンスクも忘れてはならない。ボールハンドリングに長け、パスの精度も高い彼はシューターとしても脅威的存在だ。特にNBAのスーパースター、ステフィン・カリーを彷彿させるような3Pラインのさらに外側からでも決めてくる3Pシュートは彼の大きな武器となっている。
さらに19年に代表に復帰したベテランのキム・ホヨンや、勢いに乗せると怖い存在のチョ・スンヒョンといった好シューターもいる。またチーム全体として数年前まではプレーが粗く、ファウルが多かったディフェンスもスキルアップしており、日本にとって手強い相手だ。
韓国戦の命運握る絶対的エースのキム・ドンヒョン
韓国戦のカギはキム・ドンヒョンをいかにプレーさせないかにかかっている(撮影・X-1)
その韓国と、日本は東京パラリンピックで同じグループに入った。8月27日、グループリーグ第2戦で対戦することが決まっている。その後に待ち受けているスペイン、トルコという強豪のヨーロッパ勢との試合に向けて勢いをつけるためにも、また上位で決勝トーナメントに進出するためにも、絶対に負けることのできない一戦だ。
では、韓国戦ではどのようなことが重要となるのだろうか。ポイントとなるのは、やはりキム・ドンヒョンとオ・ドンスクをいかに好きなようにプレーさせないかだと藤本は言う。
「オールコートでのプレスディフェンスで止めてしまえば、日本が主導権を握ることができるのですが、韓国はハイポインターが一気にフロントコートに上がるスピードが速いんです。そうするとオ・ドンスクがどんな距離からも精度の高いパスを出せるので、縦のパスでフロントコートに運ばれ、結局はハーフコートでの勝負にならざるを得ない。その場合、まずはドンスクからドンヒョンにパスが供給されるラインをつぶす必要があります。ただドンヒョンやほかのハイポインター陣にばかり気をとられて、アウトサイドのドンスクをフリーにしてしまえば、簡単に3Pを決められてしまうので、そのケアをいかに速くできるかも重要。日本が連携の取れたディフェンスで、彼ら2人以外の選手のシュートシーンを多くつくれれば、たとえそれで失点したとしても日本の狙い通りの展開になります。とにかく2人に好きなようにプレーさせないことがポイントになります」
また、日本が韓国を圧倒的に上回っているのが、選手層の厚さだ。“全員バスケ”を掲げている日本は今や、スタメンさえも決まっていないほどバラエティに富んだラインナップがある。全員が主力であり、試合の流れを変えるシックスマンでもある。これほどの選手層の厚さは世界屈指と言える。
一方の韓国は、スタメン5人中4人がほぼフル出場ということも珍しくなかった数年前と比べれば、だいぶ選手層の厚みは増してきた。しかし、それでもキム・ドンヒョンに関しては40分フル出場が常であることは変わってはいない。そんな絶対的エースのキム・ドンヒョンが機能しなければ、流れを引き寄せられないことは確実だ。
「エースであるドンヒョンはプレーはもちろんですが、彼の表情やジェスチャー一つ一つがチームに与える影響は大きい。彼が乗ってきて周りを鼓舞すればチームも勢いづくし、逆に彼が思うようにプレーできずにいら立つしぐさをすれば、チームのテンションも下がってくる。やはり今も韓国はドンヒョンのチームなんです」
“おじさんの星”として誰よりもアグレッシブに
37歳の藤本怜央は東京パラリンピックで悲願のメダル獲得を目指す(撮影・X-1)
野球やサッカーと同様に、車いすバスケでも日韓戦は宿命のライバル対決。特に韓国は日本戦となると牙を剝いて襲い掛かってくる。それは選手たちが肌で感じていることでもある。
「日本戦での韓国ベンチの盛り上がりは尋常ではない。異様な雰囲気をつくりあげるんですよね。日本がミスをしたり、あるいは韓国に好プレーが出るたびに韓国ベンチがうわーっとなるので、あの雰囲気に絶対にのまれてはいけない」
韓国のエース、キム・ドンヒョンとは同じセンターでチーム随一の高さを持つ藤本。マッチアップすることも多い2人の対決が、日韓戦の見どころの一つでもある。これが最後のパラリンピックと覚悟して臨む37歳は、果たしてどんなプレーを見せてくれるのだろうか。
「スピードとチームワークは、日本の方が上。若手が成長している日本は、相手が脅威とする選手は僕や(香西)宏昭だけではもうないというところも、韓国を圧倒しています。ただ、そのなかで僕は誰よりも動いて走るつもりです。チーム最年長ながら“あいつが一番若いんじゃない?”と思われるようなアグレッシブなプレーをして、“おじさんの星”になりたい。37歳のおじさんが若い選手と一緒に一つのボールを追いかける姿を見て、ひとりでも多くの人に元気を与えられたらいいですね。そして男子日本代表の歴史が塗り替えられる瞬間を、一緒に見届けてもらえたらと思います」
19年にわたって日本代表として世界と渡り合ってきた藤本。そのなかで現在の日本代表は“史上最強”と感じている。パラリンピック出場5回目にして、初のメダルを獲得し、代表人生の有終の美を飾るつもりだ。
文/斎藤寿子