5月14日から15日にかけて、「2022ジャパンパラ陸上競技大会」が京都市のたけびしスタジアム京都で開催された。2日間で約300名の選手が参加し、世界記録ひとつ、アジア記録9個、日本記録20個など多くの新記録が誕生した。今大会は有観客で開催され、のべ4,400人(主催者発表)の来場者の温かい拍手も、選手たちのパフォーマンスを後押しした。
新記録ラッシュのなかでも、とくに観客を沸かせた一戦は大会2日目に行われた視覚障がい(全盲/T11)の男子800m決勝だ。東京パラリンピック5000m銀メダルの唐澤剣也(SUBARU)が2分05秒68のアジア新をマークして優勝したが、東京パラのメダリスト同士の直接対決が実現し、白熱したデッドヒートが展開されたのだ。
唐澤がスタートからハイペースで飛ばし、同じく東京パラで銀(1500m)と銅(5000m)を獲得したベテラン、和田伸也(長瀬産業)を先行する形でレースを進めたが、最後のホームストレートで和田に猛追された。なんとか逃げ切ったが、その差は0.04秒しかなかった。
唐澤はメイン種目の1500mと5000mでのさらなる進化を目指し、今季は中距離の強化に注力してきたといい、「800mは目標としていたアジア新に届いてよかった。ただ、もう少しいい記録が出るかと思っていたので、少し残念な思いがある」とレースを振り返った。和田に猛追されたシーンは、「足音は聞こえてきたが、残り100mで(伴走者の)小林(光二)さんから『記録、出すんだろ』と声をかけられ、スイッチを切り替えて懸命に走った」と明かした。
唐澤と和田のように、「パラリンピックでのメダルの色を競い合う」ライバル同士が国内に存在するケースは貴重だ。実際、二人が分け合うように保持する日本記録(5月20日時点)を並べると、唐澤が今大会でマークした800m(2分5秒68=アジア記録)と5000m(14分55秒39=世界記録)で、和田が同じく今大会で樹立した10000m(32分39秒29=アジア記録)に加え、1500m(4分5秒27=アジア記録)とマラソン(2時間26分17=世界記録)となる。二人がいかにハイレベルな位置で競い合っているかが分かる。
唐澤は、「和田さんがいるからこそ、記録が伸ばせている。お互いに切磋琢磨しながら、世界を目指せるのはいい状況」と前向きに語り、「いつも競り合いになるので、見ている方にも楽しんでいただけるのかなと思う」と笑顔を見せた。
一方の和田は、前日にも2種目に出場し、まず10000m(T11)のレースを32分39秒29で走り抜け、自身のもつアジア記録を1分40秒以上も更新。それから約30分後に400m(T11)にも初出場して58秒93で走り、「鉄人」ぶりを見せつけた。
「10000mは31分台を狙っていたが、(午後2時半のスタートで)暑く、風のある条件下としてはいいタイムでよかった」と手ごたえを口にした。400mについては中・長距離レースのラストスパートを想定したスピード強化の取り組みから力試しを目的にした出場と説明。「10000mとレースタイムがこんなに近くなるのは想定外だったが、60秒を切れてよかった」と、慣れないスターティングブロックも使う果敢なチャレンジを、笑顔で振り返った。
「パリではマラソンでメダル圏内を目指したい」と東京パラ後に宣言した和田。東京パラでは前述のトラック2種目に加え、最終日のマラソンにも出場し、自身より障がいの軽い弱視(T12)の選手たちと競い合い健闘するも9位だった。昨秋以降、練習の軸をマラソンに移すと、さっそく今年2月の別府大分毎日マラソンで世界新記録樹立という結果を出した。トラック練習はマラソンへの強化の一環として継続していく意向で、「今後も、いろいろな種目に挑戦したい」と意欲は尽きない。
よきライバル同士である唐澤と和田は二人ともこの春から練習環境が変化している。唐澤はこれまでのフルタイム勤務と競技の両立体制から今年4月、実業団のSUBARUに移籍し、陸上部員として競技中心の生活に変わった。部の寮に住み、朝練習からコーチでもある小林ガイドと取り組む。以前に比べ、体のケアタイムや睡眠時間が増えたといい、「(他の部員と)同じ練習メニューはできないが、存在がモチベーションになる。刺激し合いながら、いい環境で競技ができている」と充実ぶりをうかがわせた。
ここ2カ月は新しい環境に慣れることを優先したが、今後は徐々に練習の量や質も上げていきたいと話し、小林ガイドも、「唐澤さんは陸上の知識や体の使い方などで、『まだまだの部分』が多い。そういう点が伸びしろであり、記録はもっと伸びるはず。私もトレーニングしながら、唐澤さんとさらにいい記録を目指して挑戦していきたい」と前を見据えた。
和田にもプラスの変化があった。ペアを組んで3年弱となる伴走者、長谷部匠ガイドが今年2月、自身が所属する長瀬産業に「ガイド専任のアスリート雇用」で移籍したのだ。おかげで、練習はもちろん、合宿や大会参加も「業務」として、いつでも和田に帯同できる体制が整った。二人のコンビネーションはもちろん、進化し続ける和田の走力を踏まえ、長谷部ガイド自身の走力アップに向けた練習にもこれまで以上に取り組めるようになったという。
パラ選手自身のアスリート雇用はここ数年増えているが、「ガイドが仕事になる」ケースは国内ではまだ珍しく先駆的事例だ。唐澤の実業団移籍も含め、東京パラでの活躍が大きく評価されたからだろう。
「まだまだ強くなる体制」が整った両雄の対決から目が離せない。
スプリンターの競演も
もう一つ、電光掲示板に結果速報が掲示された途端、スタンドがどよめいたライバル対決があった。大会初日に行われ、3クラス混合で5人が出走した上肢障がい(T45/46/47)男子100m決勝だ。レース中盤で先行したのはT46(片上腕の障がいなど)の石田駆(トヨタ自動車)だったが、フィニッシュまで大接戦を演じたT45(両上腕の障がいなど)の三本木優也(京都教育大学)が最後に交わして先着するという幕切れとなった。
しかも、画面に映し出された三本木のタイムは10秒85。石田も10秒86という好タイム。残念ながら、「追い風(+2.6)参考記録」となり、どよめきはすぐにため息に変わったが、パラ陸上の公認大会の100mで10秒台を記録した日本人選手はまだいない。三本木がもつ日本記録(T45)は11秒07、石田(T46)は東京パラ5位入賞時にマークした11秒05だ。さらに、三本木の10秒85は現在、ブラジル選手がもつT45男子の世界記録(10秒94)をも上回り、大きな可能性を感じさせる快走だった。
三本木は会場となった京都の出身で、「慣れ親しんだこの競技場で世界記録更新が目標だったので、追い風参考の非公認となり、悔しい」と無念さをにじませたが、手ごたえも口にした。
三本木には両肩の可動域が狭いという障がいがあり、とくに後方には十分に引くことができないが、「タイミングを工夫し、振り幅を合わせる」ことで脚と連動させて走っているという。冬季練習で重点的に上半身や体幹のパワーアップを図ったことで、「レース後半までパワーが持続し、中盤からの伸びを生かして最後までしっかり走り切れるレースができるようになった」とこの日の勝因にもつながる成長を明かした。
2年後のパリパラリンピックは初出場だけでなく、表彰台まで目指している。パラリンピックでは3クラス統合での実施となる見込みで、石田のような自身より障がいの軽い選手たちとも戦うことになるが、東京パラの優勝タイム10秒53を踏まえ、「10秒6も見据えて計画している」と目標高く練習に励む。
石田と演じた競り合いについては、「勝ててうれしい」と笑顔を見せ、「石田さんは東京パラで決勝に進出した人。自分もその舞台を目指しているので、目標であり、ライバル。練習環境は異なるが、練習中から意識することもある」と闘志をのぞかせた。
一方、左腕に障がいがあり、腕振りに左右差があるなかで走る石田。追い風参考とはいえ、初めて11秒の壁を破ったこの日のレースについて、「やっと、10秒台で走れるというスタート地点に立てたと感じた」と振り返り、三本木の存在は、「ライバルだと思っている。(二人が)10秒台の扉を開ける選手になれるのではというのが見えてきた。二人で切磋琢磨してパラ陸上を盛り上げていければ」と意気込んだ。
ライバルの存在は成長には欠かせない。まして、選手数が限られるパラスポーツの世界ではとくに貴重だ。ハイレベルの勝負は見ごたえがあり、ファンの心も揺さぶる。
しのぎを削りあうライバルたちの次戦は6月の日本パラ陸上競技選手権(11日、12日/神戸総合運動公園ユニバー記念競技場)が予想される。勝敗の行方、そして、新記録誕生にも注目だ。
写真/吉村もと・ 文/星野恭子
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