5月15日、車いすバスケットボールのドイツ・ブンデスリーガ(1部)の頂上決戦、プレーオフファイナルが開幕。第1戦は、東京パラリンピックで銀メダルを獲得した藤本怜央、香西宏昭が所属するRSVランディルのホームで行われ、近隣のフランクフルトの日本人学校に通う生徒の家族連れの姿も多く見受けられた。因縁のライバル同士の対戦となった注目の一戦は、ランディルがRSBテューリンギア・ブルズに66-55で快勝。今シーズンのホーム最終戦を白星で飾り、5シーズンぶりとなるリーグ制覇に王手をかけた。
最大の勝因となったヘッドコーチの勇断
ちょうど1週間前の5月8日、ヨーロッパクラブチャンピオンを決めるユーロチャンピオンズカップの3位決定戦で奇しくも対戦したランディルとブルズ。結果は、ランディルが51-75の大差で敗れた。
この敗戦後、藤本と香西はそろってこう語っていた。
「高さのある相手に対してどう勝つかは、日本代表で“ディフェンスで世界に勝つ”に取り組み、東京パラリンピックで体現した僕たちが一番よく知っていると思っています」
二人がユーロカップで好感触を得ていたのが、チームでは高さのある藤本と、東京パラリンピックでリオに続く連覇を達成したアメリカ代表ブライアン・ベルのハイポインター陣をそろえ、さらに守備力にも定評のある香西の3人を擁したラインナップだった。しかし、それでは抜群のアウトサイドのシュート力を持ち、国内で名実ともに高い人気を誇るドイツ代表のエースであるトミー・ベーメーを外さざるを得ない。今シーズン、彼をスタートで外すことは一度もなかったランディルにすれば、決して小さなことではなかっただろう。
ベーメーを起用すれば、同じミドルポインターである香西を外すか、あるいはハイポインター2人のどちらかを外すという選択が必要となる。高さのあるブルズに対して、ハイポインター1人では太刀打ちできないことはユーロカップで痛感していたはずで、最大の注目はミドルポインターを香西かベーメーのどちらかを選択するかだったと言える。
レギュラーシーズンの第2戦、さらにはユーロカップでも敗れ、今年に入ってブルズに連敗を喫していたランディルにとって、2戦先勝の短期決戦であるプレーオフファイナルの、それもホームでの初戦を落とすわけには絶対にいかなかった。そんな窮地に立たされた状況が、指揮官に勇断させたのだろう。ベーメーを外し、スタートで藤本とベルに香西を加えた守備力重視のラインナップで臨む選択をしたのだ。
「勇気を持ってカードを切ってくれた」と藤本が語るほど、ドイツ国内のリーグでドイツ代表のエースを外す選択は、決して簡単なことではなかったことは容易に想像できる。しかし、それが正しい決断だったことは、試合開始早々から疑う余地はなかっただろう。最も警戒しなければならないアレキサンダー・ハロースキー(ドイツ)とヴァヒド・ゴーラマザド(イラン)の2人を、藤本、ベル、そして香西がマッチアップしてインサイドを割らせなかった一方、ミスマッチを狙われる女子でクラス1.0のカタリナ・ヴァイスへのヘルプやスイッチのタイミングも、しっかりと統率がとれていた。イギリス代表が2018年世界選手権で優勝した時の主力でもあるサイモン・ブラウンを含め、おそらくブンデスリーガでは最も守備力のある布陣に、宿敵のライバルは手こずり、自慢のオフェンス力はすっかり影を潜めた。
「このラインナップでもスタートでいく準備はずっとしてきていた」という香西は、こう語る。
「ブルズに勝つには、点の取り合いではなく、どれだけディフェンスをトーン高くできるかが肝になるだろうなと。第1Qでそれができたことが、良い結果につながったと思います」
一方、久々のスタートからの出場となった藤本は、「自分の仕事は一つ、ヴァヒドをどう止めるかだけにフォーカスしていた」という。その言葉通り、1週間前のユーロでは20得点をマークしたゴーラマザドには一度も付け入る隙を与えず、無得点に抑えてみせた。それは、チーム力の為せるわざだった、と藤本は言う。
「ボールサイドの方でかなりプレッシャーをかけてくれたおかげで、こちらのオフサイドでのディフェンスを楽にしてくれていた。本当にチームでいいディフェンスの入りができた試合だったと思います」
チーム力と藤本自身のシュート力がもたらした最多得点
ブルズのハイポインター2人にインサイドで仕事をさせなければ、極端に言えば、あとはアウトサイドでのシュート力での勝負となり、高さがないランディルにすれば同じ土俵に立つことができる。その点、オフェンスでチームをけん引したのが、藤本だ。チーム最多となる24得点を叩き出し、勝利に大きく貢献した。
これもまた、チーム力の結果でもあったと言える。3シーズンぶりのチーム復帰となった香西を含め、ベーメーもベルも、ランディルの主力としてブルズと激闘を繰り広げてきたメンバー。今シーズンも後半からチームの主力としてスターティング5に名を連ねた3人のシューターに、相手はどうしても意識が強くいったはずだ。
一方、藤本は20年近く日本代表のエースとして活躍し、東京パラリンピックで銀メダル獲得の立役者の一人となったとはいえ、ランディルのメンバーとしてはこれが初めてのシーズン。チーム内でさえ藤本にアウトサイドのシュート力があることを浸透させるには時間を要したほどで、ブルズも他のシューターを捨ててまでは彼のアウトサイドを警戒しづらい状況だったと言える。
つまり好シューターがそろうランディルだからこそ、藤本にミスマッチでのシュートシチュエーションが数多く与えられたのだ。そして、そのチャンスをしっかりとモノにするだけのシュート力を、藤本が持っていたからこその結果だった。いずれのピースもそろわなければ、勝利をつかむことはできなかっただろう。
しかし裏を返せば、ブルズに藤本への警戒心を募らせたとも言える。次戦は、彼への対策もしてくるはずだ。さらに香西によれば、レギュラーシーズン1戦目をランディルが取った後の2戦目、ブルズはより強いプレッシャーをかけてきたのだという。「勝って兜の緒を締めよ」という諺通り、勝利の後のゲームこそ難しい展開となる。
だが、それでも藤本と香西は、強気の姿勢を崩さない。
「うちの藤本は、まだこんなものじゃないので。まだまだいけます」と香西が発破をかければ、藤本自身も「もうちょっといけるね」と自信をのぞかせた。ディフェンス力で主導権を握れるかがカギとなることは大前提だが、そのうえでオフェンスでは藤本をはじめとするシューターがいかに決め切れるか、そして香西にはどうゲームメイクしていくかも問われるに違いない。
この日、ホーム最終戦となった初戦の会場には、近隣都市フランクフルトの日本人学校に通う生徒の家族連れも多く訪れていた。なかには日本在住時に、勤務地の中学校に藤本が体験会に訪れたことがきっかけで、ドイツに移住後は家族で何度も車いすバスケットボールの試合を観戦に来ているという女性も。1週間前のユーロの試合も家族でオンラインで見ていたため、この試合での雪辱を喜んでいた。また初めて車いすバスケットボールを見たという日本人学校の生徒は、「自分もバスケットをやっているけれど、それよりもすごく迫力があってすごいです!」と興奮さながらに語ってくれた。
そんな現地の日本人も注目する頂上決戦の第2戦は、ブルズの本拠地で日本時間22日深夜1時にティップオフとなる。勝てば、ランディルが宿敵から5シーズンぶりの王座奪還となる。そして藤本にとっては移籍1年目でドイツでの初タイトル。一方、今シーズン限りで退団を決めた香西にとっては、移籍一年めの2017-18シーズンに獲得したドイツカップに次ぐ二つ目のタイトルで、悲願としてきたリーグ優勝のラストチャンスだ。有終の美を飾り、そろって凱旋帰国する姿を日本のファンは待ちわびている。
写真・ 文/斎藤寿子