注目の新しい大会が誕生した。7月2日、3日の両日、東京・駒沢オリンピック公園総合運動場陸上競技場で開催された「第1回WPA(世界パラ陸上競技)公認NAGASEカップパラ陸上競技大会」。長瀬産業株式会社(大阪市)が特別協賛する、日本パラ陸上競技連盟主催大会としては初めての冠大会で、WPA世界記録を樹立したパラ選手に賞金「NAGASEプライズ」も授与されることも話題を呼んだ。
実施種目には障がいの有無に関わらず中学生以上なら出場できる「日本陸上競技連盟公認の種目」も設定され、137名のパラ選手(男子107、女子30)をはじめ、全293名(男子212、女子81)が参加。蒸し暑く厳しい気象条件下だったが、WPA世界記録1、VIRTUS(知的障がい)世界記録1、アジア記録3、日本記録10が誕生するなど熱戦が展開された。
まずは大会初日、冠スポンサーである長瀬産業所属のT11(視覚障がい・全盲)の和田伸也が応援に駆け付けた同社社員の期待に応える快走を見せた。長谷部匠ガイドとのペアで男子公認800mに出場し、2分4秒17をマークしして、自身がもつT11のアジア記録を1秒55更新したのだ。
「(応援に)エネルギーをいただき、自己ベストが出せてよかった。ウォーミングアップも工夫し、氷で体全体を冷やしたり、こまめに給水してからスタートしたので順調に走れた。1周目は1分1秒で予定通り、(ホームストレッチで)風の影響からか少し遅れたが、基本的に最高の走りができた」
この日は1分台のベスト記録をもつ健常者や知的障がいのある選手たちと競い合い、順位は7人中6位だったが、「800mを健常者と競い合ったのは初めて。いい刺激をいただき、それがタイムにもつながった」と手ごたえを語った。ブラジル選手がもつ世界記録(1分58秒47)には届かず、「世界記録ボーナス(20万円)」は逃したが、「パラの大会では初めてで画期的。社員として感謝している」と話した。
注目された「NAGASEプライズ」は大会最終日、女子公認400mに出場したT63(片大腿義足など)の保田明日美(みえのパラ)が1分21秒50のWPA世界記録をマークし、今大会で唯一の獲得者となった。自身が5月に樹立した世界記録を55秒更新する快挙だった。
保田は、「率直にすごくうれしい。前半から頑張ろうと思って走り、後半は正直、ばてていたが、皆さんのご声援のおかげで力を出しきり、最後まで走れたことが記録につながった。賞金は家族との食事に使ったり、(競技用義足購入など)競技資金に使いたい」と笑顔で語った。
今大会ではあえて健常者と競う「公認種目」出場を選んだ。レースでは15秒以上も離され、最後尾でのフィニッシュだったが、懸命に前を追った。フィニッシュ後、WPA世界新樹立が知らされると、先着した選手たちが拍手で称えた。「(障がいの有無による)壁はなく、400mを走ることは同じこと。結果を一緒に喜んでもらえたことはいい経験だし、お互いにいい刺激になったのではと思う」と手ごたえを口にした。
三重県出身の保田は大学在学中の2017年春、駅のホームから転落し、右脚を膝上から失ったが、リハビリ中に出合った陸上競技に夢中になった。今は社会人として仕事をしながら、地元の義足アスリートの陸上クラブで汗を流し、パラリンピック出場を目指す。
今季は数多くの大会に積極的に出場して好調を維持、前日の200mでも自身のアジア記録を塗り替えた。専門はパラリンピック実施種目でもある100mと走り幅跳びだが、挑戦する種目は幅広い。「スタミナがつき、さまざまな強度のトレーニングに取り組めることは100mと幅にもつながるかなと思っている」と相乗効果も口にし、さらなる進化を見据えた。
なお、世界新記録樹立者はもう一人。女子パラやり投げで川口穂菜美(横浜市陸協)が40m03をマークし、知的障がい者を対象とするVIRTUS(国際知的障がい者スポーツ連盟)の世界記録を更新した。大会規定により「世界記録ボーナス」の対象とはならなかったが、川口はビッグスローの結果に、「とてもうれしい。11月のVIRTUSアジア・オセアニア大会(オーストラリア)では今日の記録を越えられるようにがんばりたい」と笑顔をはじけさせた。
冠スポンサーとなったことについて長瀬産業の朝倉研二社長は、「2018年、和田選手との出会いがスタート」と話した。当時、フルタイムで仕事をしながら競技生活を続けていた和田を社員として雇用。競技に専念できる環境が整った和田は21年、東京パラリンピックで銀(1500m)、銅(5000m)の2つのメダルを獲得し、「社長は恩人」と語る。
朝倉社長も、「メダルは感動とともに、社内の一体感をもたらした。東京パラ後も継続した支援を考えるなかで、アスリートが集い、社員もボランティアや応援で関われる場として、大会開催のアイデアにつながった」と振り返った。
賞金授与については、「パラ選手が経済的に苦労していることを実感しており、少しでも役に立てればという気持ちから」と説明。実は、今回は対象者が出なかったが、伴走者への賞金も設定されている。「伴走者は選手と一心同体。選手と同じくらい大事な存在という認識」と説明。同社では和田のメイン伴走者である長谷部ガイドもこの2月から社員として雇用している。
NAGASEカップの今後の展開について朝倉社長は、「(障がいの有無に関わらず)中・高校生たちがトップ選手と一緒に集うことはきっと励みになる。中・高校生の目標となる方向でも大会を育てていき、5回、10回と可能な限り続けたい」と強い思いを明かした。
大会を主催する日本パラ陸上競技連盟、増田明美会長も、「和田選手は応援に応えたい気持ちで走り、その活躍を皆さんが一緒に喜ぶ。そんな理想的な会社が冠スポンサーになってくださった。社員の方々にもボランティアとして大会をサポートいただき、本当に感謝している。連盟と企業が一緒に作っていく大会として、(歴史ある)日本パラ選手権やジャパンパラ大会とは一味違う大会へと、工夫しながら育てていきたい」と力を込めた。
Composition,Text&Photos:Kyoko Hoshino