昨夏の東京パラリンピックで日本代表「火ノ玉ジャパン」が金、銀、銅と3つのメダルを獲得したボッチャ。もとは四肢まひなど重度な障がいのある人も楽しめるようにと考案されたパラスポーツだが、的となる白いボールに自分のボールを近づけて得点を競うシンプルなルールながら高いゲーム性もあって、今では「みんなのスポーツ」として知名度も人気も高まっている。
そんななか、2017年に誕生した大会が「ボッチャ東京カップ」だ。日本ボッチャ協会が掲げる「垣根のない社会をつくる」というインクルーシブの理念のもと、障がいのある人もない人も混ざり合い、ともに勝利を目指そうと新設された大会で、小学生チームから学生や企業のボッチャ部チーム、シニアチームなど年齢層の幅広さも特徴だ。
その6回目となる「ボッチャ東京カップ2022 supported byかんぽ生命」が4月9日から10日の2日間にわたって東京体育館(東京・渋谷区)で開催された。9日の予選リーグには昨年秋に行われた予選会を勝ち上がったチームとゲストチームを加えた28チームが出場(*)し、7グループに分かれて決勝トーナメントを目指して戦った。(*:1チーム当日棄権)
10日の決勝トーナメントには各グループ勝者の7チームに、火ノ玉ジャパンA・Bチームと、東京パラリンピックのBC1-2チーム戦金メダルの強豪、タイ代表、そしてタイ・日本コーチチームも参戦。2日間のハイレベルな熱戦の末、決勝戦でNECボッチャ部が廣瀬隆喜率いる火ノ玉ジャパンAを7-1で破り、初優勝を果たした。予選3連勝のNECボッチャ部は決勝トーナメント1回戦でタイ代表を2対1で、準決勝では杉村英孝率いる火ノ玉ジャパンBを3対0で下すなど快進撃をつづけ、栄冠をつかんだ。
一般チームがパラリンピックメダリストを倒すチャンスがあるのも「東京カップ」の醍醐味の一つ。また、参加者にとってボッチャの楽しさや可能性を実感する時間にもなったようだ。ゲストチームとしてオンラインサロン「大人の小学校」チームの一員で参戦した、お笑いコンビ・ロンドンブーツ1号2号の田村淳さんは、「楽しかった。僕は運動神経があまりないが、ボッチャならできるという感覚がある。これからも続けていきたいし、いろいろな人が垣根を越えてやれるスポーツ」と、ボッチャの魅力を語った。
ボッチャ初挑戦だったという、新日本プロセスの真壁刀義選手は、「動画で見たときは『簡単そう』と思ったが、やってみたら難しくて、3連敗。次回はリベンジしたい」と悔しさをにじませつつも、「相手チームとコミュニケーションが取れて楽しくプレーできた」と、好プレーが出ると互いに称えあえた様子を笑顔で振り返った。
東京オリンピック・ハンドボール日本代表で、今回はクラブチームのジークスター東京チームで出場した土井レミイ杏利選手は、「いろいろな枠を超えて、世界中の人が競い合えるボッチャの魅力を実感できた」とコメント。実は、オリンピック前の代表合宿でボッチャを体験していたという。「メンタルコーチの提案で、チームビルディングの一環でプレーした。気分転換にもなってよかった。ボッチャは気軽に始められるし、多くの人に知ってほしい素晴らしいスポーツ」と振り返った。
東京パラで活躍したパラリンピアンたちも競技の壁を越えて参加していた。「出場3回目」という車いすラグビーの池崎大輔は今年、大会会場や学校訪問などで交流の深い渋谷区のShibuya Revivalチームで出場。「障がいの有無に関わらず、いろいろな人が同じ土俵で試合ができ、人として楽しめる」とボッチャの魅力を熱弁。一方、初参加だった卓球の岩渕幸洋は、「練習でいい感覚をつかんだと思ったが、試合では思い通りにならず、ボッチャの奥深さを感じた」と苦笑い。自身もパラ卓球の魅力を伝えるイベント、「IWABUCHI OPEN」を主宰しており、「他競技の選手にも参加してもらうなど、(東京カップから)多くの人に魅力を届けるヒントを得た」と手ごたえを話した。
有観客開催で、ライブ配信も行われた今大会ではもう一つ、トップ選手の技や駆け引きを堪能できる機会も設けられた。大会初日に行われた「火ノ玉ジャパンとタイ代表によるエキシビションマッチ」だ。両チームは東京パラのBC1-2(脳性まひ)チーム戦準決勝で顔を合わせ、勝ったタイ代表が最終的に金メダルを、敗れた日本は銅メダルを獲得している。今大会はそれ以来の再戦となったが、銅メダルメンバーの杉村、廣瀬、中村拓海に、初参加の仁田原裕貴を加えた火ノ玉ジャパンが金メダルメンバー3人を揃えたタイ代表を3対2で下し、“リベンジ”を果たした。
試合は公式戦より2つ少ない4エンド制で行われた。第1エンドはタイ代表がジャックボールをコート奥に投げる意表をついた戦略で始まったが、1球ずつ丁寧に投げた日本が1点を挙げリードした。第2エンドは杉村がジャックボールを手前に置くショートレンジで勝負したが、タイのテクニックが光り、1対1の同点に。第3エンドはタイのミスを突いた日本が2得点で3対1と突き放す。最終エンドは先発の仁田原に変わって入った中村がロングレンジでのゲームに持ち込み、一進一退の攻防が展開され、タイが1点を加えたが、日本が逃げ切った。
杉村は試合後、「世界ランク1位の最強チームと、ここ東京で再び対戦できて嬉しかった。ミスもあったが、楽しくプレーできたし、勝ち切れてよかった。選手のパフォーマンスを通じて、(観客に)ボッチャの魅力を感じてもらえたら嬉しい」と笑顔で話した。
中村は、「タイとは東京大会以来の試合でピリピリしながらも、皆で和気あいあいとプレーできた」と振り返り、仁田原は「東京パラに出たタイ代表と試合ができて、いい経験になった。自分も日本代表として追いついて行けるように、そして、ボッチャファンに勇気を与えられるようなプレーをしたい」と言葉に力を込めた。
タイの主将で、東京パラBC2個人戦銀メダルのワッチャラポン・ボンサーは、「ミスも出て、いつものような試合運びができず残念だが、日本にまた来られてうれしい。日本は常に成長を遂げていて、脅威を感じるチーム」と話し、ウォラウット・セーンアンパーは、「日本との試合はいつも緊張するし、強豪なので接戦になる。でも、楽しい」と笑顔を見せた。
タイはパラリンピックの強豪国で、国内にはボッチャの専用練習場なども設置されている。ボンサー主将は健常者も参加する「東京カップ」について感想を求められ、「日本代表のインスタグラムをフォローしているので、日本でボッチャへの関心が高まっていることは知っていた。将来的に、タイでもそのような状況になっていけばいいと思う」と話した。
なお、東京パラを終え、新たなスタートを切った火ノ玉ジャパンは今季の世界選手権やアジアパラゲームズなども見据え、さらなる強化に取り組んでいる。東京パラ後に一部、変更された国際ルールへの対応も必要だ。たとえば、男女混合だった個人戦が男女の部に分かれ、ペア戦は男女のペア、チーム戦では3人中少なくとも男女1名ずつがコートに立たなければならない。また、ルールの範囲内でカスタマイズ可能だったボールの規定も変わり、公認メーカー製の「公認ボール」を使わなくてはならなくなった。
杉村は、「4月から新体制となって新たなメンバーも加わったので、コミュニケーションを高めながら日本チームとしてレベルアップしていきたい」と意気込み、廣瀬は、「まずは(公認の)ライセンスボールを自分のものにすることを最優先にしたい。チーム全体では戦術の基盤があるので、細かい部分を考えつつ、皆で勝ちにこだわってやっていきたい」とベテランらしく前を向いた。
強い火ノ玉ジャパンが、ボッチャ人気をけん引しつづける。
写真・ 文/星野恭子
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