グランドスラム第2戦・ローランギャロス(全仏オープン)の車いすテニス男子シングルス決勝で、第1シードの国枝慎吾(ITF車いすテニスランキング1位、5月24日づけ/以下同)は、アルフィー・ヒューイット(3位、イギリス)に3-6、4-6で敗れ、2018年以来となる8回目のタイトル獲得はならなかった。
準決勝で50歳になっても未だ第一線で活躍するウデ選手に勝利した国枝慎吾
「今日(決勝)の試合の内容としては、完敗だったかなと感じます。相手のショットの精度がすばらしかったです」と振り返った国枝は、23歳のヒューイットのコースを的確に突いてくるパワーショットに苦しめられた。
第1セットを先取された国枝は、第2セットに入るとベースライン付近からライジングを駆使。早いタイミングで打ち返すグランドストロークのリズムをヒューイットは嫌ったが、ボールが高く弾むレッドクレー(赤土)コートで、その戦術を続けるのは容易ではなく、国枝が試合の主導権を取り戻すまでには至らなかった。
1月の全豪オープンから全仏オープンまでの期間でさらなる改良にトライしていたサーブがネックになり、決勝の第2セットでは1度しか自分のサーブをキープできなかった。
時が経つのは早いもので、国枝も37歳になった。今回の全仏オープンの準決勝では、長年の宿敵であるステファン・ウデ(6位、フランス)をフルセットで破り、改めて国枝の存在感を示した。国枝にとってアウェー状態ではあったが、それすらも楽しめているようだった。
国枝に敗れたウデは驚くべきことに現在50歳。また、車いすテニス以外にも目を向けると、先月にノバク・ジョコビッチ(1位、セルビア)が34歳になり、今月にはラファエル・ナダル(3位、スペイン)が35歳になった。さらに、ロジャー・フェデラー(8位、スイス)は39歳で、国枝を含めた30代半ば、および30代後半の選手が、依然として世界のトップに君臨し続ける驚くべき時代になっている。
国枝は、現在も世界のトップレベルで戦えているモチベーションを次のように語る。
「トップにいられる秘訣としては、僕自身も年齢に抗いながら、もがき続けているということが一つ要因としてあると思います。2年前、3年前と違うテニスをしていると思うし、負ける度に何かを変えようとして取り組んでいる。例えば、3カ月ぐらい大会に出ていない時は、(ツアーに戻った時にいい意味で)国枝変わったなと思ってもらえるようなパフォーマンスを続けたいと思っています。
時には悪い意味で変わってしまうこともあるんですが、周り道でも、最終的には必要になることもあるので。いろんな回り道、寄り道をしながら自分自身の正解を求めてやっている。それを十何年も続けて来たし、続けられるモチベーションがあるということが、何よりかな。それだけ楽しいツアー人生を送っているなと思います」
国枝が、初めて世界ナンバーワンになったのは、2006年10月。その後、2度の右ひじの手術を受けて、世界王者から何度も遠ざかる紆余曲折があったものの、2020年1月から再び世界1位に返り咲き、現在も維持している。
2020年1月に開催された全豪オープンでの優勝は、2018年全仏オープン以来のグランドスラム優勝となり、王者国枝の復活を印象づけた。
手術した右ひじへの負担を減らすために、2017年頃からバックハンドストロークの大幅な改良に取り組み続けていた国枝は、2019年7月にグリップの握りを変更して、より攻撃的なフラット系ショットの習得を目指した。
さらに、2019年末にはテイクバックのやり方を変えたことで、インパクトの力強さが増した。国枝は、フォアもバックもトップスピンを多用するのではなく、フラット系ボールを打って、相手になるべく時間を与えないテニスを目指し、試合のラリーで主導権を握れる場面が増えた手応えを感じるようになっていた。
一方で、長年慣れている技術を変更する怖さもあった。「スウィングの軌道を変えると、体にかかる負担も変わってくる」という国枝は、技術改良に取り組む中で、ショットを強くするだけでなく、肩など体に負担がかからないよう試行錯誤を繰り返した。この時助けになったのが、長年積み重ねて豊富になった経験と知識で、これらを駆使しながら回答を見つけ出していった。
この絶え間ない国枝の探求心とモチベーションには頭が下がる。
2021年全仏オープン準優勝に国枝は決して満足することなく、敗戦からも何かしらを学び取ろうとしている。
「準優勝を目指してやってはいないので。やっぱりどうしてもタイトルを取るかどうかで大きな違いはあります。本当に何度も思いますけど、負けたところから得るもののほうが大きいと今日も言い聞かせて帰ろうと思います」
さらに、敗戦をいいタイミングであると捉え、自分が強くなるための宿題を得たように感じており、7月上旬に控えるグランドスラム第3戦・ウィンブルドンや、8月下旬の東京2020パラリンピックを見据えながら、ベストコンディションを構築することを目指す。
「(パラリンピックまで)まだ60日あると思うのか、もう60日しかないと思うのか……、わからないですけど、まだ修正できると思っているので、自分自身、(日本へ)帰ってからちょっと軌道修正して、ウィンブルドンに臨みたい」
そして、国枝の母国である日本で開催されるパラリンピックで初めてプレーすることに関して、今までに経験したことがないような複雑な思いが心の中にある。
「やっぱり自国ということで、プレッシャーを感じるかもしれません。ただ、もしかしたら、普段のパラリンピック以上に楽しくなるかもしれない。ホームのパラリンピックは、僕自身も初めての経験ですので、どんな緊張、どんな気持ちになるのか、怖くもあり楽しみでもあり、両方ですかね」
これまで国枝は、パラリンピックで、2004年アテネのダブルス、2008年北京と2012年ロンドンではシングルス、合計3個の金メダルを獲得してきた。果たして、8月24日に開幕する東京パラリンピック(車いすテニス競技は8月27日~9月4日)では、何色のメダルを獲得できるのか大いに注目される。ただ、メダル争いに絡むことが予想される強敵も多く、全仏オープンで優勝したヒューイットをはじめ、グスタボ・フェルナンデス(2位、アルゼンチン、27歳)、ヨアキム・ジェラード(4位、ベルギー、32歳)、ゴードン・リード(5位、イギリス、29歳)と、誰が表彰台の真ん中に立ってもおかしくない。
「いやぁ、東京では置かれている状況として、正直金メダルを取るには厳しい状況になったかなとは思いますね」
こう吐露する国枝ではあるが、もちろんあきらめているわけではない。
「年々自分のテニスはよくなっていると確信している。37歳になっても、40歳になっても、今がベストだよと言えるように努力を怠らずにやっていきたい」
自分が進化し続けていけるという信念、長年テニスに注ぎ続けて来た情熱、そして、変わることのない車いすテニスへの愛情、これらが結集した国枝の集大成が、東京で最高の結果に結びつくことを願いたい。
*本記事はweb Sportivaの掲載記事バックナンバーを配信したものです。
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神 仁司●文 text by Ko Hitoshi photo by KCS/AFLO