車いすテニスの大谷桃子(かんぽ生命保険)が、秋開催となった今年の全仏オープンに出場する。大谷は9月の全米オープンに続き、2度目のグランドスラム。10月7日から車いすの部がスタートするのを前に、「全米オープンの経験を活かして、勝利を目指したい」と、意気込みを語る。
新型コロナウイルス感染拡大の影響でテニスツアーは約5カ月にわたって中断。大谷も自粛生活を経験し、今シーズン初の実戦となったのが全米オープンだった。
初出場の全米オープンでは、シングルス1回戦で世界ランク2位の上地結衣(三井住友銀行)との日本人対決に挑み、ストレートで敗れた。その一方で、課題や発見を含めて、多くの収穫を得た。“憧れの舞台”に立った興奮と緊張から気持ちを抑えられず、第1セットは自分のプレーができなかった、と振り返る大谷だが、第2セットは落ち着きを取り戻し、ゲームカウント2-4から粘ってタイブレークまで持ち込むことができた。結局、要所で上地の鋭いショットに押し込まれたが、イメージ通りの速い展開に持っていくことができたのは、ひとつの手ごたえだったと語る。
そして何より、グランドスラム常連のライバルたちから、第一線であり続けるための戦術やメンタルを間近で学ぶことができた。とくに、世界を主戦場に戦う上地や男子の国枝慎吾(ユニクロ)のトップ選手たる矜持をビリビリと感じた。「上地選手のシングルス決勝のあと、男子の国枝選手の優勝した試合も観戦しました。上地選手も国枝選手も、途中で相手のペースになっても自分のプレーを見失わず、できることを探していた。窮地に追い込まれても、『自分を疑わない』というメンタルの強さがあって、そこが私には足りないんだなと感じました」
タイブレークで上地に敗れたことについても、「キャリアが浅いことを負けた理由にしたくない」ときっぱり。「車いすの経験が少なくても、トップに近づくためにはどうしたらいいかと、アメリカでより考えるようになりました。もともと、私は同じことを繰り返すのは得意なんですが、新しいことを吸収するのに時間がかかるんです。しかも慎重な性格で、本来は“石橋を叩いて、叩いて、それでも渡らない”というタイプ。だけど、それでは勝てないとはっきりした。チャレンジして殻を破り、自分のプレーを追求することが成長につながる。そういうことを、全米オープンで学びました」
続いて始まったクレーコートシーズンの試合は、実に昨年8月のブラジル遠征以来と間が空いたこともあり、大谷は渡仏後、まずは前哨戦と位置づけるフレンチ・リビエラオープン(ITF 1/9月28日~10月3日)にエントリー。元世界1位で2017年に引退し、昨年復帰したリオパラリンピック金メダリストのジェシカ・グリフィオン(オランダ)に準々決勝でフルセットの末に敗れたが、強敵相手にクレーコートでの実戦感覚を磨くことができた。
ローランギャロスの赤土のコートは、4大大会のなかでもっとも過酷と言われる。球足が遅く、バウンドはより弾むとされ、「生き物」にも例えられるサーフェスだ。健常の選手が足を滑らせるように、車いすも車体ごとスライドすることがある。さらに、車輪の轍ができ、そこにタイヤがはまることもある。1ポイントを取るために、あらゆるショットを駆使しなければならず、同時に車いすの選手にとっては高いチェアワーク技術が要求されるタフなコートだ。
大谷は小学3年からテニスを始め、高校時代はインターハイに出場。高校卒業後に病気治療の副作用で、車いすに乗るようになった。一度はコートから離れたが、2016年に車いすテニス選手として復帰した。チェアワークスキルの向上は、車いすテニスを始めた頃から現在に至るまで“最大の課題”と自覚しており、なかでもクレーコートは苦手意識がある。
だが同時に、「チャレンジ」をテーマに掲げる大谷にとって、次のステージを目指すうえでこれほど挑戦し甲斐のある大会はない。「長いラリーは私に不利になるでしょう。でも、全米オープンのあとにしっかり練習も積んできたので、なるべく前に出たり、先に相手を走らせるボールを打っていければ」と話し、前を向く。
最新の世界ランキングは10位。全米オープンの大会結果が反映されたもので、全米で1回戦を勝ち上がった新鋭のアンジェリカ・ベルナル(コロンビア)に抜かれ、9位からひとつ順位を下げた。「いや、もう、悔しいですよね。来年の全豪オープンにも出場したいので、全仏では絶対に勝ってランキングを上げたいです」と闘争心を燃やす。
大谷が出会うことになるのは、ローランギャロスに棲むと言われる「魔物」か、はたまた「勝利の女神」か――。
「今回は、石橋を叩いて渡らないといけない。チャレンジする姿を、どうか見届けてください」と、メッセージを寄せてくれた大谷。ここをスタートとし、新たな自分に挑戦する25歳のプレーに注目だ。
*本記事はweb Sportivaの掲載記事バックナンバーを配信したものです。
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荒木美晴●取材・文 text by Araki Miharu photo by Getty Images