5月20日~28日の9日間、タイ・プーケットで車いすバスケットボールのアジアオセアニアチャンピオンシップスが行われた。女子は日本、オーストラリア、イラン、タイの4カ国が出場し、総当たりで2試合ずつ行って順位を争った。日本はオーストラリアに連敗を喫し、4勝2敗で2位。優勝こそ逃したが、準優勝で今年11月にUAE・ドバイで開催される世界選手権の出場権を獲得した。3大会ぶりに出場し、6位入賞を果たした昨年の東京パラリンピックから5人が入れ替わった中で臨んだ今大会。A代表デビューを果たしたチーム最年少22歳の江口侑里と、25歳の石川優衣の若手2人に注目した。
2019年に開催された女子U25世界選手権で、同カテゴリーとしては最高成績の4強入りを果たした女子U25日本代表。そのメンバーの中にいたのが、江口と石川だった。19歳だった江口はチーム最年少として、石川は副キャプテンとして出場した同大会が、2人にとっては初めての国際大会でもあった。
そして今年度の女子強化指定選手に選ばれた2人は、そろって代表12人に入り、A代表デビュー。今や2024年パリパラリンピックに向けたチームビルディングにおいて、重要な存在となっている。
江口は、もともと一般のバスケットボール部出身。小学3年の時にミニバスを始め、中学、高校ではセンターとしてプレーした。車いすバスケットボールを始めたのは高校3年の時。U25世界選手権には始めて1年未満だったが、170センチ近い身長を生かしたポストプレーで得点を量産。第1、2戦ではスターティング5に抜擢され、第2戦の南アフリカ戦では16得点をマークするなど、チームの勝利に貢献した。
江口の高さは、A代表でも貴重とされている。彼女は左の手足に麻痺があり、クラスはミドルポインターの2.5。そのため、ハイポインター2人との組み合わせが可能で、高さのある選手をそろえた布陣が実現する。
しかし、江口がA代表のステージで存在意義を確立することは容易ではない。車いすの操作、パスやシュートなど、あらゆるプレーで麻痺のない右手に頼らざるを得ないため、特に日本が最も重視するトランジションバスケに必要なスピードやアジリティの部分では、どうしても難しさがあるからだ。
それでも12人のメンバーに抜擢されたのには、それをはるかに超える、江口にしかない魅了があるからにほかならない。バスケットボール部出身者だけあって、ゴールへの嗅覚が鋭く、ペイントエリアへの侵入が巧みな江口は、日本の女子には皆無に等しかったポストプレーやリバウンドに強い唯一無二の存在。高さのある世界を相手に互角に渡り合えるセンタープレーヤーとして大きな期待が寄せられている。
今大会、日本はさまざまな新しい戦略・戦術にトライするなか、まさに江口を生かすために考案されたであろう、新しいディフェンスが初めて披露された。それが、26日のタイとの第2戦で多用した2-2-1のゾーンプレスだ。フロントコートの2人がボールマンにプレスをかけて時間を稼いでいる間に、江口はバックコートに戻ることができる。そして、たとえ突破されたとしても、高さがある江口が最終ラインにいることによって、相手は簡単にはシュートにまでもっていくことができず、ハーフコートのゾーンディフェンスに切り換えることができるという利点がある。
実力差が大きいタイとの試合で、このゾーンプレスを評価することは難しいものの、岩野博HCがいかに江口の存在を重視しているかは明らかで、新たな日本の武器となる可能性は十分にありそうだ。
チーム最年少とはいえ、江口自身も自らの存在がチーム強化を図るうえでいかに重要かを理解しているのだろう。だからこそ、レベルアップにも貪欲な姿勢を崩さない。常にコーチや先輩たちから吸収しようと懸命だ。
今大会「ようやく冷静なプレーができた」のは、4試合目のイランとの第2戦。前日に先輩たちからもらったアドバイスを実践したことが、要因の一つとなったという。
「なかなか自分らしいプレーができていなかったのですが、先輩たちから“ベンチにいる間も体を動かしてみたりしている?”と言われて、自分はぜんぜんそういうところを意識していなかったなと気づきました。先輩からは“体を動かさずにパッと出てもプレーができるならそれでいいし、もし体を動かしていた方がいいのならその方がいいし、何が自分にあっているかを意識してみて”と。それでベンチにいる間、少し体を動かすようにしてみたところ、いざ試合に出た時に体も動いて冷静に周りを見ることができました」
そして、こう続けた。
「まだチームに入って間もないですし、最年少でもあるので、今は先輩方についていって助けてもらいながらシュートにまでいくことができている状態。でも、自分自身の力でゴールまでいけるようにスキルを上げていきたいです。また、先輩方みたいにプレー以外の部分でも周りを見れるような選手になりたいと思っています」
いつまでも“チーム最年少”のポジションに甘えるつもりはない。江口の言葉からはそんな強い覚悟が垣間見られた。
高校時代にバスケットボール部を見て憧れを抱き、大学入学後に車いすバスケットボールを始めたのが石川だ。江口と同じく2019年にはU25世界選手権のメンバーに選出され、副キャプテンを務めた。
実は、U25世界選手権の4カ月前に行われたオーストラリア遠征では「車いすバスケを“趣味”の範囲でとどめるか、“競技”として挑戦していくかは、まだわかりません」と語っていた。しかし、実際に世界の舞台を経験した石川は、こんな心境の変化を打ち明けている。
「同世代のみんなについていけない自分に引け目を感じていて、試合でもプレーでは貢献できないからと、ベンチでやれることをやってチームをバックアップしようと考えていたんです。でも、コート上で戦うチームメイトを見ているうちに、“やっぱり自分もプレーで貢献できるような選手になりたい”と思うようになりました」
その思いを早速行動に移した石川は、帰国後には練習機会を増やそうと、それまで所属していた女子のクラブチームのほかに、男子のクラブチームの練習にも参加するようになり、翌春には正式に加入した。
そんなふうに車いすバスケを本格的に競技としてやっていくことを決めた石川の成長は著しかった。それまでは女子のクラブチームではチーム最年少で先輩たちの陰に隠れるような存在だった石川は、試合でもベンチを温めることが多かった。しかし、今では全試合で先発出場し、40分フル出場することもある。石川自身、スタミナのほか、ピックやシールといったローポインターならではのプレーに自信をつけてきた。
1年半前のインタビューでは「まだパラリンピックはあまりにも遠い世界。いつか出られるように頑張りたい」と語っていた石川だが、今年度には強化指定選手に選出。パリパラリンピックに向けての初陣となったAOCのメンバーに抜擢されたことで、パラリンピックは“遠い世界”ではなく“目標”となっているに違いない。
U25世界選手権では、“控え”という印象が強く、実際にベンチを温めることの方が多かった石川だが、今回のAOCではすっかり見違えた姿があった。必死にコート上を駆けまわっていた3年前とは異なり、コート上で自分が何をすべきかを瞬時に判断しながら、冷静に周りを見てプレーしていたのだ。また、以前はプレーもコメントも遠慮がちだったが、現在はレベルアップを図ろうとする意欲に満ち溢れている。この3年間で、石川はすっかりアスリートになっていた。
実際、プレーにも積極さが感じられ、特にオフェンスではハイポインター陣を生かすプレーにとどまらず、自ら得点を狙う意識の高さが随所に見られた。なかでもオフサイドでノーマークになった際に狙うベースラインからのシュートは「いつでも狙っています!」と石川。そのシュートの確率を上げて武器とすれば、高い得点力を目指すチームにとっても大きい。
今大会では全6試合に出場し、そのうち4試合で得点を挙げ、フィールドゴール成功率は38.5%だった。クラス1.0の石川が1試合でシュートを打つ数は少ないが、それを確実に得点につなげることができれば、相手に嫌なイメージを植え付けることができる。警戒しなければいけない人数が増えれば、それだけでディフェンスに隙を作らせる要因となるはずだ。世界選手権までに、石川がどれだけシュート力を高められるかにも注目したい。
今大会でディフェンスには大きな手応えを感じたという岩野HCは、今後はもともとパリパラリンピックに向けての最重要テーマとしていた得点力に注力していくという。網本麻里や北田千尋のハイポインター陣、あるいは萩野真世や柳本あまねといった3Pシュートもあるシューターへの期待はもちろん、江口や石川といった新戦力の成長がチーム全体の底上げにつながるはずだ。半年後の世界選手権では、どんな変貌を遂げたチームとなっているのか、楽しみだ。
写真・ 文/斎藤寿子