東京パラでも世界記録を更新できるか注目されるマルクス・レーム選手
パラ陸上の男子走り幅跳びのドイツ人選手、マルクス・レームはいつもワクワクさせる跳躍を見せてくれる。身長185cm、大きなストライドで助走し、勢いを維持したまま力強く踏み切る。空中のフォームはダイナミックなのに、背中に翼を生えたかのように軽やかだ。
下腿切断など男子T64クラスで、8m62の世界記録保持者。2年に一度開かれる世界選手権では、2011年のクライストチャーチ大会から19年のドバイ大会まで5連覇中だ。パラリンピックは、初出場の12年ロンドン大会と前回のリオ大会を連覇している。ちなみに、彼が今年6月に打ち立てた世界記録は、今回の東京オリンピック1位の選手の記録を21㎝上回る、まさに“金メダル級”の大ジャンプだ。
陸上のみならず、パラスポーツ界でもっとも有名なアスリートのひとりとして注目されるレーム。自身3度目となる今回のパラリンピックでの世界記録更新については、「6月にいい記録を出しちゃったから難しいかもしれないけれど、そこを目指しているよ。東京を見据えて自分を追い込んできた。金メダルを獲るよ」と自信をのぞかせる。
1998年生まれの32歳。東京パラリンピック開幕2日前の8月22日に33歳の誕生日を迎える。幼いころから身体を動かすことが好きで、友だちと一緒に走り回っていたというレーム少年。しかし2003年、ウェイクボードの練習中にボードのスクリューに右脚を巻き込まれ、ひざから下を失ってしまう。14歳のスポーツ好きな少年にとってショックは大きかったが、その後に義足と出会い、再びスポーツの世界に戻ることができた。「僕は楽しむことが大好き。それは、子どもの頃から変わらない」と振り返ったように、09年には「脚を1本失ったけれど、やればできる」とパラ陸上の世界に飛び込んだ。
レームが目指す高みと願い、それは「最高のジャンパーでありたい」ということだ。それを実現するために、自ら義肢装具士の資格を取得し、メーカーと競技用義足の共同開発に取り組んだり、健常者の大会に出場したりと、挑戦を続ける。彼が唯一無二のブレード・ジャンパーになったのは、「自分に制限を作らない」という信念に沿って努力を続けてきた賜物だ。
その一方で、レームが健常者の大会で優勝したり、オリンピックへの挑戦を口にするたび、彼の周りで「義足の優位性の有無」について議論が沸き起こる。16年には、「義足が跳躍にどんな影響を与えているかを科学的に調査したところ、助走や踏切において義足は不利に働く」という研究結果が出たものの、結局はリオ大会も、今回の東京大会もオリンピック出場という願いは聞き入れられなかった。
彼は言う。「僕は仮に義足をつけて有利に跳べたとしても、嬉しくとも何ともない。いちジャンパーとして、世界一になりたいだけなんだ。それに、パラリンピアンである僕がオリンピックに出ることによって、何よりパラリンピックの宣伝になるし、もっと多くの人がパラスポーツに興味を持つでしょう? それができたらすばらしいと思っているだけだよ」
パラリンピック3連覇がかかる ©WOWOW WHO I AM PROJECT
競技者として真摯に陸上に取り組む彼のアスリートとしての姿は、ドイツ国内でも多くの人のパラスポーツに対する意識を変えてきた。陸上を始めた当初は、身体の一部を失ってスポーツに取り組むこと自体に否定的な見方が多かったという。しかし、今では彼のジャンプを見て「あのくらい俺も跳べる」と言う人はいなくなり、彼と同じように障害を負った子どもたちの憧れの存在となった。
「僕らが挑戦しているものはスポーツである、ということを人々に見せられるようになったのは、本当に誇りに思う。僕がケガをした時は、物理的にも身体的にもできないことがあったけれど、その後にいろんな努力や工夫をして、できなかったことができるようになった。そういう今までの人生を振り返ってみると、スポーツは『自由』を教えてくれたんだな、と改めて思うよ」
東京パラリンピックに向けて、コロナ禍で失ってしまった試合勘を養うため、世界記録を更新した6月のヨーロッパ選手権を含め、計画的に複数の大会をこなしてきたというレーム。準備は整った。
「東京に行くことが待ちきれない。パラリンピックで選手たちがどういう競技をしているのか、何を頑張っているのかを見て、ぜひ応援してください!」
オリンピックスタジアムで行なわれる男子走り幅跳びT64の決勝は、9月1日。この日のパフォーマンスを楽しみに待ちたい。
IPC&WOWOW パラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ「WHO I AM」
マルクス・レーム選手出演のシーズン5(全8回)は、オンデマンドで配信中! シーズン1~4(全32作品)は、無料配信中。詳しくは、番組HP>> https://www.wowow.co.jp/sports/whoiam/
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*本記事はweb Sportivaの掲載記事バックナンバーを配信したものです。
【Sportiva webサイト】
https://sportiva.shueisha.co.jp/
荒木美晴●取材・文 text by Araki Miharu photo by Ito Shingo/X-1