知的障害クラス(SM14)の100mバタフライで55秒68のアジア新記録を樹立した東海林大選手
アジア新誕生の布石となった“ガツン”
19年世界選手権では200m個人メドレー(SM14=知的障害)で世界新記録を樹立しての優勝を遂げ、東京パラリンピック出場に内定した東海林大。しかし、今大会は1本目のレースとなった同種目で優勝こそしたものの、2分14秒83と自身が持つ世界記録2分08秒16に遠く及ばなかった。
自他ともに認める「考えすぎるところがある」性格の持ち主の東海林。レース中に周囲を気にするあまり、自分の泳ぎに集中することができなかったのだという。
「200m個人メドレーは残念な結果に終わりました。(原因は)心理的なもので、ほかの選手のオーラを感じて、焦りや緊張があったのだと思います」
その様子を見ていた日本知的障害者水泳連盟の谷口裕美子専務理事が声をかけたことが、立て直すきっかけとなった。東海林との会話の内容を、谷口専務理事はこう明かしてくれた。
「いつもはクラス別に知的の選手同士で泳ぐのですが、今回は隣のコースにデフ(聴覚障がい者)の選手がいて、その選手にスタートからバッといかれてしまった。それに動揺して体が硬くなり、泳ぎながら“どうしたらいいんだろう”と考え込んでしまったみたいなんです。それで“調子の良い時は考えるの?”と訊いたら“考えない”と言うので、“そうなんだね。まだ種目は残っているから、切り替えて気持ちよく泳ごうね”と言いました」
さらに、東海林自身も自らに気持ちの切り替えを促すことに努めた。個人メドレーについて「あんなんじゃ、戦えないな」と落胆し、「ぶざまな結果だ」と思ったという。しかし、メモ帳に“自分の結果をぶざまとは言うな”と書いた。そして“自信を持ってできる”といったポジティブな言葉を書いて、次のレースに臨んだのだという。
すると初日2本めのレースとなった100m自由形では、スタートからガツンと攻め、自己ベストを更新してみせた。このレースで大きな手応えを感じたという東海林。実はこの時のスタートでのガツンが、東海林に自信を蘇らせ、翌日の好結果を生み出すことになった。
大会2日目、東海林は100mバタフライに出場した。19年世界選手権では銅メダルを獲得した得意種目の一つでもある。しかし、その世界選手権では悔しい思いもした。決勝で、それまで東海林が持っていた世界記録を塗り替えられたのだ。その種目で東海林は今大会、55秒68のアジア新記録を樹立してみせた。世界記録には及ばなかったが、それでも3年ぶりに過去の自分を超えたという喜びは大きく、何度も歓喜の声をあげた。
レース後のインタビューで、自己ベスト更新の理由を訊かれると、東海林はこう答えた。
「昨日の話に戻りますが、100m自由形のスタートでガツンといけたことがきっかけで、その後の100m平泳ぎも自己ベストに近いタイムを出せました。今日も引き続きスタートからガツンといけたことが大きかったです」
だが、彼にとってメイン種目はあくまでも200m個人メドレー。記者から「バタフライも得意だと思いますが」と振られると、何度も首を振りながら「バタフライは個人メドレーのエレメントの一つ」と、個人メドレーの重要性を強調した。
2カ月後のジャパンパラでは、もちろん200m個人メドレーで今大会の雪辱を果たすつもりだ。自身が持つ世界記録を更新すれば、東京パラリンピックでの金メダルにさらなる大きな期待が寄せられる。
そのジャパンパラは、5月21~23日の2日間にわたって横浜国際プールで開催される。東京パラリンピック出場をかけた最後の闘いとなる同大会は、どんなドラマが待ち受けているのか。日本のトップスイマーたちの泳ぎに注目したい。
写真/(株)つなひろワールド 取材・文/斎藤寿子