(写真:2019年 天皇陛下御在位三十年記念 天皇杯・皇后杯 第35回飯塚国際車いすテニス大会)
無観客で行われている今年のテニス全米オープン。佳境を迎えるなか、いよいよ9月10日からは車いすの部がスタートする。
今回は日本人選手3人が出場予定だ。男子世界ランキング1位の国枝慎吾(ユニクロ)、女子同2位の上地結衣(三井住友銀行)、そしてグランドスラム初出場となる大谷桃子(かんぽ生命保険)だ。
車いすテニスには、男子、女子、クアード(上肢にも障がいがあるクラス)の3つのクラスがあり、グランドスラムは男子と女子が世界ランク上位7人とワイルドカード1人の計8人、クアードが世界ランク上位3人とワイルドカード1人の計4人でトーナメントを争う。大谷は世界9位だが、上位の選手が出場を辞退したため、繰り上がりでエントリーが決まった。
小学3年からテニスを始め、栃木・作新学院高時代にインターハイに出場した大谷。高校卒業後、病気治療の薬の副作用で車いす生活になった。一度はコートから離れたが、車いすテニス選手として復帰。2016年には、転向後8カ月で日本マスターズ準優勝の成績を残し、周囲を驚かせた。その後も着々と力をつけ、18年のアジアパラではシングルスで銅メダルを獲得。今春、西九州大を卒業して社会人となり、練習環境もより整った。
グランドスラムはテニスプレーヤー憧れの場所。大谷も、その舞台を夢見てきた。「出場が決まったと聞いた時は、もう嬉しくて、嬉しくて。その日はニヤニヤしながら練習していました」と笑う。
テニスツアーは新型コロナウイルスの影響で約5カ月間にわたって中断。大谷も3月のアメリカの大会に出場中に急きょキャンセルが決まり、試合をしないまま、緊急帰国を余儀なくされた。そんな大谷にとって今回の全米オープンは、実に1月のオーストラリア遠征以来の実戦となるため、どれだけ試合勘を取り戻せるかが上位進出のカギになりそうだ。
ウイルス対策としてPCR検査の実施や、ホテルや会場などの指定エリア「バブル」の外に出た選手は失格、といったルールが設けられている今大会。大谷は「初めてのことだらけなので不安はありますが、まずは1勝、ひとつでも多く勝てるように頑張りたい」と意気込みを語り、前を向く。
2018年オフに、右手首靭帯断裂の手術を受けた。軟化していた骨を補強するプレートを埋め込みプレーを続けてきたが、1月のオーストラリア遠征時は痛みを感じていたという。実は、東京パラリンピック後にプレートを除去する予定だったが、来夏の開催に変更になったため、自粛期間に突入した4月、「今しかない」と前倒しで手術を行う決断をした。その結果、痛みはすっかり消えたといい、「今はストレスなくボールが打てています」。全米オープンでもプレー面での不安はない。
ここ数年、「グランドスラム出場を叶えてから、パラリンピック出場」というビジョンを描き、ツアーを転戦していた大谷。2020年はその目標を達成するチャンスの年だった。しかし、東京パラリンピックは1年延期が決定し、ウィンブルドンも中止に。全仏オープンは9月に延期になったものの、ツアーが行われないなかではポイントが稼げず、先行きが見通せなかった。そんななか、全米オープンが開催を決定したことで、結果的に来年のパラリンピックより先にグランドスラムを経験することになった。
「緊張は絶対すると思うけど、ここまできたら楽しみたいですね」
緊張とワクワクを携えて、25歳が夢のステージに挑戦する。
荒木美晴●取材・写真・文 Photo and Text by Araki Miharu