5月21日、東京パラリンピックで銀メダルを獲得した藤本怜央と香西宏昭が所属するRSVランディルが、因縁のライバルRSBテューリンギア・ブルズとの激闘を制し、5シーズンぶりにドイツ・ブンデスリーガ(1部)を制覇。藤本と香西にとっては、ともに初めてのリーグタイトル獲得となった。
ライバルのストロングポイントを消した鉄壁の守備
試合終了のブザーが鳴り響いた瞬間、長い間、日本代表をけん引してきたベテラン二人に、また新たな歴史が刻まれた。偶然にもお互いの姿が目に入ったのだろう。藤本のもとに香西が駆け寄る形で二人は抱き合い、喜びを爆発させた。
リーグ王座をかけて行われたプレーオフファイナル。1週間前にランディルのホームで行われた第1戦は、スタートから守備力で試合の主導権を握ったランディルが66-55で快勝し、先勝。2016-17シーズン以来となる王座奪還に王手をかけた。
この日、ブルズのホームで行われた第2戦。ランディルは第1戦と同様に、香西、藤本、ブライアン・ベル(アメリカ)、サイモン・ブラウン(イギリス)に、女子のカタリナ・ヴァイス(ドイツ)という守備力のあるラインナップでスタートした。
第1Q、ボールマンに対してプレッシャーが厳しく、ローテーションもほぼ完璧で付け入る隙を与えないランディルのディフェンスに対して、ブルズは自慢のオフェンス力を発揮できなかった。フィールドゴール(FG)はわずか2本。そのほかはフリースローでの得点で、FG成功率は16%と、オフェンス力を謳うチームにとっては最悪と言ってよかった。
一方、ランディルもFG成功率は21%にとどまった。前半こそ順調に得点を挙げたが、残り5分過ぎからはシュートシチュエーションを作りながらもフィニッシュが決まらずに無得点に終わったのだ。第1Q は9-10とランディルが1点ビハインド、トップ争いの試合としては想定外のロースコアとなった。しかし、この時点では重視していたディフェンスに手応えを感じていただろうランディルに分があったと言ってよかった。
とはいえ、第1Qの終盤からブルズはプレスディフェンスのラインナップを投入することで、高さではなくスピードで対抗し、ランディルのディフェンスを崩そうとしてきていた。それが第2Qに入ると顕著となり、流れはブルズの方に傾き始めた。
オフェンスでも、ランディルは藤本とブライアンのハイポインター陣の得点が伸び悩んだのに対して、ブルズのエース、アレキサンダー・ハロースキー(ドイツ)が復調の兆しを見せ始めた。第2Qの終盤、この試合初めてミドルシュートで連続得点をマークしたのだ。
第3Q、試合の流れを変えた香西の再投入
そして第3Qでは、ハロースキーは開始1分もしないうちに連続で3Pシュートを決めてきた。ランディルも、香西、トーマス・ベーメー(ドイツ)と3Pシュートで対抗するも、ディフェンスでは香西がベンチに下がってからの中盤は、再びブルズの速い展開に付き合うような形になっていった。
最大16点のビハインドを負ったランディルは、一度ベンチに下がっていた香西とブラウンを投入した。するとゲームコントロールに長けた2人が、相手のスピードに付き合ってしまっていたチームに落ち着きを取り戻させたのだろう。試合のトーンが一気に変わり、ランディルのペースになっていった。
これにもしかしたらブルズの中で誰よりも危機感を抱いていたのが、ハロースキーだったのかもしれない。第1戦を落とし、後がないというプレッシャーも少なからず関係していただろう。残り2分半の間に、ハロースキーはオフェンスファウルを含む2つのファウルを犯し、パーソナルファウルは4つを数えてしまったのだ。思わず頭を抱えたハロースキー。これが後に大きく響くことになった。
一方、オフェンスでもチームに流れを引き寄せたのが、香西だった。この試合、第1Qからチームの中で唯一、シュート感覚の良さを感じさせていたのは彼だった。実際、FG成功率は他のメンバーが軒並み低調だったのに対して、50~60%をキープ。その香西が第3Qの終盤に3本のシュートを決めてみせた。そしてじりじりと追い上げを図るなか、ランディルはオールコートのプレスディフェンスを効果的に使い、相手の焦りを助長させたことも大きかった。結局、第3Qは42-49と16点あった差を1ケタにまで縮めて最終Qに入った。
迎えた第4Q、相手に追い打ちをかけるかのようにベーメー、そして香西が立て続けに3Pシュートを決めた。さらにブラウンの必死のオフェンスリバウンドからのチャンスに、ベーメーがミドルシュートを決めてみせ、50-51。残り7分で1点差に迫られたブルズはファウルが混んでいたためだろう、ベンチに下げていたエースのハロースキーの投入を決断した。しかし、その3分後、ハロースキーは5つ目のファウルで退場。ブルズはエースを欠いての戦いを余儀なくされた。
翻ってランディルは、このファウルでフリースローを得たベーメーが2本のうち1本を決め、55-57とした。そして、ランディルはベルが一番の勝負どころで本領を発揮。第3QまでFG成功率15%、わずか5得点にとどまっていたベルが、得意のミドルレンジからのバンクショットを決めて同点。さらにベーメーの3Pシュートで逆転した後には、バスケットカウントでフリースローも入れて3点を追加した。東京パラリンピックの金メダリストの実力を、最後の最後に見せつけるかのようなベルの活躍で、ランディルが一気に流れを引き寄せた。
しかし、ブルズも粘りを見せた。残り1分半で2点差に迫ると、終了間際に同点に追いついたのだ。残りは5.2秒。ブルズはファウルゲームをしかけてきた。残り3.6秒でチームファウル4つ目。そして残り1.8秒、一瞬ベーメーの3Pシュートが決まったかに思われたが、その前にブルズがファウルしたと判定され、得点は認められなかった。
それでも、これでブルズのチームファウルが5つ目を数え、ベーメーに2本のフリースローが与えられた。ブルズのファンが総立ちでブーイングを送る中、1本目はリングに弾かれた。香西と藤本が駆け寄り、そしてブラウンもベーメーの肩を叩きながら、言葉を贈った。
チームメイトの思いを一身に背負ったベーメーは、肩の力を抜くかのようにふっと息を吐き、そしてリング目がけてボールをリリースした。ボールは美しい放物線を描いて、ネットに吸い込まれた。64-63。1.8秒しか残っていなかったブルズは、最後はハーフライン付近から捨て身のシュートを放ったが、ボールは大きく外れ、バックボードに弾かれた。その瞬間、ランディルの5シーズンぶりとなる優勝が決まった。
藤本は初挑戦、香西は3度目の正直で獲得したリーグ初タイトル
第1、2戦ともに相手の高さを使わせない強固なディフェンスからリズムを作り、流れを引き寄せることに成功したランディル。それは「ディフェンスで世界に勝つ」を東京パラリンピックで体現した日本代表の主力メンバーであった藤本と香西という二人の存在なくしては不可能だったに違いない。そして、オフェンスでも第1戦では藤本が、第2戦では香西がともにチーム最多の24得点を挙げたことは注目に値する。
第2戦は常に厳しいプレッシャーに、8得点に終わった藤本だが、リバウンドとアシストはチーム最多を誇った。チーム一の高さに加えて、相手の注意を自分にひきつけさせ、味方のシュートを援護するプレーが光った一戦だったと言える。チーム最年長にして、最長のプレータイムも、この1年でいかにチームから頼られる存在となったかの証でもある。
初めてのプレーオフファイナルでは、勝つことが求められるチームに身を置いた自分のマインドセットに苦労したという藤本。ブルズとの壮絶な優勝争いを経験し、「今まで外から見ていると、ランディルのような強豪は勝つのが当たり前だと思っていたが、1勝することがどれだけ大変かということを改めて知ることができた」という。そんな中、藤本は、周りのチームメイトに必死についていこうとしていた。
「初めてのプレーオフは、宏昭、サイモン、ブライアンを見ながら、彼らを頼りにして、全幅の信頼を置いてプレーした2試合でした。そして、宏昭こそもともとわかってくれてはいたけれど、そのほか、トミーやブライアンなども勝負どころで自分を信じてパスを出してくれてプレーすることができたのは、チームに認めてもらえた証かなと。1シーズン目でこれだけプレータイムをもらえる位置にまでいけるとは思っていなかった中、こうしてチームの勝利に貢献できる場所を作ってもらえて、本当に価値のあるシーズンになったと思います」
ランディルとさらに2年契約を締結している藤本は、来シーズン以降も海外のトップ選手たちとしのぎを削り合う。
一方、すでに退団を発表し、これがドイツで送る最後のシーズンとなった香西にとっては、悲願だったリーグ優勝のラストチャンス。移籍してきた藤本と5シーズンぶりにチームメイトとなり、ランディルではそろってプレーするのは最初で最後。さらにイリノイ大学時代に一緒にプレーした親友のベルもアメリカに帰国することが決まっており、そろってドイツを後にする。そんなさまざまな思いで臨んだプレーオフでの戦いについて、こう振り返った。
「もちろん優勝したことは嬉しいし、なんとか一つ日本に持って帰ることができるのは良かったなと思っています。でも、勝ち負けは誰にもコントロールできないんだなということを学んだ試合でもありました。今日なんかは相手が勝ってもおかしくない展開だったと思います。だから勝ったことよりも、最後までメンバーと一緒にやり切れたことの方が大きな意味を持つなと感じています。久しぶりに怜央くんともドイツで一緒にできましたし、ブライアンとプレーするのも最後で、そのシーズンに優勝できたのはちょっと出来すぎかもしれません(笑)」
今月末に帰国し、今年度も強化指定選手に選ばれている二人は、来月以降は国内組とともに強化合宿に臨む予定だ。世界最高峰のブンデスリーガで結果を出した二人が、今度は日本でどんな活躍を見せてくれるのか。今後も二人から目が離せそうにない。
写真・ 文/斎藤寿子