4月16~18日、車いすラグビーの国際大会「2024 Wheelchair Rugby Quad Nations」(2024クアード・ネーションズ)がイギリス・ウェールズで開催された。東京パラリンピックのメダリスト(金:イギリス、銀:アメリカ、銅:日本)に、8月に開幕するパリ・パラリンピック開催国のフランスと、パラリンピック・イヤーにふさわしい強豪4か国による戦いが繰り広げられた。2019年大会以来5年ぶりの出場となった日本は、予選ラウンドを1勝2敗の3位で終えるも、決勝で世界ランキング1位のアメリカを下し優勝を果たした。
車いすラグビーでは、3月にパラリンピック世界最終予選が行われ、パリ2024大会に出場する全8チームが決定している。そんな中、すでに出場権を獲得していたアメリカ(※世界ランキング1位)、イギリス(同4位)、フランス(同6位)、日本(同3位)の4か国が対戦するとあって今大会に大きな注目が集まった。
※2023年11月24日現在
日本はチームの底上げを目的に、国際大会の経験が浅い若手選手を多く含むメンバーで臨んだ。岸光太郎ヘッドコーチは今大会のテーマを「チャレンジ」と語り、選手一人ひとりが、またチームとして取り組んできた課題に対して、貪欲にチャレンジして学んでほしいと話した。
その「チャレンジ」の連続となったのが、大会初日の予選ラウンド2試合だった。フランスとの初戦は池崎大輔が体調不良により欠場、続くイギリス戦ではキャプテンの池透暢も欠く事態となり、得点力を担うハイポインター2名がいないというアクシデントに見舞われた。けれども、イギリス代表に挑む10人の顔に不安の色などなかった。
「この状況をチーム全体がポジティブにとらえた。プレータイムが増えてたくさん経験ができる。たとえ失敗したとしても、絶対にそれは次につながる。どんどんチャレンジして、合宿でやってきたことを最後までやり切ろうと話して試合に臨んだ」今大会で副キャプテンを務めた中町俊耶が語るように、ベテラン揃いの相手に対して、若き日本代表はひるむことなく立ち向かった。
試合は序盤から日本のビハインドで進んだ。特に苦戦を強いられたのは、攻撃の起点となるインバウンドのシチュエーション。高さを武器とする池がいない影響は大きい。コートにボールが入ったとたんにターンオーバーされ、フロントコートに入れない時間帯が続いた。それでも、しぶといディフェンスに闘争心あふれるプレー、苦しい時ほど自分たちのラグビーを忠実にやろうと努めた。結局一度もリードを奪うことなく47-58と惨敗に終わったが、試合後の表情は、負けた悔しさよりも最後までやりきったという清々しい疲労感に包まれていた。成長へとつながる大きな経験を得た一戦となった。
予選ラウンドを3位(1勝2敗)で終えた日本は、準決勝で予選2位(2勝1敗)のフランスと対戦した。フルメンバーで臨んだ日本は最大で5点のリードを奪うなど試合を優位に運んだ。しかし試合時間のこり3分を切った辺りから怒涛の反撃を受け、4連続得点を許し一気に2点差にまで詰め寄られる。フランスが逆転に向け勢いに乗りかけたその時、橋本勝也のタイヤがパンクして一時中断。そこできっちりと立て直した日本が51-49で勝利し、決勝へと駒を進めた。
決勝は、予選ラウンド4位(0勝3敗)から、のし上がってきたアメリカとの対戦となった。相手のスペースを潰し合い短い距離でボールが動く予選ラウンドでの戦いとは違い、コートを広く使ってランとパスでつなぐダイナミックな展開。強いプレッシャーによって甘く放たれたパス、あるいはボールキープできずにポロリとこぼれた球にくらいつき、ターンオーバーを奪い合う。第2ピリオド以降は日本がリードを守るも、一瞬たりとも気の抜けない緊迫した状況が続いた。ベンチにいるメンバーも仲間にアドバイスを送りながら共に戦う。そうして橋本がラストトライを決め、50-47で試合終了。日本は予選ラウンドと決勝で世界ランキング1位のアメリカから連続して勝利を収め、優勝を果たした。
「アメリカのランニングやパス、スクリーンといった動きを、チーム全員がしっかり止めながら、ボールプレッシャーにいくということをやり続けた。それが気持ちの面でも相手にプレッシャーを与え、パスミスを生み出すことができた。日本のディフェンスの勝利だった」勝因を語るキャプテンの池は、自分たちのラグビーに確かな手応えを感じていた。
今大会のメンバー12名のうち4名は2022年以降に日本代表としてデビューした若手選手だ。その中のひとり、クラス1.0の草場龍治はすさまじい勢いで成長しており、今やベテランを脅かす存在にまでなろうとしている。スピードを武器とする草場は今回の大会で、自身よりも障がいの軽い、クラス2.0のアメリカ選手と対等に走り合い、また、フランス戦では相手エースに強烈なタックルを浴びせるなど、持ち前のハードワークが光った。留まることを知らない草場の向上心が、チーム内の競争力を高めるに違いない。
そしてもうひとり、目覚ましい活躍を見せたのが橋本勝也だ。「パリ・パラリンピックで金メダルを獲る。なおかつ自分が金メダルを獲るためのキープレーヤーになる」その目標の本気度が伝わる熱いプレーで、世界の強豪から次々とトライをあげた。鍛えた体幹と俊敏性を活かしてターンオーバーを奪い、クラス3.5のプライドが滲むキレのある走りを見せつけた。想定を上回る橋本の成長に、海外勢は戸惑ったはずだ。
ただ、橋本の言う“キープレーヤー”とは、俺の力でチームを勝たせるとか、絶対的エースとして目立ちたい、といった類の意味ではないということに気付かされた。橋本が何よりもこだわるのは、個人技ではなくチームプレーだからだ。
今大会では実に12パターン(※同じクラス構成でメンバーが異なるものも1として計算)のラインナップで出場した橋本。全5試合で日本が起用したラインナップが20だったことからも、その多様さと役割の大きさが分かるだろう。その中で、どのラインナップであろうと個の力で局面を打開するのではなく、仲間との連係プレーで前進し、より確実な方法を選択してスコアするのが印象的だった。加えて、1試合32分(8分×4ピリオド)のうち全試合で平均20分以上、決勝でも16分44秒のプレータイムをマークした橋本は「過去の遠征とは比べ物にならないくらい収穫の多い大会になった」と充実した表情で語った。「焦り過ぎず、でもマイペースになり過ぎず、ひたすら自分の目標に向かってがんばっていきたい」。橋本が目指す“キープレーヤー”としてのパフォーマンスに大いに期待したい。
パリ・パラリンピックまで、あと3か月。車いすラグビー日本代表は6月にパラリンピック前最後の国際大会となる「カナダカップ」(6/6~6/9)に出場する。パラリンピック代表争いも佳境を迎え、個の強みに磨きをかけ、チームプレーを進化させる日々が続く。パリに挑む“最強ジャパン”の誕生は、もうすぐだ。
写真・ 文/張 理恵