いま、パラ陸上界では若いアスリートが台頭し、大会を盛り上げている。今回は、コロナ禍にありながらアジア記録を更新するなど目覚ましい成長を遂げている2選手を紹介する。
4m56のアジア新記録で女子走幅跳(義足T63)を制した兎澤朋美
走幅跳のニューヒロイン、兎澤朋美
東京2020パラリンピック陸上競技の女子走幅跳T63(大腿切断など)で日本代表に内定している兎澤朋美(富士通)が、今夏の本番に向けて順調な仕上がりを見せている。
香川県高松市で開かれた「World Para Athletics公認2021ジャパンパラ陸上競技大会」(4月24日~25日/屋島レクザムフィールド)で、1.7mの向かい風ながら自身が持つアジア記録を12センチ更新する4m56をマーク。リオ2016パラリンピック4位の前川楓(新日本住設)に30㎝以上の差をつけて優勝した。
当日は朝から風向きが定まらないコンディション。直前までジャンパーに有利な追い風が吹いていたが、兎澤の1回目の跳躍が回ってくると向かい風へと変わった。制限時間ぎりぎりまで待ってみも、状況は変わらず、「それでやむなくスタートした」が、スピードに乗った助走、力強い踏み切り、バランスの良い空中姿勢、そして着地まで、すべてをアジャストしてみせた。
コロナ禍の冬季練習で持久力を磨き、腕振りも重点的に強化したことで、後半までピッチを落とさずに走れるようになった。女子100mも制したそのスプリント力が走幅跳の助走にも活かされていることが、好調の要因だと分析する。兎澤は、「この条件でベストが更新できたということは、逆にプラスの風(追い風)であればもっと跳べる、そう認識できたのでよかったです」と、確かな手ごたえを感じた様子だ。
10歳の時に骨肉腫を発症。左脚の太ももから下を切断した。中学生になってからパラスポーツを始め、陸上も経験したが、本格的に始めたのは2017年に日体大に入学してから。ハイレベルな練習内容はほぼ初心者の兎澤にとってきついものだったが、乾いたスポンジが水を吸うように陸上のイロハを吸収していった。基礎を固めるためにまずは100mに集中し、走幅跳に挑戦したのは2年から。持ち前の運動センスもあり、その才能が開花するのにそう時間はかからなかった。兎澤は2018年の日本選手権の走幅跳でアジア記録を塗り替えると、続くアジアパラ競技大会で100mと走幅跳の2種目で銅メダルを獲得。そして、翌2019年の世界選手権ドバイ大会の走幅跳で3位に入り、東京2020パラリンピックの出場切符をつかんだ。
競技歴2年半で、世界のトップ戦線に躍り出た兎澤。パラリンピックでのメダル獲得に周囲の期待は否応なしに高まるが、焦ることなく、驕ることなく、地に足をつけた活動を続ける。その背景にあるのが、世界のライバルたちの存在だ。100mではイタリアのアンブラ・サバティーニ(Ambra Sabatini)が、走幅跳ではオーストラリアのヴァネッサ・ロー(Vanessa Low)がそれぞれ今年に入ってから世界記録を塗り替えている。「コロナ禍でどの国も大変なのに、その中でしっかりと世界記録を更新する選手が出てきた。自分ももっと頑張ろうと刺激を受けるし、彼女たちの存在が、私が目標を見失わずに進むべき方向に進めている理由のひとつになっていると思います」と話す。
今春、日体大を卒業し、富士通に入社。陸上部に籍を置き、これまでと変わらず日体大で練習する毎日を送る。自身が希望した社業と競技の両立という形態をとりつつ、その中で不自由のない競技環境で練習ができているといい、「感謝の気持ちを忘れてはいけないと思っています。これまで以上に責任を持って取り組んでいきたい」と、社会人アスリートとしての意気込みを語る。
パラリンピックの走幅跳でのメダル獲得ラインは「5mが基準になる」と兎澤。まずはそこに照準をあて、本番までに課題とする助走のスピード、空中動作や着地の精度を上げていく予定だ。「私が陸上を本格的に始めたのは東京パラリンピックの開催決定がきっかけです。みなさんに応援してもらえるように、最高の状態で本番を迎えたい。自分の出来る限りの準備をして臨みます」
決意を新たに、兎澤の挑戦が始まる。
荒木美晴●文 text by Miharu Araki 植原義晴●写真 photo by Yoshiharu Uehara