東京パラリンピック男子5000m(車いすT54)代表に内定した樋口政幸(手前)
5月11日、東京オリンピック・パラリンピックのメイン会場となるオリンピックスタジアム(国立競技場)では「READY STEADY TOKYO―パラ陸上競技」が開催された。3カ月後に迫った本番に向けてのテストイベントとなった今大会には、117人の選手が参加。男子28種目、女子13種目、混合1種目が行われた。
新国立競技場のトラックに相次いだ好感触の声
東京2020オリンピック・パラリンピック組織委員会から約180人のスタッフを動員し、ボランティアも約100名が参加した今大会。秒刻みで複数の種目を一括して進行していくタイムスケジュールや、メダルセレモニーを行うタイミング、選手や関係者、スタッフ、メディアなどの動線の確認、新型コロナウイルス感染症の防止対策の検証などが目的とされた。
選手たちにとっても本番の競技会場で試合をする貴重な機会となり、約100日後に迫った舞台を想定しながらのレースに。新しくなった国立競技場で初めて競技を行った選手たちは、一様に「走りやすいトラックだった」と語り、笑顔を見せた。
前日の10日に3大会連続でのパラリンピック出場が内定した車いすランナー樋口政幸(T54)は次のように感想を述べた。
「サブトラックが軟らかいのでそれに比べれば硬いと感じたが、(競技用の)車いすで走っていても重くは感じなかった。レースに集中できるコンディションなので、本番でもいいパフォーマンスができると思う」
リオに続き東京でもメダル獲得を狙う辻沙絵
同じく前日に内定が発表され、銅メダルを獲得したリオパラリンピックに続いて400mで表彰台を目指す辻沙絵(T47・上肢機能障がい)は「新しい国立競技場で走るのは初めてで緊張もしていたが、走りやすいトラックでした。また4カ所に電光掲示板が設置されていて、自分がどれくらいで通過しているのかを確認しながら走ることができたことも良かった」と語った。
一方、東京大会が初めてのパラリンピックとなる現役大学生の石田駆(T46・上肢機能障がい)は、待ちに待ったこの日を迎え、東京駅に到着した時から興奮していたという。「この競技場で走ることを楽しみにしていましたが、実際に本当に楽しくて貴重な経験をさせてもらいました。地面から反発をもらうことができるタータンですごく走りやすかったです」とオリンピックスタジアムでの初レースの感想を述べた。
また19年11月の世界パラ陸上選手権で内定を決め、2000年シドニーから6度目のパラリンピックで初のメダル獲得を狙う走り高跳びの鈴木徹(T64・義足)は、スタジアムの雰囲気について、こう語った。
「(スタンドが)垂直に上がっていくような競技場は日本でもなかなかない。ロンドンのオリンピックスタジアムにとても近いなと感じました。もし観客が入ってくれたとしたら、自分の気持ちもより高まって、いい流れがつかめるんじゃないかと思いました」
スタジアムまでの動線は電動カートでカバー
一方、選手たちが不安に感じていたのが、ウォーミングアップトラックからスタジアムまでの動線だ。ウォーミングアップトラックからは一度、外に出て公道を通らなければならない。さらにスタジアムに入った後にはトラックまでの動線に坂道があるなど、ケガや車いすのパンクなどのリスクも考えられた。樋口も「雨天の場合、競技場までに濡れてしまうのはちょっとイヤだなと思いました。また招集所での時間が長いので、(日常用)車いすに乗ってレーサー(競技用車いす)を押して移動するランナーもいます。そうするとあまり急な坂道だと怖いなというところはあります」と不安を口にした。
しかし、森泰夫大会運営局次長によれば、本番では電動カートのようなものを定期的に運行するかたちでカバーするという。今大会は電動カートを運行した場合、どこにどんな問題点があるのかを細かくチェックしたかたちだ。
世界で唯一の2mを跳ぶ義足ハイジャンパー、鈴木徹
またトラック種目とフィールド種目が同時に進行されていく陸上競技では、競技間にもメダルセレモニーが入る。特に障がいの種類や程度によって細かくクラスが分かれているパラ陸上はセレモニーが入ることはしばしばだ。今大会でも競技間にセレモニーが入り、その間、競技の中断を余儀なくされた走り高跳びの鈴木は、こう話す。
「僕たち陸上ではそれが当たり前のこと。逆に今大会でもセレモニーが入ってくれたおかげで、『こうやって中断をして、表彰された選手に拍手を送った後に、また自分のペースに戻る』というふうに本番をイメージすることができました。国際大会ではスタンダードなことですし、それこそトラックで長距離種目が行われていれば、選手が通るたびに中断する。そういうなかでいかに自分の力を発揮できるかが大事になってきます」
そのセレモニーでは「君が代」が流れ、パラリンピックでは初のメダル獲得を目指す鈴木も「オリンピックスタジアムで日本の国歌が流れるのは、とても特別なこと。本番では一つでも多く聞きたいと思いますし、自分自身でも流したいなという気持ちがあります」と意気込みを語った。
一方でコロナ禍において東京オリンピック・パラリンピックや、今回のテストイベントについても開催に否定的な意見も少なくない。今大会では新型コロナ感染症の防止対策として、選手が一度使うたびに用具を消毒し、スタッフも手指消毒を徹底。レース後のインタビュー場所であるミックスゾーンでも選手とメディアの距離や、メディア同士の距離も十分に空ける体制がとられた。
どうすれば安全・安心を確保することができるのかが模索された今大会。選手たちも厳しい状況下に置かれていることは十分に理解し、「自分たちが決められることではないので」と複雑な心境を吐露した。
東京パラリンピック開幕まで、あと100日を切った。どんな状況でも、どんな事態が起きようとも、選手たちは心の準備をしていることだろう。だからこそ“今目の前のやるべきことをやるだけ”だ。
取材・文/斎藤寿子